第29話 釣り

VFGXの開発当初、スタッフ内に釣りに詳しい者は居なかった。

通常のゲームであれば、ゲームのルールを独自に作ればいいのだが、いかんせんVR機であるからには、そうもいかなかった。

スタッフの一人が釣り雑誌を見て、室長に伝えた。


「鯵って吸い込みから、吐きだしまで0.2秒らしいですよ。」


「なるほど。じゃあベースをそうするか。」

室長は適当に答えた。


「0.2秒って、人間の反応速度じゃ無理なんでは?」

別の開発スタッフが言った。


「お前らなあ、格闘ゲームとかやったことないのか?あっちは、1/60フレームの世界だぞ。」


「な、なるほど。」

スタッフ連中は、納得した。

とりあえず、魚の当たりを0.2秒に設定し、テストプレイを試みてるも、誰も釣れない・・・。


「室長、無理なんでは?」


「釣りをちゃんとやってる奴らなら、釣れるだろ?」


そうして、社内の釣りキチにも、試してもらったが、誰一人、釣りあげることは出来なかった。

その後、何度もテストプレイを繰り返し、最適な秒数を導き出すことが出来た。


「なんで、釣りにこんなに時間とられるんだ・・・。」


「室長、釣りは釣りゲームに任せとけばよかったんでは・・・。」


「今更、引くに引けないだろ。もうちょっと作り込むぞ。」

そうして、更なる時間が費やされ、VFGXの釣りは完成した。





VFGXの港町は、最初の町から近い。

道中には、モンスターも出没するが、普通に冒険してる連中にとっては、なんてことない雑魚ばかり。

ましてや、前線組の装備をしていれば、雑魚の攻撃で死ぬことはない。



今日は、聖騎士団、野武士、バラサンの釣りレッスン。

平日の昼間に設定したのは、一部過激派にばれない為。

しかし、いくら平日の昼間とはいえ、総勢30人を超える団体が、

釣りをしてたら、いずれ過激派にばれるのは、参加者も全員が、わかっていた。

だからこそ、今日を思いっきり楽しむ事を心に決めていた。


「すみません。ローラさん。平日に頼んでしまって。」

ギルバルトがローラに言った。


「全然大丈夫ですよ。皆さんは大丈夫なんですか?」


「皆、有給とったりしてるんで、大丈夫です。」


「うちのギルドからは、私の他に6人が参加してくれたんで、何でも聞いてくださいね。」


「ローラさんにお願いがあるんですが、最初にあいつにレクチャーしてくれませんか?」


そう紹介された団員は、堅松樹事件の時、最後までクレインに反抗した団員だった。


「了解です。」

ローラは、快く了承してくれた。


「最後まで、武者たんに反抗したんですか?凄い~♪」


「い、いやあ、それ程でも。」

団員は、ヘラヘラ顔で頭をかいた。


他の参加者もニヤケ顔で釣りを楽しんでいた。

基本的に、前線組で釣りスキルを持ってる人間は居ない。

そもそもVFGXでは、釣りスキルが無くても釣りが出来る。

川で鯛とか海の魚を釣ろうとしなければ、釣りスキルは不必要なもの。

楽しむだけなら、スキルが無くても十分楽しめるようになっている。


ガシャンっ


メイスと大盾を地面に置く音がした。

聖騎士団や野武士の人間なら、よく耳慣れた音だった。

全員がその方向を向く。


そこにはベルラインが立っていた。


【ば、馬鹿な・・・ベルがこの時間にONした事なんてないはずっ】


ギルバルトは内心で思いながら、全員に向けて手で合図をする。


【ここは俺に任せて、皆は楽しんでろ】と。


「ど、どうしたんだ、ベル。こんな時間に。」


「ローラとかいう輩に用があってきた。」


「要件なら俺が聞く。」


いつもより、強い口調でギルバルトは、言った。

が、ベルラインは、無視した。

ベルラインの後ろには、通称ベル派と呼ばれる5人の男性が居た。


「私に用ですか?」

ローラは、ベルラインの前に出て行った。


「初めまして。聖騎士団副団長のベルラインと申します。」


「ご丁寧にどうも。バラサン副GMのローラです。」


「うちの馬鹿共がご迷惑をかけて申し訳ありません。」


「いえいえ、こちらも楽しんでますから。」


「申し上げにくいんですが、馬鹿をもう5人追加してもらっても、いいでしょうか?」


「全然大丈夫ですよ。」


ローラは、にっこりと微笑んだ。


「ありがとうございます。」


「いえいえ、でもこうして、人気投票の1位と2位が揃うなんて、初めてですよね?」


ローラが言った。


「そうですね。お会いするのは初めてです。」

人気投票とは、一周年記念で行われたキャラクター総選挙で、

1位がローラで、2位がベルラインだった。


「良かったらSS撮ってもいいですか?」


「え、ええ、構いません。」

ローラは、ベルラインの隣に立ち、腕を組んでにっこりと微笑んだ。

ベルラインはいつもの通り、堂々と立っている。


「「「レアショットじゃねえかっ!」」」


釣りしてた面々も焦ってSSを撮りまくる。

SSを撮る時のカメラの位置は、他人には見えない。

空中にカメラを自由なところに置いてSSを撮るだけで、盗撮されても

わからない。

