そして、激戦の幕開けとなった
巨大な隕石の直撃……そのすぐ後に起こった大爆発により、エルス達の眼前には炎が燃え盛り噴煙がもうもうと立ち昇っていた。
「アルナ達はここから真っ直ぐ北におるっ! 行けっ!」
そんな視界最悪にあっても、メルルはまるで全てが見えている様に、確信を持ってそう告げた。
そして彼女の声を聞くまでもなく、すでにエルス達はそちらへと向けて駆け出していたのだった。
それはまるで……双方が引き合っているかの様である。
殆ど同時に動き出した彼等であったが、シェキーナとカナンはあっという間にメルルを、そしてエルスを置き去りにして先行して行った。
メルルは、その魔法力こそ人知を超えたものであったが、基本的な体力や運動能力は常人と大差ない。
飛び抜けた能力を持つシェキーナやカナンは勿論、今のエルスにだって付いて行けはしなかった。
そしてエルスもまた、今は彼女達に大きく後れを取る力しか持ち合わせていない。
本気で動き出したならば、後塵を拝するのも致し方ない事だった。
エルスが遅れたと察したシェキーナとカナンは、即座にその動きを最大に引き上げた。
まるで暴風を思わせる2人の移動速度は、とても常人の認識出来るものでは無い。
そして程なくして……2人は標的を視認する。
完全に視野を奪われたアルナ達は、ただその場にて備えるより他なかった。
アルナ達は、互いの姿こそ確認出来てはいるものの、ほんの僅かな先さえ窺い知る事が出来なかったのだった。
もっともこれでは、敵……間違いなくエルス達だと推測していたが、彼等も早々に動きだす事は出来ない。
と、考えていたのだが。
そんなアルナの隣で突然、金属同士がぶつかり合う撃音が響いたと思うと、それはそのまま彼女の後方へとシェラを連れ去って行った。
「相変わらずの速力は風脚が如くだな」
恐るべき速さで、その速度を緩めることなくシェラへと激突したのは……カナンだった。
そしてそんな彼の攻撃を、シェラは真っ向から受け止めたのだった。
もっとも、十分に加速の付いたカナンの一撃を、シェラは立ち止まったままで受け止めたのだ。
カナンの激突に、シェラもその力を往なす事が出来なかったのだった。
「お前こそ……流石の反応速度だ……シェラ」
ぶつかり合った二人は、アルナより優に
シェキーナもまた、カナンと同じタイミングで戦場に到着していた。
しかし彼女は、カナンの様に目的とした者へと向かって突っ込むような真似はしなかった。
彼女の最も得意とする武器は……弓矢である。
この視界の悪い状況ならば、敵に気付かれる事無く矢を射る事が出来るのだ。
もっとも、視界が悪いのはシェキーナも同じ。
それでもシェキーナには、相手の位置を図る術があった。
……精霊の眼。
森羅万象に働きかけている精霊に協力を仰ぎ、精霊の見ているものを自身の視界とする事の出来る“精霊魔法”である。
メルルの魔法により全てが吹き飛ばされた今の状況に於いても、精霊が全くいなくなってしまうと言う事は無い。
大地が……風が……炎が……。
それらの精霊が働いていさえすれば、シェキーナの「精霊の眼」は効力を発揮して視えない物を見せてくれるのだ。
それでも。
それでもシェキーナは、その手に構えた矢を放つ事が出来ないでいた。
―――アルナは狙えない。
彼女は間違いなく、この戦いに於ける標的でありこのパーティのリーダーである。
アルナを仕留めれば、もしかすれば他のメンバーは人界へと退くかもしれないと言う事はシェキーナも考えていた。
それでもアルナは狙えない……いや、狙っても意味がないのだ。
アルナは……不死身である。
少なくとも、シェキーナの聞き知った彼女は、それと見紛う事の無い能力を披露して来たのだ。
―――ベベルは狙えない。
