思い出の彼方

「サーシャ……もう大丈夫だら」


 サーシャの隠れてる場所まで来て、俺ぁそうサーシャに語りかけただら。

 ゆっくりと……恐る恐るサーシャが木陰から出てきただら。


「神様……いなくなっちゃったの……?」


 サーシャは何が大丈夫なんか良く分かってないようだら、俺の顔を見たら少し安堵の表情でそう聞いてきただら。


「ん……もうすぐ……いんや、、神様はみんないなくなっちまっただら」


 分け身に喋る力はないだら。

 だからここに戻って来たんは本体の俺だら。

 残りの分け身は棲み処に逃げた猿たちを追って、そこで文字通り……全滅させただら。

 そこには母猿も……子猿もおっただら。

 んだども、いくら今は無害っちゅーても、1匹たりとも残しておく事は出来なかったんだら。

 

 奴らは……人の肉の味を知っちまっただら……。

 一度人肉の味を覚えちまった獣は、もう二度と人と同じ場所で共存は出来ないだら。

 1個体で人族の力を大きく上回ってる大猿マカーコ族を、手放しで安心して放っておける訳もないだらよ。

 ちょっと残酷だけんど、俺ぁサーシャの安全を優先した……その結果だら。

 だども、この事をサーシャに言う必要はないだら。


「サーシャ、俺を村に案内して欲しいだら。俺の口から説明した方が早いだらからな」


 まだ不思議そうな顔をしていたサーシャに、俺ぁ出来る限り優しい顔をしてそう言っただら。


「うんっ! 分かったっ!」


「ああ、ちょっと待つだら」


 笑顔で俺にそう応えて、先に走り出そうとするサーシャを俺ぁ呼び止めた。

 再び怪訝な顔でこっちへと振り返ったサーシャに、人族の姿……「勇者エルス様」の姿をした俺が話し続けた。


「いいか、サーシャ。神様を大人しくさせたのは、魔族のべべブルじゃない。人族の勇者エルスなんだ。それだけは分かってくれるかい?」


 サーシャは一瞬で姿を変えた俺にまたまたびっくりしちまってるだら、俺は優しくゆっくりと話しかけたんだら。


「……うん……分かった」


 どうにも不承不承だっただら、サーシャは納得してくれたんか頷いてくれた。

 ちょっと作戦は変わっちまったけんど、もうここで「勇者エルス様」の名前を出すしかなくなっちまったんだら。

 今から西の都に向かったって、どうしたってメルル様のところに戻るのが遅れちまうだら。

 それに作戦はほぼ同時多発的に……つまりカナン様やシェキーナ様と呼吸を合わせてやらないと意味がないだら。

 今からじゃあ、どうしても2、3日遅れてしまうだら。

 こんな辺鄙な村でエルス様の名前を売る事に意味があるかどうかは分かんねぇけんど、せめてもの悪あがきって割り切っただら。


「それからサーシャ。決して『魔族べべブル』の名前も出してはいけないよ? 出来ればサーシャ、君も『べべブル』と言う名前は忘れるんだ」


 これも作戦上、仕方の無い事だら。

 本当は人界に「魔族べべブル」が来たっていう痕跡を残してはいけないだら。

 魔族に敏感な人族だら、もしかすれば「勇者エルス様」との接点を見つけてしまうかもしれないだら。

 それに魔族が人界に入り込んでるなんて知れれば、余計な注意を魔界へと向けちまうかも知んねぇかんな―――……。


「ええっ!? サーシャ、誰にも言わないよっ! だからサーシャ、ベベおじちゃんの事覚えておいても良いよねっ!?」


 俺の腕をとってグイグイと引っ張るサーシャに、俺ぁそれ以上強くは言えなかっただら。

 だども子供の言う事を鵜呑みには出来ねぇ。

 事ここに至っては、俺の名前が知れ渡るんも……時間の問題だらなぁ……。

 アスタルとリリスに責められて、メルル様に怒られるんは気が重たいだら……。

 んだども、これだけは分かってるだら。

 

