勇者VS王龍
さて、エルスの装備について説明が必要だろう。
今、彼が装備している武器防具は、人族で用意する……もしくは手に入れる事の出来る物でも最高の物だ。
最も硬度の有る、又は魔力を含む鉱石を、人界最高の技術者が手掛けた逸品である。
または、精霊界や幻獣界、果ては人界でも伝説に謳われる様な場所で手に入れた物もある。
人界最高の戦力であったエルスには、最優先でそう言った武具が用意され、または授けられたのだった。
そして勇者ではない……と言われる現在においても、その装備はエルスの元にあり彼の愛用する処となっている。
魔王を討った直後に、聖霊ネネイの技を以て転移させられたのだ。
武器を返納する事も、又は取り上げられる事も無かったのは、不幸中の幸いと言って良かった。
正しく勇者が身に付けるのに不足の無い最上級の装備品は、その軽さに反して最強度を誇り、様々な特殊能力も有している。
魔法や特殊攻撃に対して高い耐性があったり、ほんの僅かだが装備者の傷を癒す効力もある。
武器に至っては切れ味も然る事ながら、その秘めたる能力により、敵のさまざまな特殊効果から影響を受けずに攻撃出来る。
著しく攻撃力を増大したり、攻撃した相手に更なる追撃を加える様な特殊能力は備えないが、「最強の戦力」たる勇者……エルスにとっては、その効果が何よりも大事であった。
敵対する魔獣や魔物の中には、「魔法無効」や「物理攻撃無効」と言った特殊な能力を持つ輩も存在する。
稀な存在とは言えその様な技能を有されていては、その存在を倒さなければならなくなった時に非常に困難となってしまう。
そう言った事を踏まえ、更にはエルスの能力を加味すれば、相手の特殊技能を無視してダメージを与えられる彼の剣は正しく「エルスの剣」と言って差し支えないだろう。
そして今、エルスが相対する王龍ジェナザードにも、特殊効果「物理攻撃軽減」「魔法効果軽減」が備わっている。
もっともそれは王龍だけに備わっているものでは無く、古龍種に多く見られる特殊技能ではあるのだが。
その特殊技能と龍族本来の強固な身体が相まって、先程のアスタルとリリスの攻撃もあっさりと防いで見せたのだ。
しかしそれらの技能が無効化された状態では、王龍の身体を以てしてもエルスの斬撃から無傷で居られる訳では無い。
王龍ジェナザードが、少なからずエルスに対して神経を傾けるのも当然の事だと言える。
エルスの右側方からの攻撃を、王龍は左手の爪を以て弾く。
技量が拮抗している状態ならば、高硬度を誇る古龍の爪を、さしものエルスも簡単に斬り落とす事は出来ない。
王龍はそのまま、エルスに対して左手で攻撃を敢行するも、これはエルスが飛び上がる事で躱されてしまう。
だが空中では、エルスもそう易々と攻撃を回避したり受け止める事は困難だ。
王龍はそれを見逃す様な事はせず、そのまま右手で彼の身体を薙ぎに行った。
本来ならば避けきれない一撃。
エルスの取れる手段は、手にした盾で受ける以外にない……様に思えた。
しかしエルスは、何もない様に見える中空を蹴り、宙にある身体を任意の方角へと移動させた。
それは全くの予想外だったのか、急襲し肉薄するエルスの攻撃を、王龍は攻撃しようとしていた右手で防ぐより他なかったのだった。
「……ほう」
エルスの斬撃が、王龍の右掌に薄っすらと刀傷を残す。
それを気にする事も無く、王龍は再度、左手でエルスへと攻撃する。
エルスもそれを察して、再び宙を蹴り回避行動を取ろうとするも、今回は完全な回避とはならなかった。
王龍の左指……その爪が急激に伸び、エルスの間合いを外したのだ。
「……ちぃっ!」
虚を突かれたエルスは、回避行動のタイミングをずらされる形となり、攻撃を喰らう事となった。
もっとも、受ければ致命傷も考えられるその攻撃を、エルスは身体を捩って何とか回避し、受けたダメージと言っても頬に傷を負う程度であった。
着地に成功したエルスは、休む間もなく王龍へと斬りかかり、戦闘を継続させた。
