魔女、現る
ゼルの、何とも己の欲望に忠実な返答を聞いたエルスとシェキーナは、それに対して声を出す事が出来なかった。
大儀では無く、使命感でもない。
魔族への憎悪でも無ければ、人々の平和を願っての事でもない。
ただ金銭の為だけにエルスを……かつての仲間をその手に掛けると、ゼルは平然と言ってのけたのだ。
「きさまっ! それだけの理由で勇者を手に掛けるなど、恥ずかしくなないのかっ!?」
「今は魔王だろ―――? なぁ……エルス―――?」
シェキーナの逆上した言葉に、ゼルは
そしてその言葉を投げ掛けられたエルスもまた、何も言い返せず言葉を呑み込む以外になかったのだった。
「……まぁ……お前が魔王だろうが勇者だろうと……俺には関係ないんだけどな―――」
ゼルのお道化た仕草は止まらない。
まるでわざとそう振る舞っているかの如く、ゼルはヤレヤレと言った風に両手を肩口まで持ち上げて、軽く持ち上げてみせる。
「何せエルス―――……お前には、随分な懸賞金が掛けられるって話だからな―――……」
そしてまたも、ゼルは歪に口端を吊り上がらせ、笑みと思しき表情を浮かべて見せた。
既に、聞くに堪えない思いのエルスとシェキーナだが、そんな事はお構いなくゼルの口上は止まらない。
「お前が魔族……魔王なら、当然の事ながらお前の首には懸賞金が付く……。何せ、元勇者だ。そりゃ―――大層な値が付くのは間違いないやな。そしてお前がまだ勇者だって言うのなら……お前が目障りな王族からたんまりと……」
「もういい、黙れ」
怒りも、頂点を過ぎれば冷めて行くもの……。
そしてそれが
ゼルの言葉……その一つ一つは、シェキーナに冷酷な感情を齎すのに余りあるものだった。
「おお―――っと。今度は簡単にはいかないぜぇ―――」
巨大な殺気を向けられたゼルだったが、即座にそう言葉を残すと、見る間にその姿を闇へと溶かせていった。
またもエルスとシェキーナが見つめる前で姿を消すゼルの技に、二人は戦慄を覚えて再び背中合わせとなる。
「奴の性格は兎も角、いざ目の前であの技を見せられると……」
「……ああ……。空恐ろしいものがあるな」
苦笑気味に溢したエルスに、シェキーナは舌打ちでもしそうな表情で答えた。
彼等の気持ちがどうあれ、姿を隠し気配を偽るゼルの技は、驚嘆に値するものであった。
「……どうだ……シェキーナ?」
エルスは、シェキーナにゼルの位置を把握できるか問うのだが……。
「……ダメだな……。“精霊の眼”を以てしても、奴の姿はおろか、気配すら掴めない……。悔しいが、大したものだよ」
シェキーナも先程から、周囲の精霊に働きかけてゼルの居場所を何とか把握しようと試みているのだが、まるで上手くいっていなかった。
「……だが」
「……ああ」
二人が背中合わせで居れば、少なくとも背後から襲われる事は無い。
正面側面よりの攻撃ならば、どれ程の至近距離であっても一方的にやられる事は無いと二人とも踏んでいた。
事実、もしそれが実行されていたのならば、エルスかシェキーナは手傷を負ったとしても、ゼルを仕留める事は不可能では無かった筈……だった。
「……っ!? 上かっ!」
「くっ!」
ゼルの、エルスを攻撃する一瞬。
その瞬間に露わとなった殺気を感じ、エルスとシェキーナは地面を転がる様に回避した。
それでも完全に躱せたわけでは無く、エルスの頬には一筋の紅線が引かれる。
「ちぃ―――……。反射速度は流石だな―――……」
ナイフの刃に、僅かに付着したエルスの血を地面へと振って捨て、存在の希薄なゼルがユラリと二人に対峙する。
「それにしても……エルス―――? お前……
小馬鹿にするかのようなゼルの言葉に、エルスは睨み付けるだけで何も答えなかった。
実際、エルスの能力は随分と下がっていたのだった。
勿論、未だにその力は人界の誰よりも……元勇者パーティの誰よりも強い。
しかしそれも、以前ほどの圧倒的な力では無い。
それを即座に看破され、エルスはゼルに言い返す事が出来なかったのだった。
「まぁ……俺の
醜く表情を歪ませて笑うゼルが、まるで死神の如く宣告する。
ゼルは暗殺者……。
そして暗殺者の刃には……当然の如く“毒”が塗られている。
ゼルは好んで、遅効性の麻痺毒を使用する。今回エルスが受けた毒も、恐らくはその手の物だと想像出来た。
―――ゼルは、相手を弱めて
焦燥がエルスとシェキーナを蝕み、それを嘲笑う様にゼルの姿が再び闇へ融合しようとした……。
その時だった。
「ぐがっ! がっは―――っ!」
暗闇を引き裂いて、何の予兆も無く突如、雷撃がゼルを撃ったのだった。
なまじ距離を取っていたが為に、エルスとシェキーナに被害はなく、稲妻の大きさに反して直撃を受けたのはゼルだけだった。
いや……その時を狙っていたのか。
「……っ!? この雷撃はっ!」
「メルルッ! 来てくれたかっ!」
計ったかのように放たれた雷撃。
そしてその雷撃の強さ。
それらを鑑みれば、この魔法を放った術師が誰であるのか、エルスとシェキーナ、そしてゼルさえも、改めて考えるまでもない事であった。
「ゼ―――ル―――……。おんどれ、ようもエルスに好き勝手してくれおったな―――……」
暗闇の奥から、知の底をはい出る様な、何ともガラの悪い声が響き渡る。
怒気を纏わせて、そこに現れたのは間違いなくメルル=マーキンス。
淡い光を反射しているメガネでその瞳を窺い知る事は出来なくとも、その雰囲気と声音により、今どの様な顔をしているのかは容易に想像出来た。
「く……そ……。メルルか……」
体の至る所から黒煙を立ち昇らせるゼルが、息も絶え絶えにそれだけを何とか漏らした。
「ゼル。今のはウチの温情ってやっちゃ。今回は
手加減された攻撃だとは、ゼルも心得ていた。
そして今、この3人を相手にする事が如何に無謀であるかも。
「へ……へへへ……。それじゃあ、お言葉に甘えて……ここは退散させてもらうぜ―――……あばよ」
エルス達とは反対側の闇へと、ゼルは捨て台詞を吐いて消えて行った。
「……メルル……助かった」
臨戦態勢を解いたシェキーナが、小さく息を付きながらメルルに感謝する。
「かめへん、かめへんって。間に合って良かったわ」
メルルもまた、ゼルが完全にいなくなったことを確信して戦闘態勢を解く。そしてシェキーナの言葉に、照れながら頻りに手を振ってそう答えた。
「あ……ああ……。ほ……本当に……」
エルスもメルルに謝意を伝えようとしたが、それを最後まで言い切る事は出来なかった。
「エルスっ!?」
ゆっくりと崩れる様に、エルスはその場に倒れ込み、驚いたシェキーナが駆け寄った。
「……ゼルの毒やな―――……。しゃ―――ない。ウチが薬を煎じるから、シェキーナは周囲の警戒を頼むわ―――」
エルスの額に手を遣りながらそう言ったメルルは、肩から下げていた鞄から何やら瓶や草を取り出していた。
「……ああ、分かった」
心配げなシェキーナであったが、毒に関してメルルは、ゼルよりも遥かに博識である。
ここはメルルに任せて、シェキーナは周囲へと気を巡らせるのだった。
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