クエスト
エルスは目前に見える村へと向かって歩を進めた。
しかし、如何に前向きなエルスと言えども、そうそう楽天的にはいられない。
少なくとも、自身の置かれた立場が仲間達は勿論、王やその周辺の人々には知れていると覚悟していた。
あの聖霊ネネイがそうすると言ったのだ。間違いなくそれは実行されているだろう。
そして、魔王を復活させようとするエルスを、彼等は決して許さないだろう事も理解している。
それは何も、王族貴族達だけの話では無い。
この世界……人界に住む人々がその事を知れば、彼等は間違いなくエルスの敵となるのだ。
聖霊ネネイがどの様に触れ回っているのかは知らないエルスだが、最悪の事態に陥った場合の身の処し方だけは念頭に置いていたのだった。
「……おい……何かあったのか?」
村に到着したエルスだったが、何やら慌ただしい……と言うよりも、どうにも物々しい雰囲気に、近くの村人に話し掛けたのだった。
「ああっ!? なんだ、あんたはっ!?」
村の青年だろうガタイの良い若い青年は、エルスが話しかけるなりまるで食って掛かる勢いでそう返答した。
「俺は……旅の者だ。今しがたこの村に着いたんだが……戦争でもするって雰囲気だな?」
凄む若者に、然して怯んだ様子の無いエルスは、遠慮なく思った事を口にした。
周囲の雰囲気に呑まれる事無く、あくまでも自然体で受け応えるエルスを前にして、鼻息の荒かった若者の方が知らず気圧されていた。
百戦錬磨と言って過言では無いエルスにとって、村人の一人が凄んだところで然して痛痒を感じない……と言った処が本音であった。
「これこれ……旅の御方に失礼であろう」
争う前より勝敗が決しては居たのだが、いざこざへと発展する前に、村の長であろう老人が仲裁に入って来たのだった。
「ちょ……長老……すんません……」
男は老人にそう言って謝罪すると、すごすごとその場を離れて行った。
もっとも、それは長老に恐縮したと言う訳では無く、エルスの傍を離れたいと言った一心だったのだが。
「旅の御方……村の者が迷惑をかけた様じゃの」
長老と呼ばれた老人は、
「いや……別に気にしていない。それよりもこの様子は、何かあったのか?」
エルスの本音はと言えば、本当はさっさと宿を取り、食事を摂って風呂に入り、フッカフカのベッドに潜り込みたい気持ちで一杯だった。
だが、それはそれ。
エルスは、曲がりなりにも……いや、正真正銘の勇者なのだ。
村の異変を感じてしまっては、それを放っておく事など出来ないし、問題があるならばその解決に力を貸す事も
しかし、本音を言えば……以下省略。
「旅の御方に話す事では無いのじゃが……実は、この近隣にはゴブリンの巣があっての―――……」
ゴブリン……と聞いて、エルスの表情が瞬く間に険しくなった。
ゴブリンとは、魔界に住む下位魔族だ。
集団で行動し、集団で人や村を襲い、食料や家畜を奪って行くのだ。
時には力の弱い人族……女性や子供を攫い、奴隷として働かせたり、戯れに命を奪ったりする質の悪い存在である。
1体当たりの力は大した事は無い。
だが、“集団で”と言うのが非常に厄介なのだ。
エルスにとっては、どれだけ数が集まろうと大した事の無い相手ではあるが、普通に暮らす村人にとっては脅威となる存在である。
そんなゴブリンの巣が近隣にあると聞いては、エルスに見過ごす等と言う事が出来る訳も無かった。
「村の子供が3人……どうやらゴブリンに攫われた様なのじゃ……。我々としても、このまま見過ごすわけにもいかぬからのう。村人総出で、ゴブリンの巣へと向かう所なのじゃ」
そして、こんな話を聞かされてしまっては、もはや関わらないと言う訳にもいかない。
「村長、そのゴブリンの巣には、俺が向かおう」
話を聞いたエルスは、間髪入れず長老にそう提案した。
エルスにとっては至極当たり前の事であり、相手は魔族の中でも下位に属する存在である。
エルス一人であっても、余程の事が無い限り一蹴するのは容易な事であった。
「お……お主一人で向かうと言うのか!?」
しかし、そんな事情を知らない
例え勇者エルスの姿を知らなかったとしても、ゴブリンが人界では厄介な相手だと皆が知っている事なのだ。
「ああ、俺一人で向かう。大丈夫、腕に自信はあるんだ。その代わり……」
エルスは別段気負うでもなく、それでもハッキリと長老に告げた。
ただそれに続く言葉は、どこか恥ずかしそうで声音も小さくなっていた。
「無事に子供達を助けて、ゴブリン共を倒したら……その……宿と……食事を提供してくれなか?」
エルスにとって、ゴブリンの事など些事に過ぎない。
それ程に、今のエルスとゴブリンでは、所謂“レベル”が違うのだ。
だが、今のエルスにとってどうにも抗いがたいもの……それは……。
―――グウゥ―――……。
「ふぉっ!? そ……それは願ったりじゃが……。お主、本当に一人で行くのか? 物見の者が見た限りでは、数もかなりのものじゃと言う事じゃが……」
エルスが発した腹の虫の音を聞いて、長老は思わず吹き出しかけた。
しかし、今はそれ処では無い。
子供達の命だけではなく、村の存亡まで掛かっているのだ。
長老は笑いをかみ殺して、エルスに再度確認した。
「ああ、問題ない。それに、何かあっても俺は余所者だからな。村の住民に被害が出るよりもいいだろう?」
そう断りを入れたエルスは、ゴブリンの巣がある場所を長老に聞くと、準備もそこそこに村を後にしたのだった。
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