乱戦模様

 一通り、挨拶代わりとも言うべき戦いを済ませたエルス達とアルナ達は、期せずして距離を置き対峙していた。

 双方からは1人を除いて、以前は仲間だったと言う雰囲気など一切感じられなかった。

 信じられない様な殺気を放ち、合図があれば即座にも飛び掛かる……そんな一触即発の空気を発していたのだった。


 そして除かれた1人と言うのは……エルスだった。

 

 エルスはこの期に及んでも、未だアルナをその手に掛ける決心が出来ずにいた。

 もっともそのアルナは、エルスに対して僅かな手加減をする素振りすらない。

 先程の攻防でも一方的に攻めていたのはアルナであり、エルスはアルナに対して本気で剣を振るう事が出来なかったのだった。


「エルスッ! 気合い入れんかいっ! あんたが手加減しても、相手はお構いなしなんやでっ!」


 そんな彼の心情を察したのか、メルルがエルスに向かい檄を飛ばす。

 もっともそんな事を改めて言われるまでもなく、エルスにだってアルナの攻撃に情けが無かった事は誰よりも分かっていた。

 

「エルス……お前には選ぶ刻が訪れているのだ」


 体を硬くして前を向くエルスの背後から、シェキーナの低く冷たい……それでいて諭すように落ち着いた囁きが聞こえてくる。

 

「お前が守りたいものは……なんだ? アルナの命1つか……? それとも、私やメルル、カナン……そしてエルナーシャや魔族の者達の命なのか?」


 究極の選択と言うならば、今の彼にとってはこれ程酷な選択など無いだろう。

 彼にとっては選びようの無い、どちらの選択も掛け替えのないものだのだから。


「お前は……勇者なのだろう? ならば、勇者らしくしたらどうだ?」


 しかしその言葉で、エルスには心に蟠っていたものが取り除かれた様な気持ちとなった。

 エルスは目の前のアルナに固執するあまり、もっと広範囲の大切な者達を失念していたのだ。

 ゆっくりと背後を振り返るエルス。

 そしてそんな彼の視線を受けて、優しい笑みを返すシェキーナ。

 メルルとカナンも、シェキーナと同じ気持ちだった。

 それを察したエルスに、一つの心構えが出来ていたのだった。

 アルナを手に掛ける決心は……未だ明確ではない。

 それでも、シェキーナを……メルルを……カナンを……エルナーシャを。

 愛すべき全ての者達を護るために、今は最善を尽くさねばならないのだ。


「……分かった、シェキーナ」


 強く頷いたエルスの眼には、もう迷いは浮かんでいなかった。

 

お話は終わったのか……魔王エルス?」


 そしてそれを待ち構えていたかのように、正面で立つアルナがエルスへと声を掛ける。


「俺は……魔王なんかじゃあ……ないっ!」


 彼女の問い掛けにそう啖呵で返したエルスが、再び剣を構え直した。

 そんなエルスを見て、アルナが浮かべていた笑みを引き締めて、やはり巨大な戦鎚を握り直した。

 彼の雰囲気が先程と違っている事に、アルナの方でも気付いたのだろう。


「俺は……勇者だっ!」


 エルスはそう言い切ると同時に、アルナへ向かって駈け出した。

 シェキーナ、カナンもそれに続く。

 対するアルナ達も、エルス達の動きに呼応するかのように動き出した。


 エルスは一直線にアルナへと向かう。

 その線上に、まるで立ち塞がるかのようにシェラが武器を構えて待ち構えていた。

 

「シェラッ! そこを退け―――っ!」


「……ふん。笑止」


 エルスは勢いのままにシェラへと剣を振り下ろし、シェラはそれをいともあっさりと受け止めたのだった。

 エルスがシェラと剣を交えたのと同時に。


「ベベルッ!」


「カナン……ご苦労なこったねぇ……」


 カナンの斬撃を2本の槍で受け止めたベベルが、呆れる様な口調でそう答え。


「お前が俺の相手をしてくれるとは……光栄だねぇ」


「……ほざけ」


 シェキーナはゼルに向かい抜剣し、彼と剣を交えたのだった。

 

「……ふん。私の相手はいないのか……なら、エルスにこいつを……うおっ!?」


 そう独り言ち巨鎚を構えてエルスの元へと歩み出そうとしたアルナに向けて、上空より巨大な雷撃が見舞われたのだった。

 稲妻はアルナの防御障壁に防がれ、彼女にはダメージが見られない。

 それでも、完全に虚を突かれたアルナにとっては、十分に威嚇としての効果を与えていた。

 