 エルス様と……エルナーシャ様は、俺の事を褒めてくれるってな―――。


 そう考えたら、俺の気持ちも少しは軽くなっただら。

 

「しょうがないな―――。じゃあ、2人だけの秘密だからね? それを守ってくれるんだったら、覚えておいてくれ」


 俺がサーシャの頭をワシャワシャと撫でてやると、サーシャは元気な声で「うんっ!」っつって嬉しそうに頷いて、自分の村に向けて走り出したんだら。




 サーシャが戻って来た事で、サーシャの村ではちょっとした騒動になっただら。

 そんな事があっては、村に災いが降りかかっちまう。

 サーシャの父ちゃんと母ちゃんはサーシャを抱きしめながらも、何で帰って来たのか聞き咎めてるみたいだっただら。


「それについては、私の方から説明させていただきます」


 エルス様の姿をした俺が進み出て、軽く挨拶の後にそう切り出しただら。

 俺が自分を「エルス」と名乗っても、村長たちに変わった様子は見られなかっただら。

 どうやらこんな山間の村まで「勇者エルス様」の偉業は届いてないようだらなぁ……。

 っちゅーことは、「勇者エル様の乱心」も知られてないって事だら。

 サーシャの父ちゃんと母ちゃん、この村の長老っぽい老人、その他多くの村人が集まる中で、俺ぁ事の次第をゆっくりと説明してやっただら。


 俺とサーシャの出会い……旅をしていた俺が、神の社付近でサーシャと偶然出会った事。

 本当は逃げてきたサーシャと出会ったんだら、そんなこと言ったらサーシャの立場が悪くなるかんな。そこはアレンジしておいただら。

 部外者の旅人なら、進入禁止とされてる場所に間違って入っちまっても仕方ないかんな―――。

 んで、サーシャの境遇を聞いた俺が、異国の伝承を思い出した……って設定にして説明を続けただら。

 俺の話を聞いとった村人たちだっただら、それに思い当たるとこがあったんか、互いに顔を見合わせて黙りこくってしまっていただら。

 村を……多くの人々を護るためとは言え、その為に子供を犠牲にして来たんだら……後ろ暗い気持ちも分かるってもんだら。


「何とっ! 社の神様を……奴らを倒してしまわれたと言うのかっ!?」


 そして俺が神様を……大猿マカーコ族を全滅させたくだりに入って、村人の動揺は最大になっただら。

 そこには恐れやおののきが大半だっただら、中には喜びも含まれとっただら。


「はい。禍根は完全に断ちましたっ! もう今後一切、此処を始めとした周囲の村々に、神を名乗った被害は訪れないでしょうっ! これ以降、村の宝である子供達を差し出す必要はないのですっ!」


 俺がそう言い放つと、まるで波紋の様に歓喜の声が広がって、最後には全員が喜びに沸いたんだら。

 そんで口々に「勇者エルス」の名を湛える声が広がって、みんな思い思いに俺へと近寄って握手を求めたんだら。

 

 ……勇者エルス様って……こんな気分になってたんだらなぁ……。


 人々に感謝されるっちゅー事がこんなに気持ちの良いもんだとは思いも依らなかっただら。

 そりゃー、ちょっと苦労しても頑張ろうって気になるだらなぁ―――……。

 その夜はサーシャの生還と、神への貢物が無くなったっちゅー祝いをかねて、村ではちょっとした宴が催されたんだら。

 その日のうちに周囲の村へも使いを送ったらしく、暫くすればこの辺りでも「勇者エルス様の伝説」は話題に上るだらなぁ……。

 俺ぁそんな事を思いながら、振る舞われた料理や酒を楽しんだんだら。




 ―――翌朝……早朝。


 俺はまだ静まり返った村を発つべく、一人村の出口へと向かってたんだら。

 此処にこのままダラダラと居座るつもりはないだら、他の村に行ってた奴らが戻って来るかも知んねぇかんな。

 そうしたら、ひょっとすれば今の「勇者エルス様」を知ってるかも知んねぇ……。

 ややこしい事になる前に、俺ぁ人知れず出て行くつもりだった……んだが。


「サーシャ……もう起きていたのか?」


 門の出口で、サーシャが一人立っていただら。

 彼女は無言で頷くと俺に駆け寄って来て、ギュッと俺の腕に抱き付いたんだら。

 

