勇者、一人旅
取り残された形となったシェキーナ、メルル、カナンは、部屋の中央で互いに顔を突き合わせていた。
「……アルナのあの変わり様……昨晩、何かあったのは間違いないのだが……」
神妙な顔で話を切り出したシェキーナに、他の2人も視線を向ける。
「彼女の考えは……危険だ。アルナが口にした言葉には、一切の偽りも、そして迷いすら感じられなかった」
シェキーナの意見に、メルルとカナンは頷いて賛同の意を示す。
「この際、何があったかは後回しや。ウチ等はどうするんか、早急に決めなあかん」
メルルの口にした意見に、他の2人は無言で首肯する。
「……兎に角……エルスの奴と会う事が先決……だな。それも、あいつ等より先に……だ」
それも全員の一致した意見だったようで、誰からも反論は起こらなかった。
「アルナ達は、恐らくそれぞれの能力や
ゼルには盗賊仲間所縁の情報網があり、ベベルには何かしらの後ろ盾が付いている様だった。
情報を集めるのに、これほど有利な状況は無いだろう。
「ウチ等もそれぞれ、能力を駆使して探さんとあかんな―――……。一旦バラバラに探そう」
しかし、このメルルの提案には僅かばかりの異論がある様だった。
「それは構わない……。しかし、見つけた場合、どうやって知らせるんだ?」
シェキーナを始めとして、3人が3人共、自身特有の索敵能力を持っている。
だが、離れた相手の連絡手段となると、早々持ち合わせていないのが現状だった。
「それについては、ウチに任せとき―――」
その中で、メルルが自身満々と言った風に、わざとらしく張った胸をドンと叩いた。
聖霊ネネイに
「……ったく……何でこんな中途半端なとこなんだよ……」
歩みを緩める事は無く、それでもエルスは聖霊ネネイに毒づいていた。
―――ここは、王都より徒歩で7日程の距離にある……街道。
飛ばされた場所は、本当に周囲には何もない、街道を少し外れた森の中であった。
そこが何処だか分からない……と言う事は無かった。
エルスは勇者として、それこそ世界中を駆け巡ったのだ。
この世界で、彼が未だに訪れた事の無い地と言うものは、殆ど無いと言っても過言では無い程である。
そんな中で王都周辺は、輪を掛けて詳しい土地である。
何と言っても、冒険を初めてより、幾度となく行き来して来たのだ。
エルスは自身の飛ばされた場所を、昔の記憶を頼りに思い出していたのだった。
ただその場所は、彼が飛ばされるだろうと想像していた場所とは違っていた。
彼は、もっと辺境に飛ばされるものだろうと覚悟していたのだ。
何と言っても、彼の手には「魔王の卵」が握られている。
そして、彼は今や「時代の魔王を育てる者」なのである。
そんな彼が、人界の真っ只中に飛ばされるなど無いと思っていた。
人も寄りつかない様な辺境で、ただ魔王が生まれるまでヒッソリと暮らす。
そうなるのではないかと考えていたのだった。
「……その方が……良かったんだけどな……」
実際、エルスの今の目的は、そう言った人里を離れ誰にも迷惑の掛からない場所を探し出し、そこで“余生”を過ごすと言うものだった。
いずれはこの世界に住む者達に、自分が何をしているのか知れ渡ってしまう。
言う事は出来ないが、もし理由を説明しても、到底理解して貰えないだろうとも心得ていた。
そうなれば、自分が愛し守り続けてきた人族に追われる事となってしまう。
「それはちょっと……嫌だもんな―――……」
そうなれば目も当てられない……と、エルスは考えていた。
彼に、反撃をすると言う選択は取り得ない。
守るために戦って来たのに、その守るべき人々と剣を交えるなど、あってはならない事だと考えていた。
だからと言って、身分を偽り続けて人族の中で過ごす等、到底出来そうな事では無い。
ならば、人との関りを一切途絶えさせて生きよう……。
エルスはそう考えていたのだった。
それに、懸念はそれだけに留まらない。
「……あいつら……怒ってるよな―――……」
エルスの脳裏に、昨日まで共に白刃の下を掻い潜って来た仲間達の“笑顔”が思い出された。
彼の心残りは、生死を共にした仲間達に、何の言葉も掛ける事が出来なかったと言う一点に尽きる。
例え再会出来るとしても、エルスには自身の状況を話す事が許されていない。
もしかすれば、余計に混乱を招き、より彼等を怒らせてしまうかもしれないのだ。
それでも、エルスは会って話がしたい……したかったと言う想いで一杯だった。
そしてエルスは、語らずとも仲間達なら分かってくれる……そう疑っていなかったのだった。
何よりもアルナ……彼女ならば、たとえどんな状況にあっても自身を信じてくれる。
エルスもまた、彼女の事をそう信じていたのだった。
「……あれは……」
夜が明けてより歩き詰め、太陽がすっかり西に傾いたと言う時刻となり、エルスの目には小さな村が映っていた。
エルスは昨晩、野宿をして一夜を過ごした。
そして、それ以前はずっと野宿だったのだ。
それもその筈で、エルス達は魔界へと乗り込み、昨日漸くその目的を果たしたのだ。
当然の事ながら、魔界には快適な宿屋や、エルス達に宿を提供してくれる奇特な魔族はいなかった。
例え野宿であっても、長い旅路を熟して来たエルスにとってはそれ程苦とはなり得ない。
だからと言って、温かいベッドや宿屋で提供される料理、汗や泥を洗い落とす風呂が必要ないかと言えば、決してそんな事は無かったのだった。
殊更に綺麗好きと言う訳では無いエルスと言えども、その誘惑には抗いがたいものがある。
「今日一晩位なら……大丈夫だよな?」
エルスは自身の右手に握られた「魔王の卵」に知らず話し掛けていた。
昨晩は正しく、葛藤の極致だった。
人類の為、平和の為に「魔王の卵」をもらい受け、魔王を孵化させる事に承諾したエルスだったが、そう簡単に納得できる訳では無い。
ともすれば、手に持つ「魔王の卵」を破壊……若しくは捨ててしまおうと、何度か真剣に考えた時もあった。
―――だが、捨てられなかった……。
それはただ単に、卵を捨てられなかった……と言うだけでは無い。
人の世の平和を……暮らしを……そしてそこに在る笑顔を。
エルスには捨てる事が出来なかったのだった。
一度割り切り受け入れてしまえば、エルスは驚くほど切り替えの早い性格をしている。
今となっては、何も答えない「魔王の卵」を、あたかも唯一の相棒の如く扱っており、こうして時折話しかけたりしているのだった。
「久しぶりに風呂に入れるし、飯は兎も角、ふかふかのベッドで寝れればそれで上出来だよな?」
手の中の「魔王の卵」は何も答えない。
ただ……淡い光を湛えているだけだった。
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