メルル先生の魔法講座
「魔力っちゅーんは、誰の中にも眠ってる力や……大なり小なりな。それを自覚する処から、魔法を使う道は始まるんや」
メルルの指示で目を閉じ瞑想しているアエッタの周りをゆっくりと歩きながら、メルルは「魔法の講義」を行っている。
瞑目するアエッタが、それを聞いているかどうかは定かでは無い。
元より、瞑想を行いながら話を聞く……等と言う事は、誰にでも簡単に出来るものでは無い……のだが。
「あ……これ……でしょうか……?」
アエッタは何かに気付いたのか、目を閉じたまま声を出しメルルに確認をした。
「って、もう出来たんかいな!」
それを聞いたメルルは、驚くと言うよりも可笑しそうにそう答えた。
講義を開始して……アエッタが瞑想をしてまだ僅かしか経っていない。
それにも拘らず、アエッタはメルルの課題をアッサリとクリアした事になるのだ。
自身と向き合い、己に隠された力を見出す等、そうそう簡単に出来るものでは無い。
実際アエッタが行っていた瞑想も、どれ程座学を学んだ処ですぐに達成出来るものでは無いのだ。
才能があっても数日。
凡才であったなら数週間。
全く気付けない者も皆無では無い。
殆ど時間を掛けずに……と言うのは、メルルの記憶にも無かった事だった。
「……で? アエッタ、あんたの魔力は、あんたにはどう視えるんや?」
アエッタが気付いた……と言っている「魔力」がどの様に見えているのか。
それにより、その者の魔力量が窺い知れる。
「え……と……白い……どこまでも白い雲の海みたいに……視えます」
「……へぇ……」
アエッタの返答を聞いて、メルルのメガネがきらりと光り彼女の眼に鋭さが増す。
彼女の言葉が本当ならば、アエッタの魔力量は尋常では無いと言う事を指している。
そしてメルル自身も、アエッタの中に目を向けてその事を確認していたのだった。
「じゃあアエッタ、ウチの魔力はどう視える?」
メルルはアエッタにそう告げ、今度はメルルの魔力を視る様に促した。
アエッタはメルルと正対し、メルルの瞳を真っ直ぐに見つめる。
そして僅かに時が流れた。
「……広い……広い緑の……草原が見えます……どこまでも……広い……」
目を開きながら、それでも夢想しているかの様にアエッタは応えた。
それを聞いたメルルは、満足気に頷いて見せた。
「どうやらホンマに視えてるみたいやな―――……。大したもんやで」
メルルは自分の魔力を見せる事で、アエッタの言う事が本当かどうか確認したのだった。
そしてその結果は……彼女の台詞通りだった。
魔法使いが保有する魔力を、他者が視ると言う事は非常に難しい。
魔力の量を晒すと言う事は、すなわち戦力の大部分を晒しているに等しいのだ。
どれ程優れた魔法使いであっても、魔力の保持量が少なければ魔法を使える回数も限られる。
そしてそれを悟られれば、戦い様によっては格下相手に不覚を取ると言う事もあり得ない話では無いのだ。
そしてそれは、逆もまた然り。
格の低い魔法使いであっても、膨大な魔力にものを言わせる戦法を採る事で相手を圧倒する事も可能なのだ。
故に魔法使いはその能力が高くなるにつれて、己の内を除かれない様無意識に己の中に防御障壁を築くのだ。
当然、未だ魔法使いでもないアエッタがメルルの魔力を覗き見る事など不可能だ。
メルルの築く障壁を突破して彼女の内を覗き見る程の力は、今のアエッタには無い。
これはメルルが意図的に障壁を解き、アエッタに覗かせたに過ぎない。
「魔力を知覚出来たんやったら、見える景色も変わったんとちゃうか?」
メルルにそう言われて、アエッタはゆっくりと周囲を見回した。
そして……言葉を失っていた。
魔力は何も人族や魔族、精霊族や幻獣族等……一部の生物だけが持つ力では無い。
メルルがそう言った様に、誰の中にでもそれは眠っている。
そしてそれは、野生に生きる動物や原生植物の一部にも宿っている。
もっともその殆どは、制御されず無駄に放出されているのだが。
