昨日の敵は……

 別室で寝かされているエルスの容体を看ていたメルルが、仲間達の待つ部屋へと戻って来た。

 それと同時に、心配を表情に浮かべたシェキーナとカナンが、メルルへと眼を向ける。


「……とりあえず……容体は安定しとる……。心身ともに異常も診られへん」


 部屋にいる者の視線を一身に集めたメルルが、ゆっくりと現状の報告をする。


「……と言う事は、病気や怪我などと言う事では無い……と言う事か……」


 メルルの報告から、シェキーナが端的な見解を述べる。

 しかし、その事がより一層深刻の度合いを増す事となった。

 

 ―――原因不明……。

 

 この結果程、状況を困難とする事は無い。

 俯き考え込むシェキーナとカナン。その隣に、メルルがゆっくりと歩を進めて着席した。


「……魔王様の気配が一気に拡大した事と……関係があるのだろうか?」


 対面に座る3人の魔族の内、リーダー格のアスタルが思案しながらその考えを口にした。

 この部屋にいるのはメルル、シェキーナ、カナンだけではなく、3人の魔族……アスタル、リリス、べべブルも同室し、メルルへと視線を向けていたのだった。


「……それも分からん……。でも、一番考えられる原因っちゅーのは……それやろな―――……」


 豊富な知識を持つメルルは、深く医療にも精通している。

 その彼女をして原因が摘めないのであれば、ここからは憶測での会話となる。

 そしてアスタルやメルルの言う通り、エルスの変調は魔王の気配が拡大した事と無関係とは思えなかった。




「何故……お前から魔王様の気配を感じる事が出来るのだ……?」


 およそ数時間前……。

 共に敵対行動を取っていたエルス達とアスタル達だが、戦闘行為は行われていなかった。

 エルスを護るためにナーバスとなっていたメルル達だが、明らかに戦意を喪失しているアスタル達を前に、少なくない混乱を来していたのだった。


「魔王の……気配……だと……? ……はっ!?」


 アスタルの言葉を反芻はんすうしエルスへと視線を向けたシェキーナだったが、そこに何かを感じ取った彼女が息を呑む。

 そしてそれは、隣にいるカナンも、後方で構えていたメルルも同様であった。

 

 今のエルスから、僅かだが以前に感じた事のある、エルスとはまた違う気配を感じ取ったのだ。

 エルスのものと似ている……しかし明らかに非なるもの……。

 言われなければ到底気付かない程微かな……そしてハッキリと違う気配を、今のエルスは発している。


「お前達は……こいつは一体、何者だら……勇者が魔族に与したっちゅー話は……本当なんだら?」


 アスタルの横に立つ眼付きの悪い魔族べべブルが、信じられないと言った風に気になる言葉を呟いた。


「その話……どこで……」


 カナンは疑問半分、不安半分と言った声音で問い返した。

 聖霊ネネイが人界や精霊界で暗躍している事は既に知れている。

 恐らくは、幻獣界にも根回しを完了している事は想像に難くない。

 だがまさか、魔界にも現れて手を回しているとは考えつかなかったのだが。


「先日……我等の元に聖霊ネネイが現れ、勇者が魔族に……延いては魔王となる事を告げました。聖霊の言葉など到底信じられませんでしたが、我等とて魔王様を失って少なくない混乱の中に在り、これ以上の問題を無視出来ませんでした。だから万一を考え、警戒を厳にしていたのです」


 女性魔族のリリスが、ゆっくりとした口調でそう説明した。

 それを聞いたシェキーナとカナンは妙に納得し、メルルは舌打ちでもしそうな表情をしていた。

 

 に、聖霊ネネイは光の側……人界とそれに与する側の存在だ。

 人界と魔界が、理由は不明なれど共に相容れない存在として争っているのは既成の事実である。

 どちらが善で、どちらが悪か……。

 どちらを光とし、どちらを闇の陣営とするのか……。

 そんな事を論じる事自体が不毛な事であった。

 少なくとも人間の側から考えれば、聖霊ネネイは人族側に協力しており、人族が崇める光の神の僕として活動している。

 そのネネイが魔界に現れると言う事も前代未聞だが、更には神託を告げるなど、本来であれば思いも依らない事だった。

 

