魔女の住処
アルナ達の眼前よりまんまと逃走に成功したエルス達は、只管に南へと向かって歩を進めていた。
メルルの魔法によりアルナ達の足止めに成功しているものの、それもいつまでも続く訳では無い。
可能な限り迅速に行動し、一先ず落ち着ける場所を見つけ出さなければならない。
拠点……安心して体を休める場所が無ければ、体力や魔力の回復は勿論、精神的に安らぐ事など出来ない。
四六時中張り詰め続けて、平気でいられる人間など皆無なのだ。
「メルル。このまま森を南下し続けて良いのか?」
一行の先頭に立ち進むメルルに、シェキーナは後ろを警戒しながら声を掛けた。
メルルの進む速度は、とても速いとは言えない。寧ろ遅い位だ。
しかし目的地を知るのはメルルのみで、彼女の案内無しでは立ち行かないのだ。
「ん―――……確かこの辺……もう少しやと思うねんけど―――……」
周囲に目を遣りながら、何かを探す様に歩を進めるメルル。
ここに来て迷う仕草を取る彼女の歩みは、殆ど止まってしまっていた。
「ん―――……おっ! あったあったっ! 此処や此処っ!」
暫くキョロキョロと周囲を見回していたメルルが、嬉しそうな声を上げて一本の巨木に近づいて行く。
大きな
「さぁさぁ、みんな―――。ウチについてこの穴に入ってや―――」
如何にも何かありそうだと言う洞にメルルが入って行き、その後を疑った様子もなくエルスが続いて行った。
残されたシェキーナとカナンも、不安を浮かべて互いの顔を見合わせたが、結局はエルス達の後を追って穴の中へと入っていったのだった。
穴の中に入った―――と思ったのは束の間の事。
シェキーナとカナンは、すぐに開けた場所へと穴を出ていた。
「……ここは……」
初めて目にする光景に、カナンは立ち止まり絶句し、シェキーナも呆然として辺りを見回していた。
そこは、何とも不思議な場所であった。
四方も、空も、地面も……一面を灰色の不思議な石で囲まれた……広大な部屋と言っても良い構造をしていた。
壁には、潜って来た穴と同じ様な物が等間隔で口を開けており、それは何とも奇妙な光景だった。
そしてその石には、壁にも床にも空にも、一切の継ぎ目がない。
まるで巨大な石を、とても
「……この様な技法が……存在するのか……?」
恐々と壁を触りながら、シェキーナがポツリと呟いた。
何よりも驚きなのは、その空間の中央に天井まで届こうかと言う程の高く、そして細い建造物がそそり立っていたのだった。
現存の技法ならば、地面に接する面が最も広く、上方へ行くほどに細くなる。
高い建物ならば、そして安定を求めるならばそれが当然であった。
特に、石を重ね敷き詰めての建築様式ならば、そうせざるを得ない。そうでなければ非常に不安定で、即座に倒れるか崩れてしまうのだ。
だが眼前の建築物は、地面から屋上まで、全く同じ面積を持っている。
最下層が広くなっている訳でも無ければ、最上階が先細っている訳でもない。
建物の高さを考えれば、それは考えられない構造だったのだ。
そしてその建造物にも、石材質であるにも関わらず継ぎ目がなかったのだった。
「ここに来るのも久しぶりだな―――……」
驚きを隠せないシェキーナ達を尻目に、エルスは周囲へと顔を巡らせて懐かしそうにつぶやいた。
疑う必要もなく、彼は此処に来た事がある台詞だった。
「エルスが此処に戻って来るんって……何年ぶりやろな―――……? ウチはこの間、ちょっと戻って来たけどな」
「そうなのか? いつの間に……。それより、あんな所に繋がる入り口があるなんて知らなかったな……」
「そら―――そうやろう。この間、この時の為に急遽作った入り口やからな―――」
「へぇ―――……流石は稀代の占い師……ってところか―――……」
エルスの言葉にメルルが答え、そのまま二人は思い出話に
そこには結構重要な
