邂逅

 エルスは、自分が実は仲間の事を殆ど知らなかったのだと、今更ながらに痛感させられていた。

 もっとも、この場に及んでそんな事を考えていても仕方がない。

 それよりも、彼には先にしなければならない事があった。


 それは……ゴブリン退治……ではなく。


「……シェキーナ……。それで、お前は何でここに来たんだ……?」


 言うまでもなくそれは、シェキーナが此処へ来た理由……。

 そして、彼女の立場、真意の確認であった。

 

 昨日、聖霊ネネイはエルスの目的を (一部伏せた状態でだが)公表すると言っていた。

 その中に、かつての仲間達が含まれていないとは到底考えられないのだ。

 

 それを聞いた仲間達が、何も聞かずともエルスに付いて来てくれる……とは、流石のエルスも考えていなかった。

 敵対……とまではいかなくとも、非協力的な立場を取る事は十分に考えられる。


 そして、シェキーナがこの場に現れたと言う事は……、


 ―――あるいは、エルスに協力してくれるつもりなのか。


 ―――あるいは、エルスを……倒す為に追って来たのか。


 大きく大別すれば、この二点が考えられた。


「うむ……。話は聖霊ネネイから聞いた。エルス……お前は……魔王になるつもりなのか?」


「……はぁ!?」


 唐突に告げられたシェキーナの言葉に、エルスは素っ頓狂な声を出して硬直してしまった。

 一体聖霊ネネイはどんな説明を彼等にしたのか……。

 だが、質問しているシェキーナに冗談を言っている様子はない。

 彼女の醸し出す雰囲気の中には、何処かピリピリとした……まるで敵と対している様なものが感じ取れるのだ。


 対するエルスにも、彼女の言葉から徐々に背景が見えて来ていた。

 “魔王の卵”をエルスが保有している事は、例え誰であっても極秘である。

 もしその事が知れれば、卵を破壊するとネネイは言っていたのだ。

 では、聖霊ネネイと言えども、その事を隠して説明しなければならないだろう。

 そこで考えついたのが恐らく……。


『勇者エルスは、魔王になった』


 と言った処だろうか。

 ここまではエルスにも何とか考えつく事が出来た。

 しかし問題はここからだった。

 何と言って答えるのか。

 

 肯定は出来ない。

 勇者である彼にとって、自分が魔王……若しくは魔王を目指していると言われる事は、到底受け入れる事など出来なかった。


 否定はできない。

 聖霊ネネイがそう触れ回っているならば、それを邪魔する様な事は出来ない。

 何よりも、彼がここで……世界中で否定して回っても、だれがそれを信じてくれるのだろう。

 勇者と同等かそれ以上に、聖霊の言葉には重みがあるのだ。


 そして何より、シェキーナに誤魔化しは通用しない。


「私は……私達は、聖霊ネネイからそう伺った。私はそれを確認に来たのだ。確認して、それからどうするか考えるつもりだ。だから答えろ。エルス……お前は……魔王なのか? 魔王になるつもりなのか?」


「俺は……勇者だ」


 シェキーナの問い掛けに、エルスはそれだけを簡潔に答えた。

 肯定も否定もしていない。当然、はぐらかす様な事も言っていない。

 果たして、それが答えになっているかどうかも怪しい回答だった。

 実際目の前のシェキーナも、彼女にしては珍しく目を丸くして動きを止めてしまっていた。

 

「……ふっ……」


 そして、凝結した空気を解きほぐしたのも、彼女の声であった。


「ふふふっ……あっははははっ! ……なるほど……エルス、お前はまだ勇者の様だな」


 薄っすらと目に涙を浮かべたシェキーナは、頬を紅潮させてエルスを見つめた。

 それと同時に、彼女から発せられていた棘の様な気配も、その鳴りを潜めてしまったのだった。


「それを聞ければ十分だ。私は今まで通り、お前と行動を供にしよう」


「いやっ……それは……」


 今までと何ら変わらないシェキーナの態度に嬉しさがこみあげてきたエルスだったが、瞬時にしてその考えを抑え込んで反論しようとした。

 

 自分の能力が、卵に吸われて徐々に失われてゆく。

 世界を旅し、追っ手から逃れる為には、仲間の助力が不可欠だと言う結論にエルスも至っている。

 だが、事情を一切説明する事が出来ない以上、その事についてエルスは諦めていた。


 そして何よりも、自分と行動を供にする事となれば、追っ手から……世界から敵視されてしまう事に間違いはないのだ。


「なんだ? 不満か?」


 異論を唱えようとして言葉に詰まったエルスに、正しくシェキーナの方が不満げな声を上げた。


「いや……有難いんだが……。お前も事情は聞いたって言っていたな? それでも、おれと行動するって言うのか?」


 エルスは、聖霊ネネイの言葉を否定した訳では無い。

 彼が魔王になると言う野心を抱いている可能性も、完全に払拭出来た訳では無い筈である。


「ふん……。私は“勇者エルス”と行動して来たとは思っていない。例え“魔王エルス”であったとしても、お前がお前であるなら、私がお前と行動を供にする理由としては十分だ」


 平静を取り戻したシェキーナの言い様は、エルスにそれ以上の言葉を紡がせなかった。

 彼女の意志は本物であり、例えエルスが本当に魔王への道を歩むとしても、疑う事無くついて来てくれる事を伺わせたのだった。


「……そうか」


 エルスはそれだけを口にし、それ以上は続けなかった。

 勿論、彼の心中では、シェキーナへ向けた感謝の気持ちで一杯だった。

 そして、他のメンバーともこうして分かり合う事が出来れば良いと、心の底から考えていたのだった。


「さぁ、ゴブリン退治に向かうのだろう? 今の我等では少々物足りない事案だが、人命が掛かっているんだ。先を急ぐとしよう」


 感無量のエルスに、シェキーナが先を急かす言葉を告げた。

 

「そうだったな。じゃあ、行こうか」


 心の中で「これからも宜しく」と付け加えたエルスだったが、流石に気恥ずかしくそこまでは言えなかったのだった。

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