魔王城の戦い ― 対峙 ―

 強烈な稲妻で魔王城正門を破壊したアルナ達は、そのまま城内に侵入を果たすと凄まじい快進撃を続けていた。

 中庭に待ち受けていた数百人の魔族兵による波状攻撃も、彼女達の足止めにすらならなかった。

 様々な武器による攻撃、投擲武器による遠隔攻撃、魔法による攻撃……そのどれもが、弾かれ、防がれ、無効化され、代わりに夥しい数の兵からなる屍の山を築く事となったのだった。


「ふん……先を急ぐわよ」

 

 その場での戦闘を早々に切り上げたアルナ達は、すぐに魔王城内へと突入する。

 そこは巨大な回廊となっており、上階へ向かうにはぐるりと回り込まなければならない。

 階層を経るごとに長さは短くなるものの、その構造は同じ。

 右回り……左回り……右回り……と、只管に回廊を昇り続けるしかない。

 一部の魔族だけが知る、最上階へと抜ける近道も存在するのだが、アルナ達はその存在を知らない。

 そして、知る必要もなかった。

 彼女達にしてみれば、少し煩わしいだけで然して問題視する程の事は無かったからだ。


「……代わり映えしないわね」


「……前に来た時と、全く同じ罠とはねぇ―――……俺達を舐めてんのかよ」


「あたし達が来たのは、魔族にとっても予想外なんだろうな」


 回廊内でも多くの兵が待ち受けており、アルナ達はその迎撃を退けながら進んで行った。

 アルナ達の接近に伴い、城内に仕掛けられた多くの罠も発動する。

 しかしそのどれもが、アルナ達が前回見たものと違いないものだった。

 不意を衝かれれば動きも鈍ろうが、何処に何があり、どの様な罠が発動するのか知っているのだから必要以上に注意する必要も無かった。

 アルナは淡々と魔法を放ち魔族を蹴散らしては、時折発動する様々な罠を防いでいる。

 その、どこか単調な作業を熟す姿は、詰まらなさそうにしか見えなかった。

 ゼルもまた、迫り来る兵士達を黙々と返り討ちにしている。

 もっともこちらは、その顔に歪な笑みを浮かべており、どこか楽しげに見えなくもない。

 ……いや、それは敵わないと分かりつつも襲い来る魔族兵達を、どこか侮蔑して見下した笑いなのかもしれない。

 

 ただ、シェラだけは他の2人とは若干異なる感想を抱いていた。

 敵の数は確かに多いものの、その力量は彼女達の足止めにすらなっていない。

 前回この城に踏み込んだ時は、まだ兵士達に歯ごたえがあった様に覚えている。

 だがそれもまた、仕方の無い事だとも考えている。

 彼女達がエルス達と共に魔王城を攻撃した際、やはり多くの兵達が立ち塞がり、シェラ達はその殆どを屠ったのだ。

 それから未だに半年ほどしか経過していない。

 兵を育てるのは容易では無く、その様な短期間で屈強な戦士を育てる事など不可能なのだ。

 だからその事自体は、然して問題と考えていない。

 ただし、迫り来る兵士達の中に時折、尋常で無い殺気を漲らせた戦士が混じっている事に彼女は気付いていた。

 数としてはそう多くはなく、技量も大した事は無い。

 それでも、その鬼気迫る迫力は、シェラをしても気に掛けずにはいられない程であった。


 そして、アルナ達の考えと事実はやや異なる。

 

