魔力を制御しろ!

「まだまだ魔力の練り込みが足らん。もっと魔力を感じて、もっとそれを引き出すんや」


 メルルの指示を受けて、アエッタは更に自分の中へと眼を向けた。

 そうして膨大にある魔力を掴み取り、それを引っ張り上げて体の外に引き出して、思い描いた形に作り替え、己の意志により思い描く効果を顕現しようとした。

 メルルの纏っているローブが、まるでロープに巻き付かれた様な跡を付ける。

 もっとも、メルルにそれを窮屈と感じている様子は伺えない。

 ニヤニヤと笑みを浮かべて、為されるがままとなっていた。


「……ん……」


 アエッタが僅かに吐息を洩らす。

 彼女の感覚では、更に追加された魔力がメルルを拘束している……筈なのだが。


「あーかん。まだまだや」


 そう言ったメルルが両手を横へと広げると、それまで彼女を拘束していた魔力がほどけて霧散する。


「……くっ……はぁ……」


 その途端、アエッタは大きく息を吐きだして脱力したのだった。


「もうすぐ昼やなぁ―――……。休憩がてら、ご飯にしよっか―――」


 小さく荒い息を付くアエッタに、メルルは午前中の講義終了を告げた。

 アエッタも小さく頷き、その場に座り込んでしまったのだった。


 アエッタが今行っているのは、魔法を使う訓練では無い。

 その事前準備。

 ただし、魔法を学ぶ者の殆どが行わない様な事でもある。

 魔法は、魔力を知る者ならば呪文を唱えるだけで発現出来る。

 魔法を学ぶ魔法使いのは、まずは今の自分がどんな魔法をどの程度使えるのかを知る為、様々な魔法を使用しては、更なる高みを目指して勉学に勤しむ。

 魔力を知り、魔力を使い、魔力だけを用いて相手を拘束したり何かを持ち上げようとする試みは……ハッキリ言って意味の無い事だと考えられていた。

 そんな事をしなくとも、魔法を発現出来るのだ。

 では、その様な事に時間を割く事はせず、僅かでも……一つでも多くの魔法を身に付けようと躍起になるのが普通であった。


 もっとも、その様な意味や事情をアエッタが知る術も無い。

 それにもし知っていたとしても、メルルがそう指示を出さないのであればそれに対して反論や意見を言うつもりも……考えすら持たなかったのも事実だった。

 ただメルルの興味が赴くまま……そうしろと言われたままにアエッタは行動するだけだと……そう考えていたのだった。




 メルルの捕獲して来た獲物を火にかけ、焼き上がった物から順に口へと運び、二人は昼食としていた。

 

「ほんま……子供は食欲旺盛やな―――……」


 メルルは兎も角として、アエッタはその外見から意外という程に健啖家であった。

 黙々と食していたアエッタだが、メルルの漏らした言葉を聞いて顔を赤らめてしまった。

 ただしその手を止めようとはしなかったが。


「ああ、ええねんええねん。がっつり食って午後からも気合い入れなあかんからな―――」


 ゾブリと肉を頬張りながら、メルルがおかしそうにそう言った。

 アエッタの食するスピードは若干落ちたものの、それでもその手は止まらずに、瞬く間と言って良いスピードでメルルの用意した食材を平らげたのだった。


「飯食ったら、少しの間休憩やで―――。すぐに動いたら消化にも悪いからな―――……。出来るんやったら、ちょっとくらいは昼寝しといた方がええかもな―――」


 そう言いながらメルルは、ゆっくりと体を横たえて眠りの体勢へと入った。

 

