妹と姉と
警護のエルフから報告を聞いたラフィーネは、足早に郷の入り口に向かって歩を進めていた。
その心中には、様々な想いが渦巻いている。
姉の事……郷の事……アルナの事……。
しかしどれも、今すぐに解決しない物ばかりだった。
そして、そんな考えを巡らせている内に、ラフィーネは村の入り口にある門へと辿り着いていた。
門は、人一人が通れる程度に開いている。
その僅かな隙間からは、門を背にして村を護る様に居並ぶエルフ達の姿が伺えた。
そして彼等が視線を向けるその先には……シェキーナが唯一人立っていた。
ラフィーネは自身もその列に加わろうと門を潜って……異変に気付いた。
門を守護するエルフ達は、皆一様にシェキーナへと顔を向けている。
だがその顔には……覇気がない。
明らかに敵だと認識しているにも関わらず、戦おうとする意志が感じられないのだ。
対するシェキーナに、殺気を放ったり威圧する様な素振りは伺えない。
彼等は、シェキーナの気勢に気圧されている訳では無い。
シェキーナと言う存在その物に物怖じしているのだ。
(……仕方ない……わね)
ラフィーネは心の中で嘆息を洩らした。
シェキーナはつい最近まで、一族の中でもその強さ、統治力を以て皆を率いていた存在だ。
郷の老若男女を問わず、一族の全員が彼女に憧れ、陶酔していた。
所謂、カリスマがあるのだ。
そんなシェキーナが、一転して敵対行動を取っている。
彼女を知る者ならば、戦う前から……いや、戦う事すら躊躇ってしまうのも仕方の無い事だった。
「……皆は村の中に入って門を閉じて。私が声を掛けるまで、出て来ては駄目よ」
衛兵の一人にそう声を掛けると、彼等は躊躇いがちに門の中へと入っていった。
彼等とて、族長を矢面に立たせるのは気が引けるのだ。
しかし彼等にも、自分が戦力とならない事が分かっている。
足手まといにはなっても、戦力とならない事が理解出来ていたのだ。
エルフ達が全員、村の中へと入りその門を閉じる。
それを見届けたラフィーネが、改めてシェキーナと対峙した。
「な……何をしに来たっ!」
ラフィーネは危うく裏返りそうになる声を気力で押さえつけて、気丈にそう問いかけた。
彼女は今、改めて姉の……シェキーナの強さ……その大きさを実感していた。
物心ついた時より、ラフィーネはシェキーナと共に過ごして来た。
シェキーナは彼女にとって最も頼りになり、誰よりも尊敬出来る存在だった。
ラフィーネはシェキーナを盲目的に信頼し、シェキーナも彼女に無償の愛を向けてくれていた。
(……それでもっ!)
ラフィーネは心の中で自分に喝を入れる。
ともすれば瞬く間に折れてしまいそうな心を、気力だけで奮い立たせていたのだった。
―――彼女も認めてしまっていた……。
―――自分が、シェキーナには敵わない事を……。
それでも、それを声に出して告げる事など出来ない。
態度で示す事など出来ようもない。
彼女は……一族を束ねる者だからだ。
「……以前にも言った筈だな? 私はいずれ戻って来ると。そしてこの郷の……お前達の災いになると」
シェキーナはラフィーネの問い掛けに少し間を取って……勿体ぶる様にそう返答した。
ただそれだけで。
ただそれだけの事であるにも関わらず、ラフィーネはシェキーナに呑み込まれる錯覚に囚われていた。
シェキーナは別段、凄んだ訳でもない。威嚇した素振りなど微塵もない。
それどころか僅かに口端を吊り上げて笑みを作り、見様によっては親し気な印象すらうかがえる。
もっとも、返答内容は到底フレンドリーなものでは無かったが。
「ただ……安心しろ。今日はこの郷を滅ぼそうなんてそんなつまらない事で来た訳では無い」
今度は全身が凍り付く感覚をラフィーネは覚えていた。
彼女の発する言葉……その一言毎には、まるで「言霊」が込められているかのようであった。
言の葉に霊力を込めて発する魔法の一種……言霊。
魔法とは言っても、何も特別な事をするのではない。
全く魔法が使えない者であっても、この「言霊」を言葉に乗せる事が出来る程だ。
強い意力を言葉に……気持ちに込めて放ち、その言葉を現実にする。……いや、現実を引き寄せる。
それが言霊の正体だ。
魔法を使える者ならば、意思だけでなく魔力も織り交ぜ、更に効果的な用法を可能としている。
自分よりも格下の者には特に有効で、用途によっては相手を服従させたり、意のままに操ったりも出来る。
また、自身に言霊にて暗示をかける事で、普段よりもより強い力を発揮出来る様にもなれる。
それでも「魔法」と言い切れる程に効果が高い訳では無い。
せいぜいが「催眠術」や「自己暗示」と大差ない程度だろうか。
ただし今は、シェキーナは「言霊」を込めて言葉を発している訳では無い。
「な……何を……」
ラフィーネは絞り出すようにシェキーナへと声を出そうと試みた。
だがそれだけの事でさえ、彼女は達する事が出来なかったのだった。
「……そんなに怯える事は無い。今日は私とエルスの……仲間達の今後について話しに来ただけだからな」
色んな意味で思いがけない言葉を聞いたラフィーネは、どの様な表情を浮かべてどの様に返答すべきか分からなかった。
シェキーナの来訪理由に、この郷を攻撃する事が含まれていない。
それだけで、ラフィーネは大きく安堵していた。
シェキーナと戦うともなれば、ラフィーネも死を覚悟しなければならないだろう。
それ程に、彼女の姉は恐るべき力を持っているのだ。
戦いの中で果てる……それは、戦士の一族でもあるエルフにとっては
彼女とてエルフ郷に生を受け、シェキーナと共に過ごして来たのだ。
それでも今、ラフィーネには死を選択する事は出来ない。
一族を率いる事の出来る次代の人物を育てる……。
そうでなければ、一族は弱体して行くのが目に見えている。
それだけは避けたい……と、彼女は考えていたのだ。
そして、シェキーナの口から
これほどの幸運が他にあるだろうか。
アルナはエルスの所在を知りたがっている。
だがその行方は、未だに掴めていない。
しかし、シェキーナの方から教えてくれると言うのであれば是非も無かった。
それを交渉材料にアルナと一定の協定を結べば、エルフ郷が今後も安泰となる事は疑いなかったからだ。
勿論、ラフィーネも馬鹿ではない。
シェキーナが馬鹿正直に、エルスの所在を話す等と
「……何が……目的なの……?」
彼女はシェキーナの表情……その機微を、目を凝らして伺った。
シェキーナが偽れば、それを見抜く自信が彼女にはあったのだ。
「何……そんなに難しい事じゃあない……」
些か演技掛かってはいるものの、シェキーナの仕草に不審な点は見られなかった。
それを確認して、彼女はシェキーナの言葉を聞こうと思い至ったのだが……。
ラフィーネは、圧倒的に勘違いをしたままだった……。
彼女の記憶に残るシェキーナは、もうどこにも居ないと言う事に……。
ラフィーネの覚えているシェキーナと、目の前の人物はとっくの昔に別人となっていた事に……。
自らが一族に向けて宣言したはずだった。
シェキーナを「
シェキーナはもう、昔の姉では無いと言う事を、誰よりも彼女自身が認識している筈だったにも関わらず。
この時のラフィーネは、その事に思い至る事が出来なかったのだった……。
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