 それでも、それでエルス達が早々に魔族から発見されてしまった事も頷けると言うものだった。

 大なり小なり、全ての種族に影響力のあるネネイの言葉である。

 訝しく感じていようとも、魔族とてその言葉を無下には出来なかったと言う事だった。


「お前達に戦闘の意志が無いのならば、こちらとしては好都合だ。私達に協力してもらえればありがたいのだが、その話も後でいい。今はエルスを休ませる事が先決だ」


 手にしていた弓を背負いながら、シェキーナが切り出した。

 それまで、息も荒く殆ど気を失っているエルスを見守る様に見つめていた6人だが、彼をこのままにしておく事など出来ないのだ。

 シェキーナ達にしても、兎に角落ち着いて過ごせる場所を探し出し、エルスを安静にする必要があった。

 魔族側から異論が出ない事を認めたシェキーナが、カナンとメルルに目で合図して早急にこの場を離れる為に行動を開始しようとした。


「ちょ……ちょっと待って欲しい」


 その動きを止めたのは、巨漢の魔族アスタルだった。

 アスタル達にしてみれば、無駄に命を失う愚を犯さずに済んだことも然る事ながら、失われたと思っていた魔王と同じ気配を持つ者を見つける事が出来、僥倖ぎょうこうと言って良い状況だったのだ。

 そしてそんな機会を、みすみす逃すと言う選択肢は取れなかった。

 

「もし……もし良ければ、我等と共に魔王城へと赴き、その勇者を休ませてはどうだろうか? 魔王城内ならば、他の魔族に襲われる事も無い。それに、少なくとも野宿よりは休息に適していると思うのだが……」


 アスタルの言葉にリリスは頷いて賛成するも、もう一人の魔族、べべブルは胡散臭そうな視線を向けている。彼は気配だけで、エルスを魔族だと判ずるのは危険だと思っているのかもしれない。

 もっとも、あからさまに反対する様な事は無く、事の成り行きを見守っていると言う節も伺えた。


「……ええんか―――? ウチ等は元……ゆーたかて、勇者パーティやってんで―――? あんた等を悉く打ち滅ぼして、魔王城を乗っ取るかもしれんで―――?」


 アスタルの提案は、メルル達にしてみれば渡りに船だった。

 元より、アスタルの提案通りの事を実行しようとしていたのだ。

 それを先方から持ち掛けられると言う事は、正しく幸甚こうじんと言わざるを得なかった。

 それでもメルルは、そんな意地の悪い言葉を持ち掛けた。

 下手をすればアスタル達の考えが変わり、彼の提案自体が反故ほごとなる可能性すらあった。

 もっとも、その懸念は最初から意味の無い事だと、メルルは考えていた。


「……そうかもしれないが、それを言っても無駄な事だろう……。戦ってみて分かった……。俺達では、お前達に勝つ事など出来ない。今……魔界で俺達よりも腕の立つ魔族はいない……。俺達が勝てないと言う事は、他の誰もお前達を止める事は出来ないのだからな」


 そしてその理由を、アスタルは消沈した声音で説明した。

 それは正しく、メルルが考えていた事と同じであった。

 ここでアスタル達がエルス達を拒絶しても、手間が増えるだけで結果は変わらない……かも知れないのだ。

 シェキーナ達に、これから魔王城を襲撃すると言う気概は既に無くなっているが、もしそれを実行したならば、それ程の時間を掛けずに達成する事だろう。

 何よりも、強大な能力ちからとカリスマで魔族を率いた魔王……その気配を感じさせる人物が目の前にいるのだ。

 アスタル達としてみれば、藁をも掴む思いだったのだ。


「……ほんなら、急ごうか。エルスが今、どうゆう状態なんか……急いで調べなあかんし、必要なら薬も煎じなあかんからな」


 結論を求めるシェキーナとカナンの視線を受け、メルルがそう決断した。

 アスタルは倒れている下級魔族の中から意識のある者に話し掛け、今後の指示を与えた。

 そして奇妙ながら、メルル達勇者パーティと、アスタル達魔族パーティは、カナンの背負うエルスを囲む形で魔王城へと轡を並べたのだった。

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