魔王城の戦い ― 開幕 ―

 厄災が魔界へと訪れたその翌日……。

 アルナ達は魔王城へと訪れていた。


 ……等と言う事は無い。


 アルナ達が降り立ったのは、魔界でも極南に位置する大陸……その中央部。

 その大陸を抜けるだけで数日。

 そして極大陸と、魔王城のある大陸を隔てる大海を渡るだけでも数日。

 南大陸から魔王城までに、更に十数日を要する。

 つまり、アルナ達が魔王城に到達するには、早くとも2週間近くは掛かると言う事だ。

 因みに、魔王城から新魔王城“隠れの宮”へは1週間近くの行程が必要だった。


 



 アルナ達が、魔王城へと真っ直ぐ向かっている事は、城に居るアスタル達にも分かっていた。

 リリスの使い魔がそこかしこから、アルナ達を監視しているのだから当然と言えば当然だった。

 そしてアルナ達に、アスタル達が気付いている事は知れている。

 魔族にしてみれば、魔界を汚す人族の戦士達を、総力を上げて迎撃するべきなのだろう。

 だが、アスタル達はそうしなかった。

 一つは、そこまでの戦力が無かったと言う事。

 先の……エルス達の襲来により、魔族の主だった戦士達は全員死亡している。その中には、先代魔王も含まれているのだ。

 強力な戦士達がいない今、アルナ達を真っ向から迎え撃つ……いや、奇襲であっても、彼女達にぶつける事の出来る戦士など、今の魔界には数える程しかいないのだ。

 その殆どはエルナーシャに仕える為、新魔王城へ向かっており、アスタル達の滞在する魔王城には彼等を除いていないのが現状だった。

 そしてもう一つの理由……それは。

 

 アルナ達には、この魔王城に来てもらわなければならないからだった。


 その為には、途中で余計な事をして警戒されてはいけなかった。

 アルナ達には、真っ直ぐにこの魔王城へと向かってもらう必要があったのだ。

 

 ―――メルルに授けられた“秘策”……を完遂する為に。


 もっとも、アスタル達がアルナ達に何も手を出さなかった事は、逆に彼女達の警戒心を呼び起こし、必要以上に神経を使わせていた事は副次的効果と言わざるを得ないのだが。


「……リリス、城の兵達はどうだ?」


 アスタルは、城内に残った決死隊100人の兵達……その様子をリリスに聞いたのだった。


「皆―――士気は高く―――各々装備や城の仕掛けを―――確認しているわ―――」


 リリスはアスタルにそう答えた。

 実際に、アルナ達が魔王城に到着するまでには短くない時間を必要としている。

 そこで問題となるのは、士気の維持となる訳だ。

 戦いとなれば命を懸ける事になるのだが、それも士気の低下が見られれば犬死となってしまうかもしれない。

 逆に高い士気を保ち続ける事が出来れば、実力以上の結果を出す事も可能なのだ。


「そうか……。それでべべブル。徴兵した者達は順調なのか?」


「ああ。皆、家族の為にって必死で訓練してるだら。……もっとも、頭数にしかならないけんどな」


 ベベルの返答に、アスタルは深く頷いて答えたのだった。


 アスタルはエルス達がこの城を去った後、周辺5村から戦える男性魔族を根こそぎ徴兵したのだった。

 強制的な徴兵だったのだが、それでも「魔界の為」と言う大義名分に、殆どの魔族が賛同し参加してくれたのだった。

 

