再びの出会い

 ―――夜が明ける……。


 エルス達一行は、メルルの案を採用してカナンを待つ事と決めたのだった。

 彼等が精霊界より戻ってきた場所は、シェキーナが聖霊回廊を開いた場所からに位置した深い森の中だった。

 東よりとは言え、若干王都へと戻る事となったのだが、それも色々と思案した結果であった。

 そしてそこで、野営をし一夜を過ごしたのだった


 まず、元の場所へと戻る……と言うのは論外だった。

 その場所では、ゼルの襲撃を受けている。

 いつまでも一つ処に留まるとはゼルの方でも思っていないだろうが、それでも待ち伏せの懸念がある。

 ゼルの手配した統一国家軍がやって来ている可能性も無視出来なかったのだ。

 

 そして何よりも、北へと向かい、今は南方へと疾駆しているだろうカナンと、可能な限り早く合流する為だった。

 王都に踵を返し北へと向かえば、それだけアルナ達や兵たちに見つかる可能性が高くなる。

 さりとて余りにも離れていれば、円滑な合流の妨げとなるのだ。

 エルス達が降り立った場所は、ギリギリの折衷せっちゅうあんだった。

 

 そして森の中としたのは、ひとえにシェキーナの結界が最も効果を発する為である。

 彼女は精霊魔法を駆使しなくても、精霊に直接話し掛けて協力を仰ぐ事が出来る。

 協力……と言ってもこの場合は、殆ど使役している様なものである。

 下位精霊を苦も無く手懐ける事が出来る、森の狩人エルフの真骨頂とも言えた。


 魔法では無く、精霊の協力による結界では、こちらの気配を完全に消す事は出来ない。その意味では、発見されるリスクが少なくないと言わざるを得ない。

 それでも、一早く発見出来るメリットがあるのだ。


 高い感知能力を持つ、五感に優れた種族……獣人。

 彼等の能力は、例え数キロ離れた気配でも選り分け、人物の特定を可能としている。

 まして、今や「剣匠」と謳われる程の実力者カナンである。

 彼ほどの人物ならば、それこそ十数キロの広範囲で気配を探る事も可能であった。


「う―――ん……。ミシェラの方角から……待ち人く来訪……か―――……。これはカナンやろな―――。北西の方角から、かなりのスピードでこっちに向かってるみたいやわ」


 空中に疑似水晶を出現させたメルルが、行っていた卜占術ぼくせんじゅつの結果を口にする。

 それを聞いたエルス達は、意識する事も無く自然と北西の方角へと顔を向けたのだった。


 ミシェラとは、北西の空に輝く星の事……。

 待ち人とは、言わずもがなカナンの事である。

 つまり、カナンがこちらの方へと高速で移動している事を指す。


 この世界に魔法は大いなる力を以て、様々な場面で貢献してくれている。

 しかし、遠く離れた相手の姿を任意に見つけ見通すと言う常識より外れた事は、流石に出来ない。

 その代り……とでも言おうか、占いの類は驚くほど発達しており、人々は事ある毎に占術を頼りとしていた。

 とりわけ、世界に名だたる「大賢者」メルルの占術は群を抜いて高い的中率を誇り、行動を決める指針としてエルス達の旅に貢献していた。


「……ネギュラより、赤き炎を纏いし一団……か―――……。あっちゃ―――……コレ……アルナ達の事かな……? ひょっとしたらとも遭遇するかもしれんな―――……」


 最後にそう付け加えたメルルに、エルスとシェキーナは即時に彼女へと顔を向けた。

 ネギュラとは、北北東に赤い色を放ち輝く、不吉な星として有名であった。

 メルルの占いでは、そちらの方からアルナ達がやって来ると言うのだ。

 エルスとしてみれば、最も会いたいと思う人物の一人であるアルナだが、彼女の変貌を聞いた後とあってはその想いも複雑だった。

 