「は……はい……」


 それを聞いたアエッタは、やや拍子抜けと言った態で返事をした。

 彼女にとって、メルルの言った言葉は少なからず驚きを覚えるものだったのだ。


 暇つぶし相手……と言いながらも、メルルはアエッタの事を少なからず気に掛けている。

 実際のメルルの心情は計り知れないが、アエッタにはそう感じ取れたのだ。

 これで本当に暇つぶし相手となっているのか……と思わないアエッタでも無いが、余計な事を言って大変な目を引き込む事は無いと口をつぐんだのだった。


 また、朝に確りと食事を摂り、魔法と言う事であるが「勉強」に時間を割き、昼にもまた十分な食事が用意された。

 ハッキリ言ってアエッタには、こんな事は初めてだった。

 常に空腹に苛まれる毎日。

 それでも行わなければならない重労働。


 アエッタにとってはそれが当たり前の毎日だった。


 しかし今の状況はどうだ。

 お腹は十分に満たされて、アエッタにとっては理解しがたい事を要求されながらも重労働とは程遠い事を行うだけでメルルの要望を熟せている様なのだ。

 それも一日中、休み無く行うと言う訳では無い。

 ほとんど不休で働いていた毎日を思えば、今は信じられない程穏やかで……色んな事が満たされていると言っていい状況だった。

 アエッタにとっては優しいと言って良いメルルの対応に、彼女が驚きを露わとするのも仕方の無い事だったのだ。


 アエッタは眠り始めたメルルを横目に、ゆっくりと立ち上がり湖畔へと向かった。

 元々、昼寝をすると言う習慣がないだけに、いざ眠れと言われてもそうは出来なかったからだ。

 それに……。

 どれだけいずれは飽きる風景だ……と言われても、新たに得た視界……世界は、アエッタにとって興味の尽きない風景だった。


「……本当に……綺麗……」


 心の底から吐く様に、感慨深くアエッタは言葉を溢した。

 本当ならば……見る事の叶わなかった景色。

 本来ならば……今こうしている事も無かったかもしれない現実。


 アエッタは実の親にこの山で……捨てられた。

 それはまだ幼い彼女にとって、死の宣告とも言える事だった。

 メルルに見つけて貰わなければ、間違いなくそうなっていた事だろう。

 アエッタは自分ならばなんとか助かる……等と言っていたが、それは今根拠のない、奇跡を願う様な事に違いなかった。

 そんな窮地から一辺、先日までとは全く異なる境遇に立たされているのだ。

 

 立つ場所が代われば、目に映るもの全てが違って見える。


 アエッタはそれを実感しながら、大きく様変わりした世界を改めて楽しんでいたのだった。




 午後からも午前中と同じ事を、アエッタはメルルの指示で行っていた。

 もっとも今回は、メルルを掴む……と言う事はしていない。

 目の前には、漬物石大の自然石。

 メルルの課したお題は、それを持ち上げる……と言うものだった。

 

「アエッタ、今のあんたには細かい制御は出来ん……し、考えんでええ。兎に角、目の前の石を持ち上げぇ。今のあんたやったら、その石を握り潰すくらいの気持ちでやってみい」


 体を横たえて本を読みながら、片手間とも伺える態でメルルはアエッタにそう指示を送った。

 

「は……はい……」


 アエッタはその声を受けて、自身の中に在る魔力を可能な限り持ち出し、巨大な手を形成し、その手で掴むイメージを構築していた。

 勿論、思い描いただけですぐに出来るのであれば、これほど苦労する事も無い。

 アエッタの思惑とは裏腹に形成した魔力の手は石を掴むまでに随分と霧散し、実際に石を掴んでいるのは極僅かな魔力だけだった。

 

「まだ細かい制御を気にしてんで―――。目の前にある石を押し潰す感じで……握り潰す気持ちでやらんかいな」


 アエッタの状態を見て、メルルが適時、アドバイスを送る。

 その助言を聞いたアエッタは、その都度小さな返事を返してメルルの言葉を実践すべく取り掛かるも、中々上手くはいかない。

 それもその筈で、本当であったならばこの試みはかなり高度な技術を要するのだ。

 しかもアエッタは、今朝から魔法の……と言うよりも、魔力に付いての勉強を始めたばかりである。

 そんな彼女に、メルルの要望を熟せる技術など付いていないのが当たり前なのだ。

 

 それでもアエッタは、愚痴一つ溢さずに取り組んでいる。

 それもただ行っている訳では無く、集中力を持続しながら色々と自分なりに試行錯誤している。

 それが分かるメルルだから、アエッタに送る助言もその時々に適切な、丁寧なものだった。


 辺りが燈色に色づき、陽が西に傾くまで、二人は休むことなくアエッタの魔力制御に取り組んでいたのだった。

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