疑惑
―――翌日。
エルス達は、朝一番からメルルの招集により、再び会議室に集まっていた。
メルルが発起人となって招集をかける事も、その時間が
それでも、朝食を取った直後に……と言うのは今までに無かった事であり、一同を怪訝とさせるに十分であった。
「昨日の夜……聖霊ネネイがウチの部屋に現れた」
その理由を聞いて一同は絶句すると共に、緊急招集にも納得がいったのだった。
聖霊ネネイが動けば、必ず何かが起きる。
しかも……エルス達にとっては余り良くない方向に……である。
それを知っているエルス達が、緊張感を露わとするのも仕方の無い事であった。
それでも、疑問が浮かばない訳では無い。
「……何で聖霊ネネイは、メルルの前にだけ現れたんだ?」
エルスの疑問は、その場にいる者全員の総意だった。
今まで聖霊ネネイは、必ずエルスの前に……そして一同が揃っている時に合わせて出現していた。
しかし今回に限っては、メルルの私室に……それも、彼女の前にだけ現れたのだ。
全員の視線がメルルに向かい、その答えに耳を傾けていたのだが。
「……そんな事はどうでも良いこっちゃ。それよりも、ネネイが語った内容の方が重要や」
メルルは即答を避けた。
彼女の言っている事は正しいかもしれないが、一同にはそう捉えられたのだった。
「いや……どうでも良い……と言う訳にはいかない」
そして、メルルの言葉に真っ先に食いついて見せたのは、やはりと言おうかシェキーナだった。
シェキーナの視線と、メルルの視線が交錯する。
「以前から気になってはいた事だ……。メルル、お前の聖霊ネネイに対する態度は、どこか我等と違う様に思っていたのだ」
シェキーナが言葉を選びながら、それでもハッキリと考えを口にする。
メルルはそれを、瞬きする事無くシェキーナを見つめたまま聞いていた。
「そして今回のネネイの出現。見ようによっては、お前と聖霊ネネイが
それでもシェキーナは、物怖じする事無く話を進めたのだが。
「……それで?」
メルルの、シェキーナに話の先を促す言葉はこれであった。
さしものシェキーナも、此れには柳眉を吊り上げて顔色を変える。
「分かっているのか!? 我らが今、この状況に置かれているのは全て、聖霊ネネイより齎されたのだと言う事を!」
シェキーナは、テーブルの上に置いた手を強く握りしめていた。
それは今にも、その天板に拳を叩きつけようかと言う程のものだった。
これにはエルス、カナン、レヴィア、エルナーシャ、アエッタもハラハラとしながら2人の動向を見守っていた。
「……シェキーナ……あんたは勘違いしてるみたいやけど……」
一方のメルルは、シェキーナとは対照的に落ち着いた口調を崩していない。
いや……落ち着いていると言うよりも、シェキーナの話に興味を持っていないと言った方が正しいだろうか。
そんなメルルの態度にも、シェキーナは苛立ちを感じていた。
「今まで何度も、聖霊ネネイの言葉を聞いてたんやろ? あいつはいっつも、“神託”ゆーとったんや。あいつの言う話は、全て“神”を名乗る超越者によって齎されたもんや」
メルルの話す内容は、全く以て正論だ。
確かに聖霊ネネイは、私利私欲で動いていると言った事は一度も無い。
ただしそれは、あくまでも聖霊ネネイが自分でそう言っているだけに過ぎず、それが彼女の思惑で無いとは誰も言い切れない。
「その“神”とやらは、私達の前に一度も現れた事など無い。居もしない“神”とやらの名を語った、ネネイの自作自演なのでは無いのか!?」
そしてシェキーナは、そこを掘り下げて発言した。
そしてこの問いは、メルルに証明を求めるものでもある。
―――“神”とやらの存在を証明してみろ。
つまりシェキーナは、メルルが“神”と言う存在とも繋がっているのではないかと憶測していたのだが。
「……あんた等が知らんだけで、“神”はおんで―――……。もっとも、全知全能って訳やないけどな」
シェキーナの考えは、メルルのこの言葉で肯定されたのだった。
自身の問い掛けを余りにもあっさりと認められ、シェキーナは逆に言葉を失っていた。
