アルナ、降り立つ
盛大な宴が催されたその翌日。
エルス達は早速、新魔王城“隠れの宮”へと移動を開始した。
城にあった重要な物を最優先に、殆どの物は移動を完了している。
この城は正しく
それでも、最重要拠点である魔王城に人っ子一人いないならば、誰でも不審に思う事は間違いない。
そう考えての、魔王城を囮にした籠城作戦なのだ。
そしてその作戦上、この場に留まる者達は……決死隊である。
そこかしこで名残惜しそうな別れの場面が繰り広げられており、エルス達の場所でも例外なくその一幕が上がっていた。
「あすたる―――べべぶる―――りりす―――……なんでいっしょにこないの―――?」
魔王城を発つ段になり、別れの挨拶を済ませたアスタル達に、エルナーシャが子供特有の悪意無い一言を告げる。
その様に直球の言葉を投げ掛けられれば、アスタル達と言えども声を詰まらせてしまう。
エルナーシャが無邪気なだけに、即座に偽りの回答を発せられないのだ。
「私共は―――ここでまだ仕事があるのです―――。また後で向かいます故―――エルナ様は先に行っていて下さい―――」
こういう時、男は駄目なのかもしれない。
そして、女性は強かだと思わされるものだ。
表情に湛えた笑みを僅かも変える事無く、リリスが柔らかな口調で返答した。
アスタルに不思議そうな視線を向けていたエルナーシャであったが、リリスの普段と変わらぬ言葉に何処か安心したのだろう。
「ほんとっ!? じゃあ、エルナ、まってるからね―――!」
アエッタと手を繋いで、エルナーシャは先に馬車へと乗り込んだのだった。
「……元気で……」
「……恐縮です」
エルスとアスタル達が交わした会話は、殆ど一言だけであった。
元気で……と言う言葉も、実際にはこの場にそぐわないかもしれない。
襲い来るアルナ達と戦う事になれば、アスタル達は間違いなく敗退……死してしまうのだから。
それでもエルスには他に掛ける言葉が見つからず、アスタルも同様に良い言葉が浮かばなかったのだった。
シェキーナやカナン、メルルも各々リリスやべべブルに一言掛けて握手を交わす。
それが今生の別れになる事を、その場の誰もが理解していた。
「……それではエルス様、シェキーナ様、カナン様、メルル様……お先に」
「……先に行って待ってるだらよ」
「勿論―――来るのは出来るだけ―――遅く願いますね―――」
振り返り、馬車へと向かうエルス達の背に、アスタル達の言葉が届いた。
それにエルス達は、振り返る事無く……返事も返す事は無かった。
何処に……とは言われず、先に行く……とは何とも皮肉な言葉であったが、彼等にのみ許された“冗談”であった。
3魔将は、エルス達の乗る馬車が見えなくなるまで、その場に留まり見送ったのだった。
それから4日の後……。
「……相変わらず……暑いわね……」
アルナ、シェラ、ゼルの3人が魔界の南極大陸へと降り立った。
3人である理由それは……今回、ベベルには留守をするようアルナは言い渡していたのだった。
いや……そうでは無い。
エルス達の影におびえる統一国家の重鎮たちを納得させる為、仕方なく人界に留まらせたと言うのが本当である。
およそ2ヶ月を掛けてエルス達に纏わる噂の検証を行い、彼等の脅威が無い事を報告しても尚、重臣たちの不安を払拭させる事は出来なかった。
先を急ぎたいアルナは、苦肉の策としてベベルに残留させたのだった。
「……アルナ。これからどうするんだ? 前回の様に、近くの村で情報を集めるのか?」
シェラがアルナに、この後の方針を窺った……のだが。
「いいえ。前回と違い、魔王城の場所は分かっているのです。余計な寄り道はせずに、真っ直ぐ魔王城へと向かいましょう。必要な情報ならば、そこで得れば良いのですから」
アルナはそれに賛同せず、真っ直ぐに魔王城へと向かう旨を伝えた。
確かに前回アルナ達が……エルス達と共にここへと訪れた際は、魔界に来る事自体が初めてであった。
何処に何があるのか見当も付かない状況では、情報の収集は必須だった。
勿論、魔界の住人が人界の住人であるエルス達に好意的である筈もなく、彼等は些か強引に必要な情報や知識を集めたのだった。
……その事に従事したのは、専らベベルとゼルであったが。
それでも2度目となる魔界来訪ならば、少なくとも重要な場所の位置は把握していた。
アルナの答えは、それを踏まえたものだったのだが。
