戦闘遊戯

 突如……何の前触れもなく。


 固い金属を叩く、低く鈍い音が周囲に鳴り響いた。

 その音が鳴る直前まで、アスタルやリリス……そしてその他の者達がに気付く事は無かった。

 いや……その兆候すら、感じ取れずにいたのだった。


 まるで銅鑼を叩くかの様な音が、間断なく打ち鳴らされる。

 全ての者の視線が音の発生源へと視線を向けるとそこには……。


 攻撃を仕掛けていると王龍と、その攻撃を受け止めているとエルスがいたのだった。

 

「思われる」……と言うのは、その攻防が目で追う事すら出来ない程の早さで行われており、ハッキリと確認出来た者はいないからだ。

 双方の攻防は、王龍の尻尾とエルスの盾でのみ行われており、動いていると思われる部分と言えば、王龍が攻撃を繰り出している尻尾の先端と、それを受け止めるエルスの左腕だけだった。

 それすら、目が追いつかない程の高速戦闘であり、ともすれば残像すら網膜に焼き付くほどであった。

 更に言えば、それ程の激しいやり取りを行っているにも拘らず、王龍とエルスの顔に表情の変化が現れていなかったのだ。


 王龍の顔には……何の感情も働いていない……様に伺える。

 龍族の表情が豊かだとは言え無いので、一目見ただけで今、どの様に感じているのかを見分けるのは難しい。

 ただ無表情に……淡々と攻撃を繰り出している様にも見える。

 もっとも、その瞳に浮かぶ嬉々とした色を見分ける事が出来れば、王龍ジェナザードが今、この時を楽しんでいると分かるだろう。


 そしてエルスの方はと言えば。

 しっかりとそのまなこに王龍を捉えながらも、素早く繰り出される攻撃を的確に……しかも片手で受け止めている。

 その技術も驚くべき事なのだが、その顔には不敵な笑みが浮かんでおり、焦りの色は一切伺えないのだ。

 エルスもまた、この戦いを心から楽しんでいる事が伺えたのだった。

 

 多角度的に繰り出される王龍の尻尾を使った突きや薙ぎを、エルスがその場から一歩も動かずに、僅かに……と見える動きで盾を動かす事で悉く受け止めている。 

 別次元の戦闘を目の当たりにして、アスタルとリリスはただ呆然とその光景を見つめるしか出来なかった……のだが。


 突然、エルスの姿が掻き消えた。

 ……と、2人が思った瞬間、視線の先とは正反対の方角で、一際大きい打撃音が響き渡った。

 慌ててそちらの方へと振り返った2人はそこに、王龍の攻撃を受け止めたエルスの姿を見たのだった。

 それまでは、エルスの立っている場所でのみ繰り返されていた攻防だったのだが、2人の認識が追いつかないレベルで標的を変えられた様であった。

 そしてそれを、エルスが先んじて回り込み抑え込んだのだ。


「おいっ! 2人共、しっかりしろよっ! こっからが本番だぞっ!」


 王龍の尾撃を受け止めた姿勢のまま、エルスが背後にいるアスタルとリリスに叱咤する。

 それまで動く事すら忘れている風だった2人だが、その言葉で漸く我を取り戻す事に成功し、それぞれに得物を構えたのだった。


「お前達は奴の背後から牽制してくれっ! 俺は正面で奴の相手をするっ! 良いか、油断するなよっ! でなきゃ……死ぬからなっ!」


 いつもよりも緊迫度合いが数倍増しなエルスの声に、2人は緊張を高めて頷く。

 そして呼吸を合わせ、エルスは王龍の正面へ、アスタルとリリスは逆方向から王龍の背後へと回り込む為に動き出した。

 

 後方へと回り込んだアスタル達は、即座にそれぞれの攻撃を開始する。


「おお―――っ! 硬剣術ハルト・イスパーダっ!」


 真っ先に剣を振るったのは、やはりと言おうかアスタルだった。

 彼は武人然としている風貌そのままに、剣に魔法を掛けて突進して行く。

 先程目撃する事となったエルスと王龍の攻防から考えれば、彼の攻撃が当たるとは思えない。

 それどころか、アスタルが攻撃をする前に、彼すらも認識出来ない様な攻撃で迎撃されるのがオチだとも思われた。

 だが、予想された攻撃は来なかった。

 エルスが前方で王龍の気を引いているからなのだろうか、アスタルはアッサリと王龍の胴体に肉薄する事が出来たのだった。

 そして彼はそのまま、手にした剣に渾身の力を込めて振り下ろした。


「ぬぅっ!?」


 その途端、アスタルの手には自分の武器が弾かれた感触が伝わって来た。

 痺れるようなその感覚が齎す結果は、彼の攻撃が王龍に通用しなかった事実を物語っていた。

 最大の力を用いた攻撃がいともたやすく弾かれて、アスタルは思わず二の足を踏んでしまう。

 