エルスと王龍の繰り広げる高速戦闘は、他の者にはハッキリと見る事が敵わず、その激しさは聞こえてくる斬撃とそれを防ぐ甲高い音から察するよりなかった。
アスタルとリリスもまた、彼らなりの戦闘を継続していた。
2人での共闘を念頭に置いた攻撃は、王龍の意識を僅かばかり向ける事に成功しており、それが王龍を苛立たせていたのには違いない。
そしてそれが、エルスの援護射撃になっている。
エルスへの圧力が緩和されれば、彼が更に攻撃を強める事が出来。
その結果、アスタル達に向けられる意識も薄まる。
正しく攻撃に於いての“正のスパイラル効果”を発揮していたエルス達は、付け焼刃ながらパーティとして機能していたのだった。
アスタルとリリスもまた、防戦一方の状態から時折攻撃に転じることが可能となっていた。
「……アスタル様と―――リリス様―――……」
「……うん―――……凄いどすな―――……」
シルカとメルカが、呆然として言葉を洩らした。
2人の知るアスタルとリリスは、今の彼女達では太刀打ち出来ない程の強さを持っていた。
それでも、眼前に鎮座する王龍には到底敵わないと理解していた。
それは遠目であっても分かる、王龍の“凄さ”から感じ取った、間違えようの無い結論であり事実だった。
あんな「バケモノ」に敵う人など、この世には存在しない。
そう思わせるに十分の威圧感を、王龍ジェナザードは発していたのだ。
それでも、防戦が主体であるとは言え、アスタルとリリスは王龍と渡り合っている。
そしてその姿は、シルカとメルカの知る2人よりも遥かに強く見えたのだ。
そしてそれよりも。
「……あの御人は―――ほんまどこまで―――……」
「……底なしなんやろ……ね―――……」
続けて洩らした台詞は、エルスに向けたもの。
距離があり、更には目で追う事も困難な高速戦闘を繰り広げているエルスの姿を捉える事は、2人には出来ない。
それでも、目で追いつかないと言う事実だけとっても、それが如何に凄い事なのかが窺い知れ2人の言葉となったのだ。
それも相手は、伝説級の「バケモノ」である。
二人は呆然とその戦いを見ながら―――厳密には目を向けているだけで、戦いの撃音だけが聞こえている状態であったが―――唇を震わせて、目に涙を浮かべていた。
信じられない光景を目撃していると言う……感動。
人の身とは到底思えない戦闘力に対する……恐怖。
遥かな高みに達している事が理解出来る……憧憬。
それらの感情が2人に押し寄せ、言葉にならない感動となっていたのだった。
そして感動を露わにしているのは、シルカとメルカの2人だけでは無かった。
もっと直情的に……もっと分かりやすく、その戦いを見つめている者がいた。
「な……なんであいつは……あの人はこんなに……凄いんだ……?」
いつの間にか両膝を地面につけ、涙を流して戦いの光景を見ていたジェルマは、我知らずそう心中を吐露していたのだった。
認めたくなくとも、認めざるを得ない。
その事実が、目の前にある……正しく繰り広げられているのだ。
人の可能性……自分達の目指す先を、まるで行動で示されている様な、そんな錯覚に陥っていたのだ。
果たして、エルスにその様な意図があったのかどうか。
それは誰にも分からない。
いや……エルスが彼等をこの場に立ち合わせた事を考えると、少なからずその考えがあったかもしれない。
王龍と、一対一で向かい合い、互角以上に渡り合う。
一生を費やしても、それが可能なのかどうか、ジェルマたちには分からない。
魔族の一生は、人族のそれよりもはるかに長い。
ならばその高みを目指す事も、決して不可能では無く、無駄にはならない。
まるで神話を模した絵画の如き戦闘を繰り広げるエルスと王龍に、魔王親衛隊候補生達はただ、無言で目を向けるより他なかった。
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