「しかしアルナ。以前とは大きく変わっている事もあるだろう。ここは万全を期して……」
「ああ? ゴチャゴチャと五月蠅いわね」
シェラの言い分にも一理ある。
もしもエルス達がこの魔界へと訪れていたならば、先に情報を得る事が重要なのは言うまでもない。
それにも拘らず、アルナはシェラの言葉を遮った。
「如何にエルスが魔王となったとはいえ、
アルナはそう言うと、口の端を吊り上げて喉を鳴らした。
アルナの言う事は、一部を除いてだがシェラだけではなくゼルも納得出来る話だった。
大の魔族嫌いだったエルスが、如何に魔族へと……魔王になったからと言って、この様な場所で暮らしている等、想像も出来ない事であった。
それでもシェラには、アルナの言い分に無条件で頷けなかったのだった。
何故ならば、彼等には……。
大賢者メルルが行動を供にしていたから……であった。
エルスやシェキーナ、考え難くともカナンが魔界に隠れ住む事を反対しても、メルルならばその案を推し進めるかもしれない。
シェラはその事を危惧していたのだが、アルナが方針を決しているのであれば彼女に否やは無い。
「……それに」
シェラを無視して歩き出したアルナは、数歩進んだ先で立ち止まった。
「もう……魔族の虫けらどもには見つかっているでしょうから」
そう言ったアルナは、スッと腕を上げて右側方の岩場に狙いを定め。
無造作に光弾の魔法を撃ち出した。
狙いつけられた岩場に、大きな炸裂音と共に巨大な砂煙が立ち上る。
「……使い魔がいた。あの感じは……メルルじゃ無いわね。彼女なら、簡単に見つかる様な使い魔は放たないわ。多分、魔族の奴らが放った物でしょう」
そう言い残すとアルナは、再び魔王城へ向けて歩を進めだしたのだった。
「……アルナ達が―――到着しました―――。私の使い魔も―――消されました―――」
『……そうか。それで、アルナ達の同行は追っているのだな?』
「はい―――シェキーナ様―――。複数の使い魔を放っておりますので―――全てを見つけられる事は無いと思います―――」
リリスは今、シェキーナの使用した魔法「
今更、戦いにおいて助言や指示を仰ぐ必要は無いが、状況を逐一知らせる事による情報の共有は必要な事だからだ。
『メルルも“使い魔”を放って情報を得る算段はしているが……我等はここで、お前達の動きを見守る事しか出来ない……』
その語尾に「すまない」とでも付けそうなシェキーナの話しぶりに、実際にそう言う前にリリスが言葉を被せた。
「お気になさらぬ様に―――。それでは一度―――会話を切らせていただきます―――。この場所に到着する前日に―――再度連絡致します―――」
リリスはそう言うと、シェキーナの返事を待たずに「伝言」の影響力を遮断したのだった。
意外かもしれないが、リリスは魔法使いでありながら精霊魔法にも通じている。
そしてその様な者達は、実は以外に多く存在している。
低位の精霊魔法は、魔術を学ぶ者ならば比較的容易に身に付ける事が出来るのだ。
「……いよいよ……だな」
アスタルが、重々しい口調でべべブルとリリスにそう告げる。
2人はアスタルの言葉に、やはり神妙な面持ちで頷いた。
「言うまでもないのだが……此処での我等の演技如何で、エルス様達の……延いてはエルナーシャ様の存続が掛かっているのだ。皆……ぬかるなよ?」
アスタルの話は、本当に今更言うまでもない事だった。
ただ、アルナ出現と言う報告による緊張感は、何か話していなければ紛れるものでは無かったのだ。
「わ―――かってるだら。俺ぁ、エルス様達の為に……何よりもエルナーシャ様の為に、一世一代の大芝居をしてみせるだら」
べべブルが、殊の外明るくそう答える。
芝居……とは、エルス達がこの魔界に訪れていないとアルナ達に思わせる事。
その為には、どんな小さな“言質”もアルナ達に与えてはならない。
エルス達に繋がりそうな、どの様に僅かな挙動さえ見せてはならないのだ。
「この魔界の為に―――そしてここは、前魔王様の仇と言う事で―――彼女達には八つ当たりの―――捌け口となっていただきましょう―――」
意地の悪い笑みを浮かべたリリスは、どこか楽しそうにそう言った。
彼女の、冗談とも本気とも取れる言葉に、アスタル達にも自然に笑みが零れ、それはそのまま大きな笑いになったのだった。
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