……と言うよりも、シェキーナの本能が彼を狙う事に反対していたのだった。
仲間であった頃から、どうにも掴みどころのない男であった。
それが敵対してみて、更に理解の苦しむ人物へと変わっていた。
そんなベベルに、シェキーナも手出しする事を躊躇っていたのだ。
そうなると必然的に、狙うのはゼル……と言う事になる。
戦闘能力を含めたその動きは、パーティの中で最も劣るゼルならば、シェキーナが今この場で狙うには最適だと言えなくもない。
それでもやはり、シェキーナは矢を射る事が出来ないでいた。
何故ならば、ゼルの気配がどうにも希薄で明確にその所在を決定づける事が出来ないからだ。
精霊の力を借りていても尚、その存在を
しかし周囲に立ち込める噴煙も、いつまでもシェキーナの姿を覆い隠してくれはしない。
彼女は意を決して、ゼルへ目掛けて渾身の矢を放った。
「ひょっ!?」
空気を引き裂き、立ち込める煙幕に穴を穿ちながらゼルへと襲い掛かったシェキーナの矢を、それでもゼルは紙一重で躱して見せた。
「ちぃっ!」
仕留めそこなった事を即座に感じ取ったシェキーナが、二の矢三の矢を立て続けに放つも、それらはゼルに余裕を持って躱されてしまったのだった。
最早、接近しての攻撃が最善の策であると理解しているシェキーナだが、それでも彼女は遠距離からの攻撃に徹した。
彼女にも分かっていたのだ。
迂闊に飛び込めば、手痛い逆撃を受ける……。
「おいおいシェキーナよ―――……。こんなに離れていちゃあ、剣を交える事も出来ねぇじゃねーかよ」
ゼルは、間断なく射かけられるシェキーナの弓を躱しながら、そんな憎まれ口をたたいた。
「ぬかせ。私はお前と、正面から剣で戦おうなんて思っちゃいないんだ」
そう答えたシェキーナは、再び数本の矢を放った。
「ちいっ!」
それを躱すゼルの技量は大したものだが、それでも間断なく射られるシェキーナの矢により、徐々にその場からの後退を余儀なくされていた。
やや遅れて到着したエルスの前に、アルナとベベルが立ち塞がった。
「……アルナ……ッ!」
アルナの姿を見止めたエルスは、絞り出す様な声で彼女の名を呼んだ……のだが。
2人の再会は、やはり……感動のものとはならなかった。
何故ならば。
アルナの顔には、歪なまでの笑みが模られていたからだった。
「ベベル……下がっていろ……」
アルナはエルスから視線を逸らす事無く、傍らで控えていたベベルにそう命じた。
そしてベベルもまた、そんなアルナの指示に異を唱える事無くゆっくりと動き出し、噴煙の中にその身を溶け込ませていったのだった。
「……エルス」
ベベルの気配が完全に消えた後、アルナもまた、身体の奥底から吐き出す様にエルスの名を呼んだ。
だがそれは、エルスのものとは明らかに違うものだった。
どうにも歓喜を抑えられない……待ちに待った時が訪れた事に喜び打ち震えるものだった。
「魔王エルス―――ッ!」
ただしそれは、愛おしさから来るものでは無い。
仇敵と出会い、念願を成就出来る事への喜び……。
「アルナッ!」
「エルス―――ッ!」
互いを呼びかけるその声には、それぞれに違った想いが込められている。
それを表すかのように、2人はそのまま武器を交えたのだった。
そうして、双方の陣営がそれぞれ“挨拶代わり”とも言うべき攻防を果たして対立する。
既に噴煙は収まり、視界も明瞭さを取り戻していた。
互いの姿を確認し、それぞれ敵と見定めた者へと、様々な想いの籠った視線を向け合っていた。
大きく遅れた様に見えるメルルも既に合流し、此処に再び“勇者パーティ”の面々が揃った事となったのだった。
以前とは違う形で……。
以前とは違う目的をもって……。
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