 ……ただし、その家族に避難勧告は出していない。


 本当ならば、アルナ達が立ち寄る可能性も考慮して、逃げるように指示しておくべき事だろう。

 彼女達が残った村の者にどの様な横暴を働くのか分からないし、その結果村人からどの様な情報が洩れるのか分からない。

 それでもアスタルは、村人へ逃げる様に勧告しなかった。

 それにも理由がある。

 村人たちに普段通りの生活をさせる事で、アルナ達に余計な詮索をさせない為だ。

 男手を徴兵した事については、自分達がやって来たからとしてくれるだろう。

 しかし村全体から人の気配が無くなってしまっては、否が応でも不審に思う。


「……俺は……きっと地獄の業火に焼かれ続けるのだろうな……」


 苦笑を浮かべたアスタルは、自嘲気味にそう言って捨てた。

 魔王城に集められた村人たちは老若男、総勢1500人。

 魔族は、その存在自体が強力な魔力を有する戦士だ。

 少しばかり訓練を受ければ、人界の兵士を上回る戦闘力を身に付ける。

 勿論、そんな付け焼刃な兵力では、アルナ達には到底太刀打ちなど出来ない。

 いわば……死んで貰う為に集められたに等しいのだ。


「そうだらな―――……。そういう意味では、俺もお前と同じ処に行くんだらな」


 アスタルが神妙な面持ちとなったからなのか、べべブルが殊更に明るい声でそう言った。

 数か月前ならば、彼がその様な事を言うなどとは到底考えられない。

 エルス達と交わり、エルナーシャと接する事で、べべブルの中で何かが大きく変わったのだろう。


 それに……“サーシャ”の存在も大きかったのかも知れない。


「まぁまぁ―――。皆で地獄とやらへ向かえば―――楽しくなるかもしれませんよ―――」


 そんなべべブルの言葉に、リリスの冗談が修飾を加えた。

 べべブルとリリスが、自分を気遣っていると分からないアスタルでは無い。


「……そうかもな」


 笑う心境では無かったアスタルだが、仲間の気遣いに無理矢理笑顔を作ってそう言ったのだった。




 そして13日後。

 アルナ達は寄り道する事無く、魔王城正門に辿り着いていた。


「開門せよっ! 我等の顔を忘れたとは言わせないっ! すぐに開かない様であれば、強硬手段にでるっ!」


 一歩前に進み出たシェラが、重厚な王門に向かいそう叫ぶ。

 周囲の物見から……そして、王門付近の城壁上から、シェラは少なくない視線を感じ取っていた。彼女の言葉が聞こえていないと言う事は無い筈であった。

 それでも、王門は開く素振りを見せないどころか、誰からも何処からも返事は無かった。


「シェラ、言ったでしょう? 虫けら共に話して聞かせようと言う事がそもそも無駄なのよ」


 アルナがシェラの背中にそう話しかけた途端、城壁上より矢が雨の様に降り注いできた。

 それに対してアルナ、シェラ、ゼルは驚いた様子も見せなかった。

 想像出来た結果であったし、何よりもただの矢でアルナの防壁を突破する等有り得ないからだ。

 事実、降り注いだ全ての矢がアルナ達の前方で弾かれて地面に落ちて行く。


「人の言葉が理解出来ない様な蛮族には、こちらも力を以て当たるしかありません」


 未だ途切れることなく矢が射掛けられている状態でありながら、アルナは右手を高々と上げた。

 アルナが天へと向けた掌……その遥か上空に、白く輝くもやが出現した。

 帯電するその霧は、まるでアルナの号令を待っているかのように内包した稲妻を迸らせている。


「天に座する神々の御使いよっ! 奇跡の御業を我に示せっ! 聖雷サント・エクレールっ!」

 

 呪文を完成させたアルナが、上げていた手を前方へと振り下ろす。

 その直後、上空の稲妻が城壁へと向けて一斉に降り注いだ。

 落雷を躱せる者など皆無に近い。

 当然、城壁に詰めていた兵士達はその直撃を受けたのだった。

 巨大な無数の雷電は、魔王城の正門とその周囲に張り巡らせていた城壁、そしてそこで弓を射かけていた兵士全てを呑み込んで……崩壊せしめたのだった。

 積もった瓦礫のそこかしこから、黒く異臭を放つ煙が立ち上っている。


「行くわよ」


 そんな事を歯牙にも掛けないアルナは、何事も無かったかのように前へと歩を進めた。

 そしてその後を、やはり動じた様子が見受けられないシェラとゼルが続いたのだった。




「……聞きしに勝る強力な力だな……」


「あそこに詰めとった50人からの兵は……助からんだらな……」


「それでも……あれほどの力でも、あの者にとっては準備運動にもなっていないのでしょうね」


 城門で起こった様子を天守より見つめていたアスタル達は、改めてアルナ達の能力……その一端を垣間見て戦慄を覚えていた。

 一切の慈悲を見せないアルナ達がこの場へと到着すれば、一戦は免れないだろう事が想像出来たのだ。

 そして……この場に集う兵達も、生き残る事は難しいと考えていた。


「……兵たちは奮戦してくれるだろうが……此処に来るのも時間の問題だ。準備を進めておこう」


 アスタルの言葉にべべブルとリリスは頷いて答え、3人は取り出したガラス瓶の液体を飲み干したのだった。


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