第141話 誘導

「本当お前は、体任せの剣道してからに。そんなんじゃあ上に行ったときに通用しねえぞ?」


「でも、先生、小手先の技なんて覚えたくないです。」


中学生の斎藤は、師に言った。


「何も小手先の技を覚えろ言うとらん。基本を大事にせいというちょるんじゃ。お前は、中学生にしちゃあデカい体しちょるから、力任せの技が通用しとるがのう。高校、大学と行けば、お前ぐらいのタッパのある奴は、なんぼでもおる。」


「そん時は、その時に考えます。」


今更になって、斎藤は昔の事を思い出していた。


「基本をおろそかにしちゃあいかん。」


中学生時代、師に口が酸っぱくなるほど言われた言葉。

それが、今になって身に染みている。



警察の業務が終わった後、剣道場で斎藤は、先輩と汗をながしていた。

歳が近い先輩とあって、よく稽古をしている。

更に言えば、同じ師に習った同門でもある。

いつもは、力任せの剣道をする斎藤だが、今日は基本に忠実な剣道をしていた。

そのせいか、苦手なはずである先輩と互角の戦いをしていた。


「このアホがっ!遅いんだよ。まったく・・・。」


練習後、先輩は斎藤に文句を言った。


「何がでしょう?」


「もっと早く、基本をしっかりやっとけば、全日本でもいい所まで、行けたのに。まったく・・・。」


斎藤も、もうアラサーである。


「最近、井伊先生に言われてた事を思い出しまして。」


「お前は、ガタイが大きいし、先生も期待してたんだよ。」


「今、思えばそんな気がします・・・。」


「全日本で一回戦負けだろ?その時に気づけよ?」


「大学時代ですよ。先生はもう亡くなられてました。」


「俺が言ったろ。散々・・・。」


全日本で一回戦負けをくらい、落ち込んでた斎藤を散々励ましたのが、この先輩だった。

結局、耳をかさずに現在に至る訳だが。


「しかし、本当、今更どうした?」


「先輩は、先生のお孫さんを知ってますよね?」


「当たり前だろ。この世界で知らない奴は居ないぞ?高校3連覇大学2連覇と圧倒的じゃないか。」


「全日本では、いまいちですが。」


「というか、お前大学に教えに行ってるんだろ?何とかしろよ。」


「俺が教えてるのか、教えられてるのか、時折、判らなくなりますが・・・。」


「あの子の試合は、俺も審判してるときに何度も見てるが、基本はしっかり出来てる。お前と違ってな。」


「で、ですね・・・。」


「しかし、男子と違って、女子は3強の選手がいるからなあ。千鶴ちゃんも厳しいよなあ。」


「はあ。」


「それに、今の女子ナンバー1も先生のお孫さんだろ?」


「はい。」


「凄いよな。先生は。男子はサッパリだが・・・。」


「面目ないです。」


「まあ、俺もお前の事言えんし・・・。」


井伊門下の男子で、全日本で活躍した人間は居なかった。


「先輩、それでその千鶴ちゃんの事なんですが。」


「どうした?彼氏でも出来たか?」


「いや、そういうのより、剣道一筋って感じですよ。」


「だよなあ・・・。」


「で、その千鶴ちゃんなんですが、今、ゲームをやってまして。」


「おい、それってお前がやってる奴か?」


「ええ。」


「てめえっ!子供が生まれたばっかりなのに女子大生とゲームだとっ!」


「先輩落ち着いてください、そんな華やかな事は何もないですから、むしろ血なまぐさい感じです。」


「なら、許すっ!」


「で、そのゲームでですねえ、千鶴ちゃんが勝てない相手が何人か居まして。」


「あれだよな?バーチャルなゲームで、本物の世界みたいな。」


「ええ。」


「医療機器メーカーのをテレビで見た事あるし、ゲーセンで一度やってみた事もある。俺らが若い頃には、考えられない技術だよな本当に。」


「ですよね。」


「ちなみにお前は、ゲーム内で千鶴ちゃんには勝てるのか?」


「勝てません・・・。」


「ははあんっ、それで今更になって基本に立ち返った訳だ。」


「そ、その通りです。」


「で、千鶴ちゃんが勝てない相手って、剣士か?」


「いえ、薙刀使いと魔拳士です。」


「魔剣士?魔法剣士の事か?」


「ああ、剣の剣士じゃなくて、拳(こぶし)の拳士です。」


「拳法家みたいなもんか。」


「はい。」


「薙刀の方は、千勢先生に聞けばいいんじゃないの?」


「そのう・・・勝てない相手が千勢先生でして・・・。」


「は?まてまてまて、千勢先生って70は超えてるよな?ゲームなんかやってんのか?」


「え、ええ。」


「衝撃だな・・・おい・・・。」


「戦闘の動画ありますが、見ますか?」


「おお。」


斎藤は、スマホを取り出し、グランマの戦闘シーンを見せた。


「つ、つええええええ・・・。本物の薙刀使いだな。最後の魔法で負けたのは、知らなかっただけだろうが。」


「スポーツのなぎなたとは違いますよね?」


「平仮名のやつか?千勢先生は教えてたろ。」


「今でも教えてるようで。」


「まあ武道ではなく、武術の方だな、千勢先生のは。」


「剣道で勝てますかね?」


「本人次第だと思うが?」


「剣道では、同じ相手しか想定してませんし、下半身への攻撃もありません。不利だと思うんですが?」


「何でよ?」


「相手は上半身だけの攻撃を警戒すればいいわけで。」


「あのなあ、俺たちは上半身への攻撃のプロフェッショナルなわけよ。もちろん相手も同じ条件で。そのプロフェッショナル同士が警戒した中、攻撃してるんだぞ?素人に予測できるかよ。」


「た、確かに・・・。」


「それに千勢先生は、別として、もう一人は拳士だろ?」


「はい。」


「剣道3倍段って言葉知ってるだろ?空手だって下半身への攻撃はあるわけで、それでも尚3倍強いってんだぞ?有利はあっても、不利はねえよ。」


「は、はあ。」


「それに俺たちは、上半身への攻撃はプロだが、下半身への攻撃は素人だ。付け焼刃で、素人技覚える位なら、剣道を精進した方がいいだろ。」


「先輩、相変わらず口が旨いですね。さすが誘導のプロ。」


「おいおい、おだてんなよ?」


「是非、もっと剣道についてお聞かせ下さい。」


「しゃあねえな。ついてこいっ!」


こうして、今夜も斎藤は、酒を奢ってもらう事に成功した。

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