 アスタル達にとってアルナ達の襲来は予想通りであり、その準備も済ます事が出来ていた。

 時間が足りていたとは言い難いものの、実際に彼女達が現れたからと言って慌てる様な事は無かった。

 それでもこの城に仕掛けられた罠に新しい物や、意表を突く様な物が配備されなかったのは、その人員を全て“隠れの宮”に割いていたからに他ならない。

 単純に優先度を考えて、新魔王城建造に総力を挙げた結果だったのだ。

 そして、この城自体の重要性は然して高くない。

 その様な場所に、新しく様々な技巧を凝らす必要が無かったのだ。

 更に、この城に集められた人員は正しく……囮だ。

 アスタル達にしてみれば、頭数だけ揃えれば良かった。

 如何にも見えれば、それだけで問題ないのだ。


 要は……アルナ達が不審に思わなければそれで良かったのだった。


 事情を知らない一般の兵は、ただ魔界の為……そして魔界を土足で踏み荒らす人族を排斥する為に武器を取り戦っている。

 今は、目の前で仲間が無残にも殺されてゆく様に、怒りも加味されているかもしれない。

 ただし、その中に混じっている正規兵……この城に残る事を志願した決死隊たちは、その心情にやや異なる事を抱いていた。

 この作戦の意味……そして成否。

 それらがどの様な結果を齎すのか、その100名だけは知っており、それが彼等の必死さに繋がっていたのだった。

 ただ残念ながら、死に物狂いで立ち向かったとしても、一矢報いる事の出来る様な相手では無かったのだが……。




「……ここも変わらないわね……あの時のままだわ」


 程なくして、アルナ達は魔王城最上部、魔王の間へと辿り着いた。

 ここに来るまでに、襲い来る殆どの兵をなぎ倒して来たと言うのに、アルナも、シェラも、ゼルさえも、些かも疲労を滲ませてはいなかった。

 いや……呼吸さえ乱していない。

 

「……貴様たち……ここは魔王様の居城である。何用で招かれもせずにここまで来た」


 太々しく……図々しく……兎に角、招かれざる客だと言うのに、何処にも恐縮した様な態度を見せないアルナ達に、待ち受けたアスタルが怒気を込めてそう問いかけた。


「魔王の……居城だぁ……? その魔王様って奴は居ないみたいだけどなぁ」


 喉の奥で下卑た笑いを発したゼルがそう答えると、アスタルだけでなくべべブルやリリスからも怒りの気配が発せられる。

 その姿に、ゼルは更に顔を歪ませた。彼にはアスタル達の態度が滑稽に映ったのかもしれない。

 

「……確かに……前魔王様はお前達に討たれ、今はまだ新たな魔王様を頂いてはいません。それでもここが、魔界の支配者の座す場所である事に何ら変わりはありません」


 更に正論を以て、リリスはゼルにそう言い放った。

 ただ、その言葉は全くゼルには届いていない様だが。


「……それで……お前達は此処に、何をしに来たんだら? もう、此処には用がないんではないだらか?」


 それを見て取ったべべブルが、話の先を促した。

 暴力を以て事を進めてきた者達を相手に、道理を説いても仕方がないと考えたのだ。


「そう……その魔王は何処にいるの?」


 それに対してアルナは、どうにも噛み合わない質問を繰り出した。

 先程、リリスが魔王はまだいないと言ったばかりである。

 それにも拘らず、アルナは魔王の所在を問い質したのだ。

 これにはアスタルも、べべブルやリリスも困惑の色を浮かべた。


「新たに魔王を名乗った者がいるの……。その者がひょっとしたら、この魔王城に居座っているんじゃないかと思ったんだけど」


 その事に気付いたアルナは、捕捉する言葉を続けた。

 

「……その様に愚かな者等、この魔界には存在していない。魔王には宣言したからなれると言うものでは無い」


 そして返って来た言葉はもっともなものだった。

 誰であれ自らを「王」だと名乗って、それでその国の王に居座れる訳はない。

 民が……臣下がそれを認めて初めて、その地位に就く事が出来るのだ。

 そしてアスタルは一切、嘘を吐いていなかった。


 この魔界には、未だ「魔王」は存在していないのだ。


「……しかし……魔王を名乗るとは……。何者だ? その様に愚かな者と言うのは。まさか、人族と言う事もあるまい?」


 アスタルが、どこか嘲笑染みた言葉をアルナ達へと投げ掛けた。

 アルナ達の言い様が本当ならば、確かに人族の身でありながら自ら魔王と名乗る等、愚か者のすること以外に考えられない。

 

「……黙れ」


 そんなアスタルの言葉に何かしらのスイッチが入ったのか、アルナがその雰囲気を豹変させた。

 未だ抑えられているものの、その気配には殺気が溢れんばかりに込められている。


「……なんだら? 本当に人族のバカが魔王様を語っただらか?」


 べべブルはわざとらしく興味を抱いた様な素振りを見せて、明らかにバカにしている口調でそう続ける。


「それは素敵な愚か者ですね。何処の御仁かは存じませんが、是非に魔界へとお越し下さりたいくらいです」


 口に手を当てて笑いを堪える素振りを見せながら、リリスがそう付け加えた。

 それを皮切りに、アスタルとべべブルも笑いを溢しだしたのだが。


「黙れっ、貴様たちっ!」


 怒りを顕わとしたアルナが、その嘲笑を遮った。

 その余りに強烈な波動に、アスタル達も笑いを止めて表情を引き締めた。

 

「エルスは確かに愚か者だが、お前達風情から馬鹿にされる様な者では無いっ!」


 溢れる殺気を抑えようともせず、アルナは怒れる瞳を目の前の魔族達へと向けたのだった。


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