しかし今、アエッタの眼はそう言った様々が放つ魔法光を捉えており、あたかも幻想的な風景を映し出していたのだった。
「……こんなに……綺麗な……」
言葉にならない……とはこの事を言うのだろう。
アエッタは今、これまでに見た事も無い景色を見ている。
そしてそれは、今まで見ていた風景に他ならない。
つまり、見る場所が代われば、同じ場所でも違って見えると言う事を実感していたのだった。
「綺麗やろ―――? けど人は不思議なもんで、なんぼ美しい景色も見飽きたら普通の景色と変わらん。そうなったら、逆に煩わしくなってな―――……いつか無意識に遮断してまうんや」
メルルにも見えている……いや、見えていたのだろう。
佇むアエッタの隣までやって来たメルルが、彼女と同じ方向で同じ視界を得てそう話しかけた。
「そう……なんですか?」
そう答えたアエッタだったが、それも何となく理解していた。
今更ながらに考えれば、苦労と苦痛しか感じなかった村での毎日も、四季折々の景色を醸し出していた事に気付いたのだ。
だがそんな事も、毎日の忙しさに追われて目に入らなくなる。
そう考えれば、メルルの言った事も腑に落ちると言うものだった。
「さて、魔力を感じる事が出来たんやったら、魔法も使えるようになるってもんや。早速実践に入ろっか」
太陽は未だ頂点に達しておらず、メルルがアエッタに魔法の手解き……と言えるかどうかは甚だ疑問だが、講義を始めて僅かな時間しか経過していない。
それにも拘らず、アエッタはもう実践段階に入ろうとしているのだ。
これは格段に早い……等と言う言葉では物足りない程、驚異的な事と言える。
「魔法っちゅーんは、呪文を唱えてなんぼ……って考えるもんが殆どやけど、実はそうやない」
アエッタの前を行ったり来たりするメルルが、まるで学校の先生を思わせる様に説明をしていた。
アエッタはメルルの話を真剣な眼差しで聞きながら、何度も咀嚼していた。
ただしその
「魔力その物にも十分、力が備わってるんや。こんな風にな」
そういってメルルはアエッタの方へと向き直り、彼女に標準を付けて中空を握り締めた。
「あっ!?」
その瞬間、アエッタはまるで巨大な手で握られ、身動きを封じられたような感覚に囚われた。
……いや、実際に
「これも魔法の一種や。もっとも、ちょっと防御系の魔法を展開しとったら、それに阻まれて何の効果も発揮出来へんけどな」
ふっと力を弛めて、メルルがそう付け加えた。
その途端、アエッタを縛っていた不可視の拘束も解けたのだった。
アエッタは知れず、深く息を吐きだしていた。
「呪文っちゅーんは、魔力に方向性を与えるもんや。属性っちゅーても良い。魔力を感じる事の出来る様になったもんは、呪文を唱えるだけでそこに記されてる魔法を行使出来る。どんな駆け出しの魔法使いでも、どんだけ強力な魔法でも使う事が出来るんや。だから強力な魔法を記した呪文書になればなるほど難解になって、理解出来るもんを選ぶ様に細工されてるんや」
再びメルルが、アエッタの前を行ったり来たりして話し出した。
先程よりも真剣味を増した表情で、アエッタはメルルの話に耳を傾けている。
「唱えるだけで魔力に方向性を与える呪文……強い魔法を使う為には、強力な魔法書に記されてる強大な魔法が欲しい処や。けどここで勘違いしてるもんがぎょーさんおる」
ここで突然、メルルがアエッタの方へと向き直った。
思わずアエッタは、ビクリと体を震わせた。
それを見たメルルは、意地の悪い笑みを浮かべて話を続けた。
「魔法の強さは、何も呪文の強さに比例してる訳やない。魔力を如何に込めるか……これが重要なんや。……まぁもっとも、殆どのもんはその事に気付いてないけどな」
人差指を立ててアエッタに説明を続けるメルルは、正しく意地悪な先生……と言った風情だった。
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