魔王の足跡

 元凶となったゴブリン一党を排除する事に成功したエルス達だったが、その足取りは重く、暗澹あんたんたる気分の帰路となったのだった。

 エルス達に落ち度はない。彼等に責任は一切なかった。

 それでも、子供達を無事に救い出す事が出来なかった……その事実だけで、彼等の気分が暗くなるには十分だった。

 

 無言で前を歩くエルス。

 彼は台車に乗せた子供達の遺体を引いていた。勿論、その身体には布が被せられている。

 だが、子供達の遺体を運ぶと言う作業は、ただそれだけで陰鬱な気分にならざるを得ない。

 その後に続くシェキーナは、特に彼を慰める様な言葉を掛けなかった。

 

 今更エルスを慰めた所で、時間が巻き戻る訳では無い。

 どんな言葉を掛けた所で、エルスの気分が回復すると言う事も無いのだ。

 これが、エルスの落ち度であったのなら、まだ状況も変わっていただろう。

 それこそ、慰める事で彼の気分も少しは軽くなったに違いない。

 子供達を死なせたと言う思い込み……これに対処する方法は、誰も持ち合わせていなかったのだった。


 いや……もしかすれば。


 アルナならば、何か気の利いた事を言えたかもしれない。

 彼女ならば、今のエルスをも元気づける事が出来たのかも知れなかった。

 僧侶であり、何よりもエルスの想い人であるアルナ。

 こういったメンタル面において、彼女の存在が如何に大きいのか、シェキーナは感じずにはいられなかった。


 因みに、シェキーナは現実的に、自分達に落ち度が無かったと確信しており、落ち込む事は勿論、反省していると言う事も無かったのだが。

 その辺りが、人間とエルフの違いとでも言うのだろう。


 ただ木製の車輪が地面を打つ音だけが、周囲の森に響いていたのだった。





 村が見えてきた。

 エルスにとっては凱旋に程遠い、何とも気分の優れない帰還となったのだった。


「……む? エルス、ちょっと待て」


 不意にシェキーナが、前を行くエルスに声を掛けた。

 エルスは、何処か覇気の無い仕草でシェキーナに振り返る。

 しかし彼女の浮かべる怪訝な表情に、彼も何事かと意識を切り替えていた。


「村の様子が……どうにもおかしい……」


 エルスには確認できない距離で村の様子をうかがっているシェキーナは、目をすがめて、より状況を確認しようとしていた。

 それを見たエルスもまた、再び振り返って村の方向へと視線を向ける。

 

「何か……あったのか?」


 エルスが村を出る際、確かに物々しい雰囲気に包まれていた事を考えれば、村の様子が普段とは違っている事を想像出来た。

 だがシェキーナの言う「おかしい」は、そう言った事を指しているのではないとエルスも理解出来たのだ。


「こちらへ向けて、武装した村人が身構えている。入り口にはバリケードも造られて、から村への侵入を防いでいる様だ」


 村が何に対して武装し、防御を固めているのか。

 考えられるのは、襲来するゴブリンから村を護る……と言う事なのだろうが、それならばシェキーナはあえて忠告を発したりはしない。

 あえてその様な説明をしたのには、他の意図を村の様子から感じ取ったからなのだろう。


「……行こう……」


 エルスから知らず、深刻な雰囲気が発せられる。

 昨日から、エルスにとっては望ましくない事ばかりが起こっており、彼がそう考えるのも致し方ない事であった。

 それを加味しないまでも、村が警戒態勢を取っているのならば、エルス達も不測の事態に備える必要がある。

 シェキーナもエルスの言葉に頷き、自身の警戒レベルを引き上げてエルスに続き進んで行った。





「そこで止まっていただこうか」


 村まで近づいたエルス達を確認して、長老がバリケード越しにそう声を掛けてきた。

 出発の時に聞いた、どこか穏やかな物言いとは程遠い、警戒と猜疑さいぎの籠った声音だった。

 エルスは少なくない衝撃を受けながらも、長老の言葉に従いその場に足を止めた。


「お前達をこれ以上村に近づける訳にはいかん」


 明らかに敵対心をむき出しにしている長老……そして、その後ろに控える村人達。

 エルスには事情が呑み込めないでいた。


「お前が……お前達が魔族とは思わなんだ……。何が目的で村の中にまで入って来たのかは知らぬが、これ以上はお前の好きな様にはさせぬ」


 そしてその理由が長老から語られる。

 どこからどう知らされたのか、長老はエルスの事を魔族だと断定していた。

 もっともエルスの心情では驚きも半分と言った処で、今更それ程の衝撃を受けなかったのも事実だった。

 

