第49話 ビショップは、つらいよ 社会人編
「本当、政夫さんは、私が居ないとダメなんだから。」
川俣千夏は、上機嫌で、村元の部屋を掃除していた。
今年で、4年生になる川俣千夏は、就活の為、上京し母方の祖母の家で寝泊まりしていた。
村元政夫は、一人暮らしも長く部屋を汚す方ではない。
遠距離恋愛を始めて、初めて川俣千夏が部屋に来た時、村元は気を利かせ事前に掃除をしていた。
が、それが大失敗。
あまりにも小奇麗になっていた為、その時は延々と女性の影を疑われ、半端なく苦労した経験があった。
今では、千夏が部屋に来る1週間前から部屋を汚し、洗濯物も溜めるようにしている。
「千夏が来てくれて、本当に助かるよ。」
政夫が言うと、千夏は更に機嫌が良くなった。
学生選手権4連覇、全日本女子優勝3回と輝かしい経歴の千夏は、就活に困ることが無い。
村元が東京に居るため、千夏も東京で就職先を見つけようとしているのだが、現在は、苦戦している。
理由は、どの会社も女子剣道部は、関西にあるからだ。
全本女子剣道選手権大会は、長年、大阪、愛知、兵庫で行われていて、その関係もあり、多くの企業は、女子剣道部を関西に集中させていた。
警視庁や、埼玉県警に入れば、関東に居ることも可能だが、千夏は警官になる気は、なかった。
「就職先なかったら、専業主婦になろうかなっ。」
そう言って、チラっと政夫の方を見た。
「む、無理無理無理、ほら、俺、中小企業で稼ぎ少ないし・・・。」
付き合いだして、3年(村元の中では)経ち、村元も彼女に白馬に乗った王子様が迎えに来てくれることは、諦めていた。
「まだ、就活期間あるし、頑張ってみようよ。千夏ならきっといいところが、見つかるから。」
「そうね。専業主婦は最終手段にとっておこうか。」
「・・・。」
村元政夫の会社は、2部上場の商社で、ランクで言えば中企業だった。
営業管理部に所属し、3年たって仕事に慣れ始めた時期だった。
村元は、課長に連れられて、接待に同行していた。
「部長、御社の製品は素晴らしく売れ行きも上々ですよ。」
課長は、化粧品会社の部長におべっかを使った。
村元もあいずちを打った。
「お宅に卸して、うちも大正解だな。」
「いやいや、うちなんて、ほんの少しだけお手伝いしてるだけなんで。」
何年経とうと、接待は無くならない。
日本の悪しき伝統というべきものだろう。
「社長さんは、どうですか?」
化粧品会社の社長は、女社長であり、一代で会社を築いたやり手だった。
「相変わらず、元気一杯で飛び回ってるよ。」
「物凄いパワーですね。」
「まあねえ。無理難題を投げつけて来るから、我々の苦労は無くならないんだが・・・。」
「何か、困りごとでも?」
「ん?ああ、内定を出してる学生が居るんだがね。何としてでも採れとね。」
「御社を袖に振るような学生が居るんですか?」
「本社希望の女性なんだがね。うちとしては、関西支社を提示してるんだが。」
「本社では、ダメなんですか?」
「女子剣道部が関西にあってね、そっちに入ってもらいたいんだが、どうしたもんか・・・。」
「その娘、関東の人間なんですか?」
「大学は関西なんだがね。婚約者が関東にいるらしくね。」
この時点で、村元は冷汗がタラタラと流れ出ていた。
「よっぽど、凄い経歴の学生なんですか?」
「大学選手権4連覇、全日本女子も3度優勝してるんだが。」
「ああ、川俣千夏ですか。」
「さすがに知ってるかね?」
「ええ、こいつの彼女ですよ。」
バンっと、課長は、村元政夫の背中を叩いた。
「き、君がっ?」
なんだか、気まずい空気になってきた。
「村元君は、入社何年目だね?」
そういって化粧品会社の部長は、村元に酌をした。
「よ、四年目になります。」
「実家かね?」
「い、いえ・・・。」
「部長、よろしければ、村元を関西支社へ移動させましょうか?」
課長がとんでもない提案をした。
「可能なのかね?」
「全然、問題ありません。」
「そうか。」
はははっははと、大笑いする二人。
【問題大ありだろ・・・。】
村元は内心でボヤクしかなかった。
「いやあ、今日は本当に酒が旨い。」
化粧品会社の部長が上機嫌になった。
「私どもとしても、お役に立ててなによりです。」
こうして、村元政夫は、関西支社に移動となり、川俣千夏も化粧品会社への就職が決まった。
めでたし、めでたし。
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