「……メルルかっ!?」


 そう吐き捨てるアルナの視線は、エルス達の後方で陣取るメルルへと真っ直ぐに向けられた。

 

「ああ、ウチや。……ア―ル―ナ―――……ウチの事、忘れて貰ったら困るで―――」


 それを受けたメルルが、3つの瞳に嗜虐的な色を浮かべ、不敵な笑みを浮かべていたのだった。


「貴様……調子に乗るんじゃあないっ!」


 そんなメルルの態度が、酷く勘に障ったのか。

 アルナはそう吠えると、メルルへと向けて掌を向けた。

 直後に、彼女の掌に光を凝縮した様な光球が出現し、それをそのままメルルへと向けて放った。

 違う事無くメルルに着弾した光球が大きな爆発を起こす。

 だが爆発の起こした火煙が風に流された後には、同じくアルナの方へと手を翳したメルルが全くの無傷で立っていた。


「これは……お返しやで―――!」


 そして、先程のアルナと同じ様に光る球を出現させると、そのままアルナへと向けて撃ち出した。

 先程とは攻守逆にした、まるで合わせ鏡の様な光景。

 一つ違う所と言えば、メルルの放った魔法弾は青白く、まるで帯電している様であった。

 そして。

 1つだと思われた雷球は、アルナの眼前で3つに分かれ、彼女に3方向から襲い掛かったのだった。


「なっ……!? きゃああぁぁっ!」


 またしても不意を突かれる格好となったアルナは、正面から飛来する雷球を防ぐ事に成功するも、上方と背後から飛来した雷球には対処できなかった。

 先程アルナを討った雷電とは異なり、今回の雷球は強力な魔力が込められている。

 それを理解していたアルナだからこそ、前面に強い魔法障壁を展開して対処しようと試みたのだが。

 それが逆に仇となり、無防備な部分からの攻撃を受ける格好となったのだった。

 アルナもまた、戦闘中は自身の周囲360°を常時展開した魔法障壁で防御している。

 しかしそれも、あくまでも不意を突かれた際に対処する為の物であり、決して強固とは言い難い。

 彼女の能力を考えればそれでも堅固であり、言い換えるならば常に全身鎧を着こんでいる様だともいえる。

 それでも相手が悪いとしか言いようがない。

 メルルの攻撃は、多少の防御力で防げるような魔法では無いのだ。

 そして今の彼女は“第三の眼テルツォマティ”を発動させている。

 3つの魔法を同時に放つ事など、今の彼女にとっては当たり前に出来る事なのだ。

 

「ぐ……が……」


 結果として、メルルの雷球を防げたのは正面から飛来した1つのみ。

 残りの2つは、魔法防壁を物ともせず内側のアルナにダメージを与えたのだった。

 体のあちらこちらより黒煙を上げ、アルナが僅かによろめいた。

 如何に不死身と見紛う回復能力を持つアルナと言えども、攻撃を受ければ痛みも負うし、その為に動きが一時的にでも阻害される事は否めない。


「どや? 痛かったんとちゃうか?」


 そんなアルナに、メルルが上から物を言うかの様に声を掛けた。

 キッとメルルへと視線を向けるアルナの相貌には、明らかに怒りの炎が灯っていた。


「メルル……貴様―――……!」


 怒りも……恨みさえも込めたアルナの呪詛を受けても、メルルの表情に変化は表れない。

 それもその筈であり。


「アルナ―――……あんたの相手をしたいんは、何もウチだけや無いみたいやで―――」


「何……っ!?」


 メルルの言葉に疑問を投げ掛けようとして、アルナはその全てを口にする事が出来なかったのだった。

 直後に襲い掛かって来た斬撃が彼女の防御障壁を抜き、左腕に浅く斬り付けたからだった。


「話している最中に済まないが……相手は何もメルルだけではないだろう?」


 そう言って不敵な笑みを浮かべているのは、先程までゼルと剣を交えていたシェキーナだった。

 

 戦場はめまぐるしく相手を……そして攻守を交替させていた。

 

 ゼルの相手はいつの間にかカナンが務めており、どうにも動きが緩慢なベベルに向けて、メルルが魔法攻撃を開始していたのだった。


 戦いは……その混沌度合いを加速度的に深めていった。

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