聖霊のお告げ

 メルルの案は即座に魔界全土へと公布され、各村落に通達された。

 彼女の思惑通りその対応は真っ二つに分かれ、協力的な村は即座に着工、1ヶ月も経たずに豪華な別荘を作り上げたのだった。

 逆に非協力的な村などはあからさまに拒否の姿勢を見せた。

 彼等は、エルス達の魔王討伐から始まる度重なる魔王軍の敗北を見て、日和見を決め込もうと考えている者たちばかりであった。

 それに対して、メルルの取った行動は改革とは名ばかりに……苛烈であった。

 強制的に村を治める一族をその役所やくどころから降ろし、魔王に好意的な者を新たな纏め役として祭り上げた。

 それでも反抗的な者には、な手段で対応したのだった。

 

 そうして魔界全土を改めて掌握したエルス達は、晴れてエルナーシャを魔王城から連れ出して各別荘を転々として行ったのだった。

 海辺、湖畔、渓流、山間、森林、渓谷……様々な景色を四季折々に感じ、エルナーシャも殊の外喜んでいたのだった。

 その姿を見るだけで、エルス達もまた心休まる気持ちとなっていた。


 もっとも、その様に幸福な時間など、そう長くは続かない……。


 アルナ達が魔界を撤退してより……半年。

 新たな戦乱を齎す凶報が、より齎されたのだった。


 



「……また、魔王エルスの手掛かりでは無かったと言うのね……」


 アルナは兵からの報告を受けて、苛立ちも露わにそう呟いた。

 この数か月、アルナ達は可能な限りの人員を動かし、また自らも足を運んで、エルス達の噂がある処を重点的に捜索していた。

 時には精霊界、幻獣界にも赴き、南海の孤島や北海の氷山にも探索の網を広げたのだが、それでも一向にエルス達の足取りを掴めないでいたのだった。

 

 もっともそれもその筈で、エルス達は魔界で暮らしているのだ。

 人界をいくら探そうとも、彼等の影を捕まえる事など出来はしないのだが。

 それを知らないアルナ達は、本当に至る所を虱潰しらみつぶしにしていたのだった。

 それでも全く得る事の出来ないエルス達の所在に、アルナの苛立ちは勿論、シェラ達にも焦りの色が濃くなっていたのだった。


 それと同時に、王族達の間にも慢性化した空気が蔓延はびこり、どうにも緊張感を欠き出していたのだった。

 中には、捜索自体を打ち切りにしようと考える者まで出てくる始末であった。

 それがより一層、アルナの感情を逆撫でしていたのだが。

 そんなフラストレーションが爆発しそうだったある日……事態を大きく変える訪問者が現れたのであった。


「……私達を笑いに来たの……ネネイ?」


 アルナ達の前へと現れた聖霊ネネイに対して、アルナ達は以前の様に慇懃な態度をとる事は無く、また話しぶりも随分と砕けたものであった。

 勿論それは、アルナの性格が随分と変わってしまった弊害である事に違いなかったのだが、ネネイがその事を気にした様子は無かった。


「うふふふ……とんでもないわ―――アルナ。あなた達が苦戦している様だから、少し様子を見に来ただけよ―――」


 頬に手を当て、わざとらしく悩まし気な表情を浮かべた聖霊ネネイは、アルナを揶揄うような口調でそう答えた。

 アルナには、今はそれさえも気に入らない。


「様子を見に来ただけなら、ご覧の通りだ。エルス達は未だ見つからず、その手掛かりも一向に掴めていない」


 そんなアルナの代わりに答えたのは、傍らで控えるシェラだった。

 シェラにしてみれば……いや、アルナやベベル、ゼルにしてみても、如何に聖霊ネネイと言えども冷やかしに来ただけならば早々にお帰り頂きたいのが本音だった。


「あらあら……捜索は難航……と言った処なのね―――?」


 シェラに対したネネイのその話し方も、一同にとってはどうにも芝居がかっている様に見え、付き合い切れないと言った空気がその場に蔓延する。

 しかしその雰囲気を吹き飛ばす発言が、その根源より発せられる。


「それなら……彼等のいる場所を教えてあげても―――良いんだけど―――?」


 聖霊ネネイのその言葉に、一瞬部屋に沈黙が訪れた。

 ただ、ニコニコとした笑顔を崩さないネネイだけが、この部屋に於いての異物だった。

 

