第103話 ケーキDEデート

いつものように、時野は扉を開けて、女性をエスコートする。

千勢が、フォンデの中へ入ると、いつもの店員がにこやかに応対した。


「いらっしゃいませ、ようこそ。」


可愛らしい制服を着ていながら、気品らしさを身にまとった店員だった。

いつもの店員は、後から入ってきた時野に話しかけた。


「あら、時野さん。下限知らずと思ってましたけど、上限も無いんですね。」


「・・・。」


「こちらへどうぞ。」


そう言って、案内され席につく二人。


「今日は、美緒ちゃんは?」


「居ますよ?」


「呼んでもらえる?」


「お断りします。」


「・・・。」


「・・・。」


無言で見つめあう時野と店員。


「えっと、こちら美緒ちゃんの礼儀作法の先生なんだけど・・・。」


「あら、そうだったんですか。じゃあ直ぐに呼んで来ますね。それと時野さんは鬼畜なんで、気を付けた方がいいですよ。」


「ええ、十分心得てますから大丈夫ですよ。」


そう言って、千勢は笑った。



「先生、いらっしゃいませ。」


美緒は、以前とは違い、姿勢も歩き方も見違えるほど良くなっていた。


「可愛いわね。その制服、とても似合ってるわ。」


「あ、ありがとうございます。」


照れる美緒。


「今日は、時野さんの奢りで来たのよ。」


美緒は、時野の方をみた。


「日替わりケーキセット2つね。」


「ふんっ。」


美緒はそう言って、奥へと戻って行った。



「初めて来た所だけど、素敵なお店ね。」


「自分の馴染の店です。」


「とても男性が入れるような感じじゃないんだけど・・・。」


「そ、そうですかね?」


「時野さんらしいわね。」


「ただ、可愛いだけの店なら自分も、再々は来ないんですけどね。」


「高級感があるわね。」


「ケーキも絶品ですよ。」


「それは楽しみだわ。でも納得ね。」


「?」


「ここでバイトするなら、バイトも姿勢や動きに高級感があった方がいいかもね。」


「美緒ちゃんは、可愛いんで短期なら別にいいと思ったんですけどね。おば様方にも評判いいですし。」


「初々しくて可愛いいから、高校生の間なら問題なかったんでは?」


「ですよね。ただ、こないだイタリアンに行ったとき、ふと思ってしまって。」


「そう言えば、未菜ちゃんと知り合いだったのよね?」


「ええ。そのイタリアンも馴染の店なんで。まさか千勢さんの生徒とは、思いませんでしたが。」


「あの子には、みっちり仕込んでますからね。姿勢や作法はバッチリよ。で、未菜ちゃんに触発されて、美緒ちゃんをうちに紹介したわけね。」


「その通りです。」


「どうぞ、日替わりケーキセットです。」


そう言って、美緒が配膳してきた。

流れる動作に若干のぎこちなさは、あるものの、気持ちよく食事に取り掛かれる対応だった。


「ありがとうね。」


千勢がそう言うと、美緒は軽く会釈をして、奥へと戻った。

戻るさなか、常連から色々声を掛けられていた。

たちの悪い野郎連中というか、男の客は時野しか居ない為、常連のおばちゃんが、色々と話しかけていた。


「本当、人気者なのね。」


「美緒ちゃんは可愛いので。」


自分の娘のように誇らしげに時野は言った。


「時野さんも、父性を持て余してるのね。」


「え、ええ、まあ。」


時野は頭をかいた。



千勢は、ケーキを一口食べた。


「甘すぎる事もなく、本当に美味しいわ。洋菓子が苦手ってわけじゃないのだけど、量は余り食べれない方なんだけど。これなら、全部食べれそう。」


「喜んでもらえて何よりです。」


「お客さんも年配の方もいるのね。」


「ええ、値段はそれなりにしますんで、年齢層は高いですね。」


「今度、私もお友達を連れてこようかしら?」


「是非。」


「時野さん、お店の人みたいね。」


「そういうわけじゃあ、ないんですけどね。自分の馴染の店が褒められると嬉しいんですよ。」


「その気持ちはわかる気がするわ。」



「どうも、店長の高梨といいます。」


店長が、わざわざテーブルに挨拶に来た。


「ケーキの方はどうでしたか?」


「とても美味しく頂きました。私のような年配者でも残さず食べる事が出来ました。」


「喜んで頂いて、何よりです。美緒ちゃんの礼儀作法の先生だとか?」


「ええ、まだまだ、習い始めですけどね。」


「美緒ちゃん、姿勢も歩き方も、とっても素敵になって、私達も驚いてます。そちらの方は、普通に生徒さんを募集してらっしゃるんですか?」


「表立ってはしてませんが、紹介とかで。元は薙刀の道場なんですが、薙刀の生徒達から広まって、今では礼儀作法の方が人数多くなってしまいました。」


「うちのバイトからも何人か行っても宜しいでしょうか?」


「こちらの店員さんは、気品もあって、私が教えるような事は、ないと思うんですが?」


「今、表周りに出てるのは、そういった事が出来る人のみなんですよ。」


「なるほど。そういう事でしたら、お受けいたします。」


「すみません。本来なら私が教えなければいけないんですが、何分、ケーキも作ってまして。」


「ファミレスを運営している会社が新人研修を頼んで来ることがあるんですが、そういった、短期コースは如何でしょう?」


「それは、願ったり叶ったりなんですが。」


「その後、通うかどうかは、本人に任せたらいいと思います。」


「では、是非短期研修という事で。」


「資料と言うほとの物ではないんですが、スケジュール表がありますので、今度、お持ちしますね。」


「よろしくお願いします。」


店長は、そう言って、頭を下げて、奥へと戻って行った。


「思わぬ所で生徒が増えちゃいましたね。」


「本当ね。最近じゃあ、会社とかも講義に来てくれとかあってね。困ったものなのよ。」


「礼儀作法なんて言葉も、学校じゃあ習わなくなりましたからね。」


「厳しくすると、体罰とかうるさくいうでしょ。学校の先生方もたまったもんじゃないわね。」


「親も躾なんて、しませんからね。」


「それで企業が、お金を払って学ばせるのよ。おかしい世の中だわ。」


「千勢さんのような人が必要な世の中なんですよ。」


「本当、時野さんてお上手ね。私が10歳若かったら危なかったわ。」


そう言って、千勢は笑った。

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