まあゲーム内で盗撮といっても、所詮はキャラクターであり、パンチラ等をSSで撮影しても、真っ黒に写るだけだ。


「それでは、私は落ちますので、馬鹿どもを宜しくお願いします。」


「はい、任せてください。」

そう言って、ローラは、釣り場へと戻った。


「ベル、すまない。その・・・。」


「これだけの大人数だ。クレインちゃんの耳にもいずれ入るぞ。」


「それは心得てる。」


「デュエル大会前で気が立ってると思うが?」


「うっ・・・。」


「クレインの事は、俺に任せろ。」

シンゲンが言った。


「何か策でもあるのか?」

ベルラインが聞いた。


「PvPを気がすむまで付き合う・・・。」


「シンゲン、貴様もこの馬鹿と一緒だな。」


「「・・・。」」


「貴様とも長い付き合いだ。一つだけアドバイスをやろう。」


「お願いする。」


「釣りは武士の嗜みだと言え。」


「おいおい、いくらクレインでも・・・。」

ギルバルトが言った。


「そ、その手があったかっ!」


「ええええー。」

そんなんでいいのか?とギルバルトは思った。


こうして、ベルラインは落ちて、参加者の面々は心ゆくまで釣りを堪能する事が出来た。

ギルバルトは、自分の信頼度が回復したと思い込んでいたが、団員の皆は、改めてベルラインの懐の深さに感動したのだった。




後日、この釣りレッスンは、クレインの知るところとなった。


「どういうことですか?」

怒り心頭のクレインを前に。シンゲンを筆頭にして参加したギルメンが正座していた。


「俺たちは釣りを教わっただけだ。」


「はあっ?」

開き直ってるシンゲンに、怒りをぶつけた。


「お、おちつけクレイン。」


「ベルさんは、知ってるんですか?」


「ベルは当日、挨拶にきた。」


「誰に?」


「ローラさんにだ。」


「ありえません。」


「そう言われても・・・。」


「まあいいでしょ、まずはうちのギルドからですよね?」


「何の話だ・・・。」


「釣りにかまけるなんて武士にあるまじき行為です。」


「まて、釣りは、武士の嗜みだっ。」


「あほらしい。」

簡単に切って捨てられた。


「え、江戸時代の武士は、藩同士で釣りの技を競ったり。」


「それが何か?」


「み、宮本武蔵や佐々木小次郎も釣りをしてたし。」


「だから?」


【ま、まずい、これで駄目ならお手上げだ。】

シンゲンは、最後の切り札を切ることにした。


「あの塚原卜伝も、相当な釣り好きだったとか。」


「うっ・・・。」


「武士なら、釣り位出来ないと。」


「うっ、うううう・・・。」


「今は、攻略も頭打ちの状態だ。たまにはイベントがあっていいだろ。」


「・・・。」

こうして、シンゲンは、クレインに初勝利する事が出来た。


「聖騎士団に行ってきます。」


「クレイン、迷惑を掛けるなよ。」


「わ、わかってます。」




「ベルさん、魔性の女に挨拶に行ったんですか?」

聖騎士団のギルドルームで、ベルをみつけ藪から棒に聞いた。


「誰、それ・・・。」


「釣りギルドの。」


「ああ、ローラさんか。というとクレインちゃんの耳に入ったか。」


「どうして、私に言ってくれなかったんですか?」


「まあ落ちつけクレインちゃん。この頭打ちの状態では、モチベーションも下がっていくだろ。たまにはイベント位あっても構わんと思うが?」


「あの女が、何か嫌です!」


「ま、まあ。ゲームの楽しみ方は、人それぞれだし。今回は、大目にみてだな。」


「ベルさんがそういうなら・・・。」


「要件は、釣りの事だけなのか?」


「いえ・・・。もう一つ。」


「なんだ?」


「カンピオーネがライトカーボンメタルを仕入れたとの情報が。」


「ほー。で?」


「ベルさんもカンピオーネとは冒険仲間ですよね?」


「まあβからの付き合いだが。」


「何に使ったか、私に教えてくれませんか?」


「へ?」


「やっぱり・・・無理ですよね?」


「いや、理由がサッパリわからん・・・。」


「今度の大会で。」


「ま、待てクレインちゃん。アイツは魔拳士だぞ?」


「はい、そう聞いてます。」


「武器は無いし、防具は限定戦なんだろ?」


「そうです。」


「じゃあ、大会は関係ないと思うんだが・・・。」


「そう思うんですが、気になって。この時期に仕入れたのが、引っ掛かってしまって。」


「まあ、いいだろ。聞いておく。」


「すみません。スパイみたいな事を。」


「大丈夫だ。カラットはこういうことは一切気にしない奴だから。」


「ギルバルトさんも、シンゲンさんも、カンピオーネが優勝すると思ってるようです。ベルさんは?」


「・・・。」

言えない。目の前で言えるわけがない。


「じーーーーっ」


「お、応援には行けないが、クレインちゃんを応援しているよ。」


こうして、釣りレッスンから派生した問題は、全て片付いた。

と、思われていた。

まさか、新たな火種が発生していたなどとは、この時は、誰も気が付いて

いなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る