 シェキーナもその心中は穏やかである筈がない。

 既にエルフ郷には見切りをつけており、何ら感情を抱いていない彼女ではあったが、アルナの殴殺おうさつした老竜エルダードラゴンの事は別であった。

 幼き頃より親しみを持って交流して来た老竜の死に、シェキーナは少なからず怒りを抱いていた。

 それはシェキーナにとって、ラフィーネ達の様に黙認する事など到底出来ない事だった。

 アルナ達が襲い来るならば願っても無い事であり、この場で仇討ちを敢行する事もやぶさかでないとも考えていた。


 それでも、それには時期……タイミングと言うものがある。


 カナンとも合流出来ていない。

 休息を取るべき地も定まっていない。

 何よりも、アルナの攻撃力は聞き知っただけで未知数なのだ。


 この場で乾坤けんこん一擲いってきの戦いをするより、早々にカナンとの合流を果たし、アルナ達と遭遇する前にこの地より撤退をする。

 それが今は最良とも言うべき戦略だった。




「……んっ!? カナンがこの森に入った様だ……それとは違う方角から2人……いや、3……4人か!?」


 精霊たちの力を借りて、シェキーナの知覚がカナンの反応を捉える。

 樹木の精霊が、シェキーナの探す特徴を持った者を発見し知らせてくれるのだ。

 エルス達は場所を移動しながら、何とかアルナ達の追撃を躱しつつ、カナンとの合流を図っていた。

 だがその歩みは遅く、より深い場所へは入って行けなかった。

 理由は至極簡単、メルルである。

 強大な魔力を持つメルルも、実際は見た目通り少女程度の体力しかない。

 加えて、彼女の着ているローブや身に付けている道具類が、森を掻き分けて行くには適さない格好だったからだ。

 それが幸いしたのか、エルス達は最初の遭遇を果たす。




「カナンッ!」


 エルス達の前に疾風の如く現れたのは、彼等の待ち望んだ人物……カナンであった。

 彼は長躯して来たにも関わらず、息一つ乱さないで立っていた。

 彼の姿を見止めて、真っ先に喜びをあらわにしたのはシェキーナだった。

 しかしそれも、ほんの僅かな時間だけに留まり、すぐに引き締まった表情へと変化した。

 そしてエルスとメルルは、既に緊張感を抱いた表情となっていた。


 何故なら、目の前のカナンは既に……抜刀していたのだ。


 無言のままエルスに鋭い視線を向け、漸く合流したと言うのにカナンは一言も発しない。

 暫し、エルスとカナンの視線が交錯し、沈黙だけが周囲を満たす。


「エルス……お前は……何だ?」


 抜身の剣を持つカナンは、今にも飛び掛かりそうな気配を放ちながらエルスにそう問うた。

 それはまるで、二人が初めて会った時を再現したかのようである。


「俺は……勇者……だ……」


 だが、その後の展開はまるで違っていた。

 カナンに応えるエルスの声音は弱く、自信をも失っているかのようであった。

 エルスが答え終えると同時に、カナンは目にも止まらぬ速さで疾駆し、瞬く間にエルスとの距離を詰めて斬りかかった。


「くうっ!」


 それに対したエルスだが、辛うじてカナンの剣を受け止めるだけで精一杯である。

 そこからは、カナンの目にも止まらぬ斬撃が繰り出され、エルスはそれを何とか受け止めるだけで必死であった。

 一方的に押され、後退を余儀なくされ、最後には甲高い金属音を発してエルスの剣が弾き飛ばされたのだった。

 尻餅を突き、カナンを見上げるエルスの鼻先に、カナンの持つ剣先が突きつけられる。


「……もう一度聞く……。エルス……お前は……何だ?」


 詰問するカナンの瞳には、一切の情が感じられない。

 凍てつく様な視線に射抜かれているエルスだが、その表情には恐怖や悲哀の色は浮かんでいない。

 

 ―――ただ一つ……苦悶だけがその表情を占めていた……。


 一連の攻防を見守る形となったシェキーナとメルルだったが、勝敗の決した今、シェキーナが飛び出そうとし、それをメルルが引き止めた。

 必死の形相で振り返ったシェキーナに、メルルは静かに首を横へと振るだけだった。


「……俺は……俺だ……。俺は……今でも……勇者だ」


 呻く様な……絞り出す様な声で、エルスは漸くそれだけを返した。

 何も言えない、何も説明できないエルスの、それが精一杯の答えであった。

 苦しげな表情にあっても、カナンを見つめるエルスの瞳は強く、美しく輝いていた。

 カナンはその瞳の中に、求めていた答えを見出したのだった。


「……ふん……なるほど。エルスはエルスだな」


 研ぎ澄まされた視線を和らげ、剣を腰に差すと、空いた手をエルスの方へと差し出した。

 暫時、呆けた様な表情だったエルスだが、漸くその表情にも笑顔が戻った。

 そしてカナンの手を取ったエルスは、彼に引き上げられて立ち上がったのだった。

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