「お前が去った後、聖霊様が現れて御宣託を下された。お前が魔族で、ゴブリンを引き寄せたのも子供達を攫った事でさえお前の策謀であるとな」


「なっ……!?」


「……何とも……」


 長老の言葉にエルスは絶句し、シェキーナは半ば呆れかえった。

 聖霊ネネイは、どうやらエルス達に、人界での安住を認めない事が伺えたのだ。


「お前達がこの村を滅ぼそうと考えているのか、人間を奴隷にしようと考えているのかは知らぬ。……じゃがっ! 我等はお前達の言いなりにはならぬっ!」


 長老の断固たる決意が言葉に込められている。

 余りにも一方的な言い様に、流石のエルスも反論を試みた。


「違うっ! 俺達は、この村を滅ぼそうなんて考えていないっ!」


 もっとも、彼の叫びが村人たちに聞き届けられると言う事は無かった。


「ならばその後ろにある台車には何を積んでおるっ!? それは子供達の亡骸じゃろうっ!? 見せしめとする為に此処まで運んで来たのかっ!?」


 普通に考えれば、殺された子供達の遺体をその場に放置する事も、その場で埋葬する事もあり得ない。

 せめて親元に運んでやろうと言うのが、至極当然な心境である筈だった。

 エルスも当然そう考え、遺体を運ぶと言う気の重い作業をしたのだった。


 しかし、見る目が変われば状況も歪んでしまうものだ。


 聖霊ネネイの口添えと言う強力な背景があればこそ、長老の……村人たちの考えが毒されていても何ら不思議ではない。

 そして、一旦そう考え込んだのならば、その考えを覆すのは容易では無いのだ。


 悪意ある目で見れば、エルス達の行為は先程長老が述べた通りに映る。

 多少無理の有る解釈であっても、そう思い込んでいる者にはそれが真実なのだ。

 ここで誤解を解くと言う行為自体が、全く以て無意味に他ならない。


「……どうするのだ?」


 シェキーナが近づき、エルスの耳元で呟いた。

 このままここを去る事が、この場では最善策なのは言うまでもない。

 だがそうすれば、エルス達が魔族であると認めた事になる。

 肯定しなくとも、村人たちはそう考えるだろう。

 エルスがシェキーナの問いに逡巡していると、先に長老が言葉を発した。


「我等は……お前達に支配されるくらいならば、この村を捨てると決めたっ! 既に女子供達は逃してあるっ! そしてここに残った者達は、死をも覚悟しておるのじゃっ! 人間が、お前達の良い様にされるなどと思うなよっ!」


 それを聞いたエルスは……を口にする事を観念した。

 決して口にしたくない言葉であるが、このまま何も言わずにここを去れば、村が一つのだ。


 本当に魔族が村を滅ぼすならば、それは看過できない事実だが、今この場ではそのような事実はない。

 殊更に魔族を擁護する気持ちは無いエルスだが、偽りの被害をでっち上げるつもりも更々無かった。

 

「……エルス?」


 シェキーナには何も答えず、エルスは一歩前に出た。

 

「聞けっ、村の者共っ! 我等はこの地の支配を断念し、この地を去る事と決めたっ! 人のおらぬ村などに興味など無いっ! 魔界へと戻り、また別の計画を立てるとするっ! さらばだっ!」


 それだけを言い放ったエルスは、踵を返して歩き出す。


「……行こう、シェキーナ」


 そしてシェキーナとすれ違う際、それだけを声かけて、振り向く事無く来た道を戻っていったのだった。

 シェキーナは思わず天を仰ぎ、溜息を一つ付いてその後に続いたのだった。


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