しかし聞く事が余りにも多く、結局タイミングを逃してしまった。
「さて、聞きたい事は山ほどあるかも知れんけど、まずは腰を落ち着けんとな。とっとと先に進むで―――」
メルルが音頭と共に中央の建物へ向けて歩き出し、エルスもそれに続く。
なし崩し的にシェキーナとカナンも、彼女達の後を追う事しか出来なかったのだった。
建物内に入っても、シェキーナ達の驚きは止む事が無かった。
窓が殆どない建物内部は、誰がどう考えても光量が乏しく薄暗いだろうと想像出来た。
だがその予想に反して、室内はどこも驚くほど明るかったのだった。
「あの……奇妙な筒がこれほどの灯りを発しているのか……」
シェキーナは、天井に埋め込まれた細長いガラス管を見つめて驚きの声を溢した。
そのガラス管より発せられる光は、どの様な場所に使われるランプよりも、どんな魔法で生み出した灯りよりも明るく、且つ安定していた。
しかもそれが一本や二本では無く、天井に等間隔で敷き詰められているのだ。
その灯りに照らされた室内は、さながら快晴の屋外を思わせる程に明るかったのだった。
「みんな―――、こっちやで―――」
建物の奥から、メルルがシェキーナとカナンを呼ぶ声がした。
因みにエルスは、既にメルルの傍らに立っていた。
慌てて彼等と合流するシェキーナ達だが。
「……何だ? この……箱は……?」
メルルが中に入る様促しているのは、狭い部屋……箱の様な空間だった。
人が立った状態で、密着する事により何とか6人程度入る事が出来る……それ程に狭い箱へとメルルは入る様に督促している。
最初にエルスが入り込み、それを見たシェキーナとカナンも恐々とそれに続く。
最後にメルルが入り込むと、その入り口が静かにしまったのだった。
「な……何だ?」
入り口が閉じると同時に感じた浮遊感に、シェキーナが驚きの声を上げた。
しかしその事について、メルルとエルスが答える事は無かった。
それもその筈で、閉じた筈の入り口が、然程間を措かずに開いたのだ。
「これは自動昇降機って言って、俺達は今の一瞬で最上階まで来たんだ」
メルルを先頭に小部屋より出ながら、エルスがシェキーナへとそう説明した。
「な……何だとっ!? そんな馬鹿なっ!?」
エルスの言葉に驚いたシェキーナが、丁度近くにあった窓へと駆け寄り。
「ぶふっ!?」
見えない何かに、
「い……た……。何だ……? この窓には水晶が埋め込まれているのか……?」
嵌め込まれている事が分からない程の透明さに、そこを確認するシェキーナの姿はまるでパントマイムをしている様だ。
「い……いや……。そこにはガラスが埋め込まれてるんだ……。て……転落防止にな……」
シェキーナの後ろから説明するエルスの顔は赤く、何かを必死でこらえている様だった。
振り返った彼女が見れば、メルルも、そしてカナンでさえ同じように堪えている……笑いを。
それを察したシェキーナの顔は瞬間で真っ赤となり、それを隠す様にエルス達に背を向けて窓の方へと見やった。
「……何だと……」
そして図らずも……当初の目的を果たしたシェキーナは、幾度目かの驚きを声に上げる事となった。
小箱の中でほんの僅かな時間を過ごしただけにも関わらず、何ら労力を要する事も無く上層へと辿り着いていたのだ。
これには、シェキーナの後から外を確認したカナンも驚きを露わにしていた。
「さ―――て。みんな、こっちやで。追っ手が気になるとこやろうけど、一晩二晩程度では此処には来れんやろ。一先ず落ち着こうか」
笑いを抑え込んだメルルがシェキーナ達に声を掛けると、そのまま先導する様に歩き出した。
どうにも納得できないシェキーナであったが、憮然とした表情で彼女の後を追ったのだった。
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