「ウチはあんた等よりも……シェキーナ、あんたよりもちょ―――っと長生きやからな。色んな事も経験してるし、様々な事も体験しとる。それだけのこっちゃ」
そしてこの言葉で締め括ったのだった。
もっともこれでは、質問に答えたとは言い難い。
「しかし……しかしそれでは、お前が裏でネネイと繋がっているかもしれないではないか。これでは私達は……いや、私はお前を信用する事が出来ない」
そして当然、この言葉に帰結する。
勿論、その場にいる者達の心情は、シェキーナと同じとは言い難い。
だからこそ彼女は言い直したのだが。
エルスは最初から、メルルを疑うと言う考えすら持っていない。
この話し合いを傍で聞きながらも、エルスにはメルルに疑惑の目を向けると言う感情は一切湧いていなかった。
カナンとしては、実はメルルが一計を以てエルス達と行動している……と知らされても、そんな事ははどうでも良いと言うのが彼の本音なのだ。
カナンの信じる者は、最終的にはエルス一人。
シェキーナやメルルに仲間としての意識を持っているが、もしも背後から裏切られたとした処で、何ら痛痒を感じないのが本当の所だった。
「シェキーナ……。ウチが以前どうやったかが、そんなに問題なんか?」
「……なっ……」
「そこに居るカナンは、出会った当初はエルスに喧嘩を吹っ掛けたんや。ベベルやゼルも、最初はとても信用のおける奴らやなかった。あんたかて、ウチ等がエルフ郷へと訪れた時は敵意丸出しやったんとちゃうんか?」
「そ……それは……」
「んで、ウチの今までの行動に、嘘偽りはあらへん。それをどう捉えるんかはあんたの自由やけど、今のウチにはそれしか言えへん」
確かにシェキーナは、以前はエルス達を……と言うよりも、人族を嫌悪していた。
森の妖精である精霊族のエルフは、特に人族に対して心を許す事に抵抗を覚えていたのだ。
ハイエルフであるシェキーナならば、その気持ちも一段と強いものだっただろう。
そこを突かれれば、シェキーナには何も言い返せない。
ましてや、エルス達と行動を供にしてメルルの活躍も目の当たりにしている状態では、彼女の話を覆すだけの言葉を持ち合わせていなかったのだった。
シェキーナとメルルの言い争いは、これにて収束を迎えようとしていた。
もっとも、双方にとって後味の悪い……しこりの残す結果で、であるが。
「シェキーナ母様、メルル母様! もう……止めて下さい!」
そこに割って入ったのは、目に涙を溜めてそう声を上げたエルナーシャだった。
険悪な雰囲気の2人も、エルナーシャのこの姿には頭を冷やされる思いだった。
「……なんや、すまんなぁ―――……エルナ」
ついにはその場で泣き出したエルナーシャへと向けて、メルルは立ち上がって近寄って行った。
そして彼女の傍らまで辿り着くと、優しくその頭を撫でたのだった。
大きな瞳からボロボロと涙を溢しつつも、エルナーシャはメルルの顔を確りと見つめる。
その眼には、疑いも怯えも怒りも無い。
ただ純粋な想いだけが湛えられていたのだった。
「大丈夫やで、エルナ。ウチもシェキーナも、ただエルスが心配なだけやってん。本気で喧嘩してる訳やないんや」
そしてメルルは、エルナーシャを確りと抱きしめた。
「……本当?」
未だしゃくり上げるエルナは、震える声でそう返したのだった。
「ああ、ほんまや。……なぁ、シェキーナ?」
そしてメルルは、テーブルを挟んでこちらを見ているシェキーナへと話を振った。
「……ああ……本当だ、エルナ。ちょっと怖い思いをさせてしまったかもしれないな……許してくれ」
そしてシェキーナも、自然な笑顔をエルナーシャへと向けてそう答えたのだった。
メルルに抱かれながらも、エルナーシャはシェキーナの方へと顔を向け、涙ながらに満面な笑みを浮かべて頷いたのだった。
「……子供ってのは……強いものだ」
そんな様子を伺い見ていたカナンは、どこか感慨深げにそう呟く。
そしてそれを聞いたエルスもまた、少し困った様な、それでいて嬉しそうな笑顔でカナンに答えたのだった。
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