「もう……行っちゃうの?」


 目に涙を浮かべて、サーシャがそう聞いて来ただら。

 出会いがあれば、別れもあるだら。

 今生の別れになるのは間違いないだら。

 なんせ俺ぁ魔族で……サーシャは人族だかんな。

 それに俺が人界へと来ることはもう……無いだら。


「ああ、もう発たなければならない。俺には……帰らなきゃならない処があるからね」


 俺ぁ、優しく微笑んでサーシャの頭を撫でてやっただら。

 サーシャは泣く事を止めて、笑顔に変えて俺を見上げただら。


「だったら、お外までお見送りさせてね?」


 そんな笑顔で頼まれたら、俺に断る事なんて出来ねえ……。

 俺ぁ笑顔で頷いて、彼女の案内で村の外へと向かっただら。


「ベベおじちゃん……本当の姿をもう一回……見せてよ」


 村から少し離れた所で、サーシャが振り返ってそう願い出てきただら。

 ここなら変化を解いても問題ないだら。

 俺ぁ彼女の要望に応えて、変化の魔法を解いて元の姿へと戻っただら。


「サーシャ……サーシャね……誰にも言わないよ。ベベおじちゃんの事、誰にも言わない。でも……でも、サーシャは覚えてるから。だからベベおじちゃん……また……サーシャに会いに来てね?」


 泣き笑い……っちゅーのかな?

 朝の光の中でサーシャの笑顔は、そりゃーもう可愛らしいもんだっただら。

 

「おう、分かっただら。また必ず、ここに来てやるだら。だからそん時まで、元気で過ごすんだぞ?」


「うんっ!」


 俺ぁ……出来ない約束を口にしただら。

 だども、今はそう答えるしか無いってのも本当だっただら。

 それが分かってんのか分かってないんか……。

 サーシャは俺の胸に飛び込んできて、暫くの間泣きじゃくっていただら……。


 サーシャと別れた俺ぁ、一路メルル様の待つ合流場所へと走っていただら。

 収穫は……殆ど無いだら。

 ハッキリ言って、作戦失敗だら。

 そんでも……。

 俺の気分は随分と清々しかっただら。

 

 もっとも、アスタル達に責められてメルル様に絞られる事を考えたら……気が重たくなるんだらなぁ……。








 べべブル様……べべおじちゃん。

 お元気ですか?

 私は……あなたのお蔭で元気に過ごしてまいりました。

 あれから15年が経ち、あなたは一度も此処に姿を見せませんが、きっと元気でいると信じています。


 少女だった私も大人になって、結婚もして、子供も二人います。

 私はあの時……あの場で死んでしまう運命だったのに、今では優しい夫と、やんちゃだけど可愛い子供に囲まれて、こんなにも幸せな生活を過ごす事が出来ているんですよ?

 それもこれも全て……ベベおじちゃんのお蔭です。


 私……ベベおじちゃんに誤らないといけない事があるの。

 私……私ね……子供達にベベおじちゃんの事……話してしまいました。

 夫は少し困った様な顔を浮かべるけれど、子供達は楽しそうにその話を聞いてくれて、ベベおじちゃんに会いたいって言ってくれているんです。

 もしベベおじちゃんが来てくれたら……あの時のサーシャにしてやった様に頭を撫でてやってくださいね?


 人界では今、不穏な噂が流れています。

 15年ぶりに魔族との戦争が再開されと言う、良くない噂です。

 ベベおじちゃんも戦争を……するんでしょうか?

 人族の身で、人族として暮らしている私が言うのもおかしな話でしょうが……。


 ベベおじちゃん、どうか元気で、死なないでくださいね?


 そしてまた……私に……サーシャに会いに来てください。

 子供達もきっと喜びます。


 それでは、お体大切にしてください。

 あなたが来てくれることを心より楽しみにして。

 

                                 サーシャ

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る