大賢者の微笑
それから数日後、エルス達は南大陸の南端に降り立った。
そこからは、海を挟んで見える巨大大陸“極大陸”へと向かう。
その中心部にある“
灼熱の極大陸……その中心部ともなれば、体感温度も砂漠のそれと変わらず、周囲も岩場ばかりとなる。
戦うには打って付けだが、それでは待機するエルス達も体力を消耗してしまうのだ。
そこでエルス達は、極大陸の最北端に陣取ってアルナ達を待つ事にしたのだった。
そこならば極大陸とは言えども南国程度の暑さであり、背が低いながらも木々が森を作っている。日よけには申し分ないのだ。
そして何よりも、ここまで行軍し少なからず疲弊してくるアルナ達を、その極みで迎え撃つ事が出来る。
戦術的には、申し分ないと言えた。
「今日はここで野宿するか」
少し行けば砂浜が見える林の傍に降り立ったエルスが、荷物を下ろしながらそう提案し、メルル、シェキーナ、カナンは頷いて野営の準備に取り掛かった。
役割分担としては、エルスが薪集め、メルルは火起こし、シェキーナとカナンが獲物を捕まえて来ると言ういつものスタイルだった。
そしてシェキーナとカナンは、然程時間を掛ける事無く人数分の獲物を捕えて戻って来た。
エルスも手際よく薪を集め水を汲み、メルルが見事な手際で獣を捌いて行く。
そして半刻後には、豪勢と言って良い料理が彼等の前に並んだのだった。
「こうして皆と野宿するのも、随分と久しぶりだよな」
肉を頬張りながらエルスは、どこか懐かしむ様にそう一同に話しだした。
以前の彼等は、それこそ世界中……人界魔界は言うに及ばず、精霊界や幻獣界にも足を延ばし、至る所を周ったのだった。
それは、正しく大冒険。
日常を暮らしている者には決して体験する事の出来ない、本当に夢の様な日々に他ならなかった。
勿論、危険が付いて回る。
それも、命の危機を伴った危険が……。
それでも、その冒険にはそれだけの……命を懸けるだけの価値があったのだった。
エルスの呟きに、メルル、シェキーナ、カナンでさえ、エルスと同じ様な表情で頷いた。
決戦を前に、彼等も感傷に浸っているのかもしれない。
懐かしくも……遠い日……。
僅か1年程前の出来事であるにも拘らず、一同にはそれが“懐かしい”と感じられる程昔の事に感じられていたのだった。
何故かしんみりと……どうにも話をし辛い雰囲気に、一同の食事をする手も止まった。
「……それで。アルナ達に対する作戦だけど……」
そして自らが作ってしまった空気を吹き飛ばす様に、エルスが改めて話を切り出した。
もっともそう言った処で、彼等の口から出る話題と言えば目下のところ、進軍して来るアルナ達に付いてだった。
「兵力1万というのは、確かに面倒な数だ。まずはあれをどうにかしないとな」
シェキーナが、その中でも最も気になる部分を指摘した。
いや、最も気になるのは言うまでもなくアルナ達なのだが、それこそ今更話すまでもない事だ。
改めて打ち合わせるまでもなく、彼等の頭からその事が忘れ去られると言う事は無い。
「一丸となって攻撃を仕掛けてくれれば占めたものだが、相手もそう易々とこちらの思惑には乗ってくれないだろう」
それに同調したのはカナンだった。
彼は以前、人界の砦を襲いそこに駐留していた兵3千を全滅させている。
そんな彼をして、その兵力を無視する事は出来なかったのだ。
何せ今回は、前回と状況が違う。
先日の戦いは、カナンが攻め、人族の兵が守ると言う構図。
今回は、それと全く逆となるのだ。
それに、その大兵力を率いるのは……アルナ達だ。
例え敵を低く見積もり、それが羊だったとしても、1匹の狼に率いられた群れは侮る事など出来ない。
「うむ……恐らくは軍を分け、3方から進軍して来るのではないか?」
そう同意したのはシェキーナだ。
各部隊をアルナ、シェラ、ベベルが率いて同時に進軍して来たならば、エルス達も3方に対処しなければならずバラバラに対処しなければならない。
そうなれば、更にエルス達の不利は免れないのだが。
「いいやぁ……アルナは軍を一つにして、真っ直ぐ北上して来おる」
そんなカナンとシェキーナの懸念を、メルルが覆した。
あっさりと考えを一蹴されたにも拘らず、カナンとシェキーナには不服そうな様子はない。
それどころか、メルルの話す続きを待っていた。
「アルナの性格は、以前とは全く変わったと言ってええ。あいつの今の思考やと、まどろっこしいのは嫌うやろ。シェラ辺りが止めるやろうけど、結局は全軍で行動する事となる」
メルルが、何の考えもなく反論するなど考えられない。
その事を、カナンとシェキーナは十分すぎるほど知っているのだ。
「それにあいつ等は、ウチの“
メルルの十八番、それは……「
3つの魔法を同時詠唱にて放つ事の出来る、メルルだけが使える特殊な技だ。
確かに、3カ所を同時に襲われては、流石のアルナも全てをフォローする事など出来ない。
そして今のアルナが持つ魔法力ならば、メルルのかなり強力な魔法でも1カ所に集中しているならば防ぐ事が出来る。
それは、3連続で放たれたとしても同様なのだろう。
メルルのある意味正鵠を射る発言に、一同は押し黙ってしまった。
アルナ達4人に率いられた1万の兵……。
エルス達がそれだけで負けるとは言えないまでも、消耗戦を強いられれば苦戦は免れない。
「けど……それこそ、ウチの望むところや」
そんな
キョトンとした表情でメルルを見つめる3人に、彼女は自信ありげにニンマリと笑って答える。
「ウチの十八番……勘違いしてくれてるんやったら好都合や。この“大賢者メルル”の真骨頂、存分に見せたるわ」
それは何とも頼もしい言葉と態度だった。
「それじゃあ、俺達もじっくりと拝見させてもらうよ」
エルス、シェキーナ、カナンは、メルルの自信と能力を僅かも疑ってはいない。
彼女に一案があると言うのならば、敵の大部隊はメルルに任せておけばよい。
一同に異論はなく、3人はそれぞれメルルへと頷いたのだった。
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