第104話 弱点を探せ 朝練編

いつものグランマとクレインの朝練だが、いつものシークレットスペースではなく、リミットスペースで行われた。


「初めましてグランマです。クレインのギルドの方かしら?」


クレインが人を連れて来ていた為、グランマから挨拶をした。


「す、すみません。先生、斎藤です。」


申し訳なさそうに、答えるポリース。


「斎藤さん?警察官の?」


「はい。」


「あら、あなたもゲームやってたのね?」


「は、はい。」


「いいのかしら?お子さんもまだ小さいし、美奈子さんも、大変な時期でしょ?」


斎藤は、子供が生まれて間もない。


「今は、女房は子供を連れて里帰りしてます。」


「そうなのね。」


「おばあ様、今日の朝練は、ポリースさんが相手します。」


「あら?どういう風の吹き回しかしら?」


「別に他意はありません。」


「まあいいわ。ポリースさん宜しくね。」


「はい、宜しくお願いします。」


勝負する前から、ポリースは完全に飲まれていた。



ポリースは、対峙して、改めてグランマの凄さを知った。

放たれるオーラが、完全に武人のものだった。

ポリースは、一気に間合いを詰めた。


薙刀は、得物が長い分、詰められると弱い。

そんなイメージがある。

長物系は、取り回しの関係から、近距離が苦手なのは確かだが。


ポリースもクレインも勘違いしていた。

グランマの薙刀は、「なぎなた」ではなく、「薙刀術」。

武道ではなく、武術なのだ。


武道とは、武の道ではあるが、今では現代武道の総称となっており、いわゆるスポーツだ。

一方、武術と言えば、人を殺すための術。


中でも一番の大きな違いは、対戦相手といえる。

武道であれば、相手も同じ武器を持ち、同じルールの上で戦うスポーツである。

しかし、武術に於いては、相手の武器は決まっていない。

鎌倉時代から、伝えられた薙刀術の前には、剣道は赤子の手をひねるに等しかった。


ポリースは、間合いを詰めて、体をぶつけた。

リアルであれば通じただろうが、なんとグランマに押し返されてしまった。


「くっ。」


間合いをあければ、斬られる。

そう思い必死に間合いを保つポリース。

近距離から繰り出す攻撃は、薙刀よりは短い刀であっても、大した殺傷能力はない。

しかも、攻撃は、全て裁かれて、ダメージすら与えていなかった。


グランマは、柄を短めにもち、下からの斜め振りで攻撃した。

クレインが、バックステップで避けた技だが。

ポリースは、弾かれるのを覚悟で、日本刀で、攻撃を受けた。

刃が欠ける事はないが、やはり武器を弾かれてしまった。

さらに、グランマは振り上げた薙刀を振り返し、上からの斜め振りで攻撃した。

体制を崩していたポリースに避ける術は・・・。


バックステップしかなく、奇しくもクレインと同じ負け方をしてしまった。

更に言えば、この日、クレインと同じように3連敗してしまった。


「お手上げです。先生に勝てる気がしません。」


「剣道では、そうでしょうね。ポリースさんは剣術は?」


「中坊には早いと教えて頂けませんでした。」


「あの人らしいわね。」


ポリースは、中学までクレインの祖父に剣道を習っていた。

その後、師が亡くなってしまい、剣術を習う事はなかった。


「クレイン、剣道では私に勝つことは出来ません。」


「ぬぬぬ・・・。」


「だから、あなたは剣道を頑張りなさい。」


「そうですね。剣道に活かせそうにはないですからね。」


ポリースが言った。


「役立たずの癖にっ!」


「・・・。」


クレインに突っ込まれ、ポリースは、何も言えなかった。


「でも、違う人と戦うのも本当に楽しいわ。また時間あったら、お相手してもらえるかしら?」


「先生に喜んで頂けるなら、いつでもお相手いたします。」


「調子だけいいんですね。」


クレインがボソっと言った。



斎藤は、この日、仕事を終え妻の実家へと向かった。

妻の実家も埼玉県内にある為に、気軽に行く事が出来る。

そして、斎藤は、妻に薙刀の事を聞いた。

このままでは、千鶴に対して、面目が立たないので・・・。


「へえ、先生もあのゲームやってるのね。」


「ああ、ビックリだよ。」


「この子が落ち着いたら、私もやろうかしら?」


「え・・・。本体の値段もだし、月額も・・・。」


夫婦二人でVFGXを始めた日には、家計に大ダメージなのは間違いなかった。


「冗談よ。今日の対戦とかは動画で見れないの?」


「すまん・・・撮ってないから無理だ。」


「次は撮っといてね。」


「ああ。それにしても先生に勝てる気しないんだが。」


「あなたが剣道で戦ってるうちは無理でしょうね。」


「やはり、そういうものなのか?」


「歴史が違うわよ。薙刀術は、剣相手も想定してるのよ。剣道で他の武器を相手になんて想定してる?」


「してないな。」


「それにゲームだと肉体的には同じ条件なんでしょ?」


「ああ。」


「ますます、先生には勝てないでしょうね。技の重みが違うわ。」


通常、人間は年をとると肉体は衰える。

それでも、年配の人間が、若手を負かすことがある。

老獪な技、つまり、技の重みで。

技は磨いた年月だけ、光っていくものだから。


「まあ、なんだ。何かないかな?井伊にせっつかれてて。」


「井伊って、千鶴ちゃん?」


「ああ。」


「男の人って若い女の子に弱いのよねえ。」


「そんなんじゃないよ。」


「へー。」


「いや、本当に。違うからっ!」


必死で弁明する斎藤。


「必死な所が怪しいなあ。」


「そもそも、おれ井伊にもゲーム内では勝てないんだぞ。あいつは自分より強い男しか、興味ないと思う。」


「あら?千鶴ちゃんに勝てないの?剣道では勝てるのに?」


「肉体的な差が無い上に、ゲーム内では容赦なく突いてくるからな。」


「あらら、面白そう。今度は色々動画撮っておいてね。」


「ああ。」


結局、この日は、弱点に結びつくような情報は一切手に入らなかった。

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