「……魔王……エルスの居場所を……私達に教えてくれると言うのか……?」


 アルナのそれは、ネネイに対する反問の様でもあり、自問の様でもあった。

 ただ、漸くその姿を捉まえる事の出来る嬉しさからなのだろうか、呆然とした表情の中にもその口の端だけが吊り上がる。


「……何故、今頃になってそれを教えてくれる気になったんだ?」


 そんなアルナを横目に見ながら、シェラはもっともな疑問を口にした。

 この場でアルナ達にその事を告げるのならば、もっと早くても良かったのではないかと言う疑念が浮かぶのも無理はない。


「何故……って、そうね―――……。あなた達が、エルス達を見つけられそうにない……からかしら?」


 それに返されたネネイの返答もまた、至極もっともなものだと言えた。

 しかしシェラには、その返答がどうにも小馬鹿にしたものにしか聞こえなかったのだが。

 険しい顔つきを向けるシェラには気にも止めず、ネネイはそのまま話を続けた。


「エルス達はねぇ―――……魔界に居るわ」


 ネネイのその告白に、アルナが勢いよく顔を上げて彼女を見つめる。

 シェラやベベル、ゼルも驚いた顔は隠せていなかった。


「……いつ……何時から奴らは、魔界に居るんだ……?」


 アルナの絞り出す様な声は、どこか震えている様でもあった。


「そうね―――……。あなた達が森で最後に彼等と戦った後から……かな?」


 どうにも白々しい演技で、ネネイは顎に人差指を当ててそう答えた。

 その答えに、一同は再度絶句を強いられたのだった。


 エルス達が魔界に身を隠す……と言う事でさえも驚きだった。

 カナンは兎も角、エルスやメルルにシェキーナなどは、魔界に……魔族に対して忌避感を持っていた事は、この場のメンバーならば全員が知っている事だ。

 そんな彼等が、如何に追い詰められているとは言え潜伏先に魔界を選ぶなど、本当に予測の埒外と言って良かった。

 

 勿論、アルナ達も魔界へと向かっている。

 僅かな……ほんの僅かな可能性を消す為に、彼女達はわざわざ魔界くんだりまで足を延ばしたのだ。

 その時に受けた、魔族側の苛烈と言って良い抵抗は、未だアルナ達の記憶にも新しい処だった。


「……それじゃあ、アルナ達が魔界へ行った時には、もうエルス達が魔界に居たって事だよねぇ? なら、アルナ達の戦いも、魔王城で起こった大爆発も知ってるって事なのかい?」


 ただ一人、魔界へと向かっていなかったベベルが、ネネイにそう問いかけた。

 ビクリ……と、アルナの肩が揺れる。

 

「ええ、その時にはもう、魔界で暮らしていたわねぇ―――。更に言えば、あの爆発を画策したのも彼らなのよ―――?」


 クルリとその場で1回転したネネイが、何が嬉しいのか笑みを湛えてそうベベルに返答した。

 それを受けたベベルは、胡散臭そうな視線をネネイに返したのだが。


「ば……馬鹿なっ!」


 ネネイの話を聞いて、最も過剰に反応したのは誰あろう……アルナだった。


「それでは……それでは、エルスがあの爆発を仕組んだと言うのかっ!? あの爆発で我等を亡き者としようとし、周辺に住む魔族をも巻き込んだと言うのかっ!? そんなこと……っ!」


「……アルナ」


 憤りを隠せないアルナに、シェラが静かに……窘める様に声を掛ける。

 それを受けているネネイは、その事には何も答えずにただ肩をすくめるだけであった。

 

 実際の処、魔王城の大爆発を仕組んだのはメルルであり、ネネイはその事も確りと把握している。

 それでも、彼女はその事をアルナには告げていない。

 答えていないのだから嘘は言っていないし、明確に肯定もしていないのだが、当然の事ながら否定もしていない。

 これでは、アルナが“肯定した”と受け取っても仕方がなかった。


「エルスは……魔王はっ! その身も心も……すでに魔王だと言う事かっ!」


 アルナは俯き、絞り出すようにそう独り言ちた。

 彼女を案ずるシェラが、アルナを抱くように支え、ベベルとゼルもアルナの方に注視している。

 

 そんな中で。


 聖霊ネネイだけが、その顔に小悪魔的な笑みを浮かべて佇んでいた。

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