第12話 朝三暮四

タイマーは悩んでいた。

自動露店のロッドをずっと見つめながら。


「タイマーさん、用件があるならメールをくれれば。」

たまたまONしてきたロッドメーカーが話しかけて来た。


「いえ、ちょっと考え事をしてただけで・・・。」


「ロッドを見ながらですか?釣りしないなんて珍しいですね?」


「もう40時間に・・・。」


「さ、さすがですね・・・。」


井戸端板では、仙人潰しとか言われていたが、タイマーはそこまで悲観していない。

何処かのお猿さんとは違って、目先だけ見てては、20年も社会で生きて行く事なんて出来ない。

2週間で考えたら80時間釣りが出来る。

前までは、56時間しか出来なかったのだから。


【俺はお猿さんとは違うのだ】


と、時野は考えているのだが、お気づきだろうか?

ちゃんと自制できる人間なら、今までなら2週で100時間は釣りが、

出来ていたのだ。

自制が出来ない時野は、お猿さんと変わりはない。


「で、何かお考えが?」


「いえ、堅松樹を使ったロッドで4層までは何とかなるんですが・・・」


「5層があると?」


「2種類ほど???がリストにあるんですよ。」


「ああ、アンコウとキンメですね。」


「えっ・・・、もう釣れてるんですか?」


「ええ、海の3層で釣れるらしいです。」


「なるほど、海にも層があるのか。」


「タイマーさんは、ずっと川ですしねえ。」


「うーん、何とか川で釣りたいなあ。」


「今のロッドでは難しいですか?」


「4層までですねえ。」


「あれ以上の感度となると、思いあたりませんが、自分の方で、素材があるか調べておきますよ。」


「いつも、すみません。」


「いえいえ、うちのメーカーサイトにゲームのロッドのレシピを載せてるんですがね、好評らしくてアクセス数が伸びてます。」


「なるほど、そういった手法もあるんですねえ。」


「まずは見て知って貰わない事には始まりませんから。」


「アップライスと言ったら、有名メーカーと思うんですが?」


「釣りをしてる人だけじゃなく、裾野を広げていかないと、趣味の世界って衰退しちゃうんですよ。」


「なるほど。」

釣りが出来ないタイマーはロッドメーカーと別れて即ログアウトした。


「暇だなあ。進の奴でもからかいに行くか。」

もはや、駄目人間としかいいようがない。


「こんにちわ、春子さん、今日もお美しい。」


「あら、時野さんいらっしゃい。社長なら出掛けてますよ?」


「じゃあコーヒーでも、飲みながら春子さんを眺めてますよ。」


「はいはい。」

春子はさらりと受け流した。


「今日は、クッキーにしてみました。」

そういって、手土産のクッキーを春子に渡した。


「時野さん、無職なんだから、お気遣い要りませんよ?」


「あれ?知らないんですか春子さん。自分みたいなのをセレブ無職っていうらしいですよ。」


「ちゃんと職安行ってるんですか?」


「もちろんですよ。月に2回ほど。」


「・・・。」


時野が会社でのんびりコーヒータイムしてる頃、波田進は街中に居た。

銀行回りのついでに得意先を回り営業もこなしていた。


「触るなっていってるだろうっ!」

若い女性の声が聞こえてきた。


「テメエ、ぶつかって来ておいて、謝りもしねえ。ふざけてんのかっ」

女子高生1人に3人のチンピラが絡んでいた。


「おいっ、お前達何してる。」

元暴走族リーダー波田は声を掛けた。

元リーダーだけあって、波田はガタイもよく、面構えも怖い。

が、


「なんだ、おっさん。死にてえのか?」


「JKの前でいいかっこしてえんじゃね?」

所詮は40代のおっさんだった。


「知り合いの娘なんだ。非があるなら俺が謝るから許してくれないか?」


「ふざけんなっ!」


「俺たちはなあ、今からこいつに礼儀を教えてやるんだよ。」


「ああ、体にたっぷりとたたき込んでやんよ。」


「どうかしました?」

スーツ姿の小柄な男性が新たに登場した。


「なんだテメエは?」

可愛らしい顔の男に1人がガンをつけた。


「お、おい。ヤバイよ。中性死亡だ。こいつ。」


「なっ・・・。」

3人が一斉に逃げ出す。

が、

1人は、手首を掴まれ捕まった。


「あれえ?君、道場で見た事あるよね?」

中性死亡と呼ばれた男性は、にこやかな顔で聞いた。

あせった男は、その場で土下座した。


「すみません。すみません。」


「最近見かけないけど?」


「か、顔を出しますんで、すみません。許して下さい。」

泣いて懇願する。

仲間の2人は、既に居ない。


「まあ、僕も仕事忙しくて、道場には、あんまり顔出してないんだけどね。」

ようやく開放された男は、何度も何度も頭を下げた後、

走って逃げて行った。


「すみません。僕が通ってる空手道場の奴が迷惑かけたみたいで。」


「い、いや、君が来てくれて助かったよ。ほら、美緒ちゃんもお礼を。」


「よけいなお世話なんだよ、おじさんも。」


「すまないね。どうも反抗期みたいで。」


「ああ、あれですよね?中二病?」


「ふざけんなっ!高校生だっ!」


「まあ似たようなもんだよ。」

中性死亡は、昼過ぎまで働いていたため、遅めの昼食を摂りに街へ出た所、遭遇したらしい。

波田進は、御礼がしたいと申し出たが、中性死亡と呼ばれた男は名もなのらず、去っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る