第39話 何かが起きる

「PV班、準備は出来てるでしょうね?」

運営のメインルームで、チーフが言った。


「待機完了してます。」


「PVまで必要かね?」

開発室長が言った。


「あのですね、室長。VFGXは、今停滞してるんですよ?情報公開でもすりゃあいいのに。」


「私はね、昔ながらのジャパンRPGが大嫌いでね。」


「はいはい、何度も聞いてますよ。だから私達運営が盛り上げようと努力してるんじゃないですか。」


「こういうオンラインゲームってのは、ユーザーが独自に盛り上がるもんだと思うがね?」


「そう言って若干放置されたゲームがどんだけ消えていきました?」


「ゲームにも旬ってもんがあるからねえ。」


「室長は大人しく見ててください。」


「まあ、私にはそれしかできないけどね。」

そうして、チーフはVRルームへと向かった。


限定戦のデュエル大会では、いつもは予選が前日に行われる。

予選には殆ど観客は居ないが。

今回は参加者31人と少ないため、予選は行われなかった。

ちなみにカラットはシードとなっており、1回戦は不戦勝が決まっている。


「遅くなってごめんなさい。」

闘技場の入口で、タイマーとローラは待ち合わせをしていた。


「いつもにまして、綺麗だよ、ローラ。」


「あら、タイマーもいつもより素敵よ。」

二人はゆっくりと闘技場へと入っていた。




「しかし、何かが起きるってなんだろな?」

闘技場内では、その話題で持ち切りで、観客もいつも以上に多い。


「さあ?」


「開会式始まればわかるんでね?」


「そうだな。」


「おいっ! あれっ!」

誰かが入場口を指さした。

闘技場は、古代ローマの闘技場のようになっており、入場ゲートは、2階付近になっている。


鋼の翼は、特別シートを持っており、最前列、つまり1階の席になる。

そこへ行くには、一歩一歩階段を下りていくわけだが。


会場の時間が止まった。

観客たちは、全員、息をするのさえ忘れた。


プリンセスが着る様なドレスを纏ったローラが、今、一歩一歩下りていく。

そのローラをエスコートしてるのは、黒のスーツにマントを装着したタイマーだった。


まるで映画のシーンのように、誰もが瞳と心を奪われる。


タイマーのエスコートでローラが一階の席にゆっくりと腰を下ろした時、時が再び動き出した。


「な、なにあれっ!」


「女神様降臨きたあああああ。」


「すごく素敵じゃない?」


「あんなエスコートされてみたい。」


「俺だってローラたんをエスコートしてえええ。」


「それより、誰か今の動画撮ったか?」


「撮ってねえよ・・・。」


「SSすら撮ってねえ><」


会場が大騒ぎになった。


「まったく、どんな登場してるのよ?」


先に席に座っていたパルコが呆れて言った。

席は横並びで、パルコ、タイマー、ローラの順で座っている。


「初めましてローラといいます。」

ローラが挨拶をした。


「初めまして、タイマーさんと同じギルドのパルコです。」


「お噂はかねがね聞いております。」

パルコは、β時代から、それなりに有名人だった。


「それを言うなら、ローラさんの方が凄いでしょ?そのドレスは、自前なの?」


「いえ、一周年記念人気投票の賞品ですよ。」


「なるほど。で、タイマーさんのは?」


「これは、カラットが使わないっていうんで貰ったんですよ。」


「ということはデュエル大会か何かの賞品でしょうね。」

パルコは、納得した。


「な、なんなのあのドレスはっ!」

チーフがメインルームに通信をつないだ。


「一周年記念の賞品ですよ。」

スタッフの一人が答えた。


「で、仙人のは何よ?」


「あれは、デュエル大会の時のですね。見た目だけの装備ですけど。」


「くっ・・・。」

チーフは地団駄を踏んだ。


「よりにもよって、アイツはッ!!」

怒りの矛先をタイマーに向けた。


「PV班が、作業開始してるよ。」

開発室長がボソっと言った。


「あ、あ・い・つ・らっ!!!」


「チーフ、それより開会式を・・・。」


「わかってるわよっ!」

半ばやけっぱちに怒鳴った。


「皆さんこれより、開会式を行います。ご静粛にお願いします。」

会場にアナウンスが流れた。

それでも騒ぎは収まりそうもない。


そんな中、意を決してチーフが登場した。


「こんばんにゃ~」

やけっぱちに元気よく、猫耳が生えた獣人が登場した。


「「「・・・」」」

会場の盛り上がりは、いまひとつどころか滑った感すらある。


「あれ、チーフだよな。」


「多分、そうだろ。」


「獣人を作ってたんだ。」


「じゃあ、これが何か起きるってやつ?」


「へー・・・。」

あちらこちらで、冷めたように冷静な分析が行われてた。


完全にやっちゃった感があるチーフは、最前列にいるタイマーを睨み付けた。


「えっ、俺のせい?」

タイマーは小さい声で呟いた。


「まあMCの人からすりゃあ、そうなんじゃない?」

パルコが答えた。


その後、チーフは、完全に棒読みで、大会の諸注意を読み始めた。


「それじゃあ、みんな、大会がはっじまるにゃー↓」

語尾が下がっていく、完全なローテンションの声で開会宣言がなされた。

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