第101話 主役は〇△□
「わざわざ、ご足労いただいて、申し訳ありません。」
チーフは、丁寧に挨拶をした。
今日は、タウントカンパニーで行われるモニターの報告日。
丁寧に挨拶した相手は、時野ではなく、隣に座っている千勢に対してだった。
「いいえ、全然気にしないでください。いつも楽しく遊ばせて頂いてますから。」
「さっそくなんですが、是非、井伊さんにも、モニターになって頂きたく。条件の方は時野さんから聞いておられますか?」
「ええ、一応。」
「簡単な健康診断と脳波検査を受けて頂きたいと思ってます。」
「そうねえ。私も若くはないし。」
「VFGXは、どうですか?」
「正直に言いますと、怖いです。」
「怖い?」
「私は、ずっと薙刀をやってきましたが、今ではゲーム内の方が強いです。若い人は、そうでもないでしょうが、私達のような年寄りだと、ゲーム内の方が動きがいいですからね。」
「そう言った意味で怖いと?」
「ええ。御社は医療機器メーカーですよね?」
「ええ、その通りです。」
「足の不自由な方が、VR機をやられたりはしますか?」
「ええ。病院関係にVR機を無償提供してましたから。」
「そういった方が、現実を捨てVR機の中にずっと居たいと思ったりは?」
「そういう人も居ないとは言い切れませんね。歩けない人の気持ちは、本当に歩けない人にしかわかりませんから。」
「私達年寄りからすると、年齢や、体といった全てのハンデが無い世界というのは、とても魅力的で、そしてとても怖いです。」
「ゲームの世界にのめり込み過ぎると?」
「そうですね。ゲームが終わった後、現実世界で、自分の動きの悪さに、幻滅する事がたまにあります。」
「確かに井伊さんの言われることは、よくわかります。でも大半の人は、そうですよ。」
「みたいですね。孫にも聞きましたが、ゲームをする人は、運動しない人が多いとか。」
「ええ。なので、VR機には色々と制約があります。時間制限とか。まあ中には、ゲーム内で冒険もせずに時間制限くらう輩も居ますけどね。」
チーフは、そう言って、チラッと時野の方を見た。
「自分は、きっと現実世界でも千勢さんには敵わないと思いますが?」
時野が言った。
「武道をやってない人はそうかもですね。私は、孫が剣道をやってるんですが、とても現実世界では、勝てません。でも先日、ゲーム内では勝つことが、出来ました。」
「私どもと致しましては、願ったり叶ったりです。」
「え?」
「年齢、体、性別、そういった差を全てリセットし、誰もが公平な世界を作るのが目標の一つです。」
「誰もが?」
「ええ、現実でそういう世界があったら、気持ち悪いですし、ゲームの世界だからこそ、そういう世界があっていいかと。」
「なるほど、よくわかりました。私もゲームをゲームとして、今後も楽しみたいと思います。」
「是非、楽しんでください。」
「ええ。」
「それから、時野さん。」
「はい?」
「レベルくらいあがりましたか?」
知ってて聞くチーフ。
「釣りのですか?」
「とっくにマックスでしょっ!」
「なっ、何故それを・・・。」
「鯉の記録更新もほどほどにしてくださいね。」
「もしかして、監視されてます?」
「データを見ればわかるでしょ・・・。」
頻繁に鯉の記録が更新されており、運営でなくても、誰もがわかる事だった。
「えーと、善処します。」
時野と千勢は、健康診断を終えて、タウントカンパニーをあとにした。
「千鶴ちゃんに勝っちゃったんですか?」
「え、ええ。」
道すがら時野は千勢に聞いた。
「それは、また・・・。千鶴ちゃん、荒れそうですね。」
「そうでもないわ。あの子には剣道の方をしっかりしなさいと言っておいたから。」
「学生NO1なんでしょ?」
「ええ。私としては、日本一を目指して欲しいんだけど。」
「厳しいですねえ。」
「祖母の勝手な願望なのよ。」
「何か教えてあげれないんですか?」
「無理よ。現実ではあの子の方が、全然強いもの。」
「ゲーム内で教えてあげれば?」
「!!!」
まったくの盲点だった。
何人かの女性キャラには、イメージトレーニングになるからと姿勢は教えてたものの、武道の方で、そういう考えは無かった。
「あ、でも薙刀と剣道じゃあ、技が違いますよね。」
「いえ、時野さん。教えれるものもありますよ。」
「ほう。」
「直ぐには教えませんけどね。」
「時期があるんですか?」
「次の大会には、私が出たいじゃない。」
そう言って、悪戯っぽく笑う千勢だった。
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