「アスタル―――ッ! そこを退きなさい―――っ!」


 すでに魔法の準備を完了していたリリスが、先行していたアスタルに背後から声を掛けた。

 その言葉を聞いたアスタルは、一瞬リリスの方へと視線を向け、即座にその場から飛び退いたのだった。

 その直後、王龍の胴体が触れている地面より、鋭い突起を持った岩塊が無数にせり出した。

 ただしその攻撃も、王龍の身体に傷を付ける事が出来ないばかりか、全て無残にも粉砕してしまったのだった。


「何て―――固さなの―――っ!?」


 自分の魔法が通用しないと悟らされたリリスの口から、悔しさを伴った言葉が洩れ出した。

 それでもリリスは、アスタルの様に躊躇する事無く、次の魔法を即座に紡ぎ出そうとした。

 そんな彼女を、王龍の尾撃が襲う。

 その攻撃は、先程までエルスに向けられていたものとは比べ物にならない程ユックリとした、力の籠らない攻撃だった。

 しかしそれも、先程の攻撃と比して……の事。

 アスタル達にしてみれば、十分に早く強力極まりないものだった。

 そしてそんな攻撃が、不意を突かれたリリスに襲い掛かったのだ。


鋼盾術エスクド・カリュプスっ!」


 その攻撃を寸での処で止めたのは、背負っていた両手盾に装備し直し魔法を使ったアスタルだった。

 鋼鉄の盾を強打する鈍い金属音が響き渡る。


「ぬおおおっ!?」


 そして防御に全霊を掛けているにも拘らず王龍の攻撃で押される現実に、アスタルの口からは気勢と驚きの交じり合った声が零れたのだった。

 アスタルの巨体をも軽々と吹き飛ばしそうな程の強烈な攻撃。

 だがそうはならなかった。


精霊防壁アルムム・プネブマっ! 大いなる御力の防壁っ! 大気の精っ! 大地の精っ! 我等を護り給えっ!」


 アスタルの体を覆うように、リリスの防御魔法が発動したのだ。

 それにより、押され気味だったアスタルは持ち直し、王龍の攻撃を受け止める事に成功した。

 その後も無造作に振るわれる王龍の攻撃だが、アスタルの防御術とリリスの防御魔法との複合技で、何とか受け切る事だけは出来ていた。


「か……考えてみれば、お前と共闘する等……は……初めてではないか?」


「うふふ―――……確かに―――」


 アスタルがリリスに、ニヤリと口端を吊り上げて問い掛け、リリスもまた僅かに笑みを浮かべて答えた。


 個人の能力が高く、またその力に自信を持つ者の多い魔族では、共闘して事に当たると言う概念が薄い。

 1人で人族の兵士数人分に相当する力を発揮する魔族軍では、特にその傾向が顕著だった。

 故に、組織だった連携を得意とする人族を、個々の力では圧倒していても凌駕出来ないのであり。

 故に、人族の集団戦にも、個別の高い能力を持って打ち砕き、打ち負かされる様な事は無かったのだ。

 

 しかし今、アスタルとリリスは奇妙な連帯感を感じていた。

 

 1人で立ち向かえば、到底太刀打ちできない強敵を相手にして、防戦一方であっても2人で力を合わせれば持ちこたえる事が出来ている。

 この事実が、2人の心中に大きな変化を齎していたのだった。

 そして2人は、必死で王龍からの攻撃に耐える僅かな隙で、激闘を繰り広げているであろうエルスの方へと視線を向け。


 絶句してしまったのだった。


 それと同時に、何故2人に向けた攻撃が単調で威力も弱いのかを理解した。


 何故なら。


 簡単な事だ。


 エルスと王龍の戦いは、アスタルとリリスの方へ神経を割ける様なものでは無かったからであった。

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