魔王城の戦い ― その刻…… ―
アスタルとべべブル……2人が先に逝ってしまった事を知ったリリスだったが、悲しみに心を痛めると言う事は……無かった。
決して、彼女が薄情であると言う訳では無い。
確かに魔族は、個々の繋がりが薄い種族ではある。
しかし彼女達の結びつきは、ただ“友”と言うにも足りない程密接したものだった。
……それも、エルス達の影響を多分に受けてはいるのだが。
そんな関係にも関わらず、リリスがアスタル達の死を悟っても動じないのは、彼等がどの様な気持ちで逝ったのかが分かっているからだ。
いや……厳密には「分かった様な気がする」と表現する方が正しいのだが、それでもリリスは自身の考えに疑問を持っていない。
―――彼等は……満足して……納得して、倒れて行った。
リリスはそう信じている。
そしてその事に、彼女は羨望を抱いていた。
また、自分もそれに続きたいとも考えていたのだった。
その様な大望を抱くからには、悲しみなどと言うものに囚われている暇など、今のリリスには無かったのだった。
「く……おおお……」
アルナは必死で、リリスの攻撃に耐えていた。
そして、その余波がアルナの周囲に伝わり、異変を起こし始めた。
強力な重力に晒されているのはアルナ一人。
だがそこに掛かる荷重は、彼女の足元から床へと逃げる。
そしてここは、魔王城中央塔最上階“魔王の間”。
アルナの足元……その下方には、下階と言う空間が存在するのだ。
重みに耐えきれなくなった床が悲鳴を上げ、巨大な亀裂を刻んだかと思うと、アルナを吸い込む様に崩壊を起こしたのだった。
アルナにすれば、正しく天の助け……とはならなかった。
「逃がし……ません」
崩れ落ちた床に呑み込まれたアルナを追って、重力黒球をそのまま下階へと誘導したリリスは、自身もまたそれに追随した。
下層の石床に、強かに打ち付けられたアルナは、即座に追って来た黒球の重力にまたも晒される。
「が……あああっ!」
再び床がひび割れ、底が抜ける様に下階へと落とされるアルナ。
まるで巨大な何者かに上から抑え続けられるように、何層にもなる中央塔の石床をぶち抜いてアルナは落ち続けた。
リリスもまた、その後を追って下階へと下って行く。
高い中央塔を最上階内部から縦に割るかのように、リリスとアルナは最下階まで到達した。
アルナは……最下階の床に押し付けられ、瓦礫に埋もれてその姿を確認出来ない状態にある。
床はまるで、鍋底の様に深い丸みを帯びた窪みを形成し、その凶悪な圧力のほどを物語っていた。
そんなクレーターの中心部に居るアルナが、どの様な姿となっているのかは想像に難くない。
勿論、普通の人であったなら……だが。
そしてリリスは全ての力を使い果たしたのか、地面に四肢を付いて荒い呼吸を繰り返していた。
多量の吐血を繰り返し、如何に身体へと負担の掛かる術だったかをその姿で言い表していた。
「アルナッ!」
そこに上階から、シェラの声が投げ掛けられる。
彼女はその風体に似合わぬ身軽さで、最上階から最下階までをまるで飛ぶように降りてきたのだった。
リリスは、新たな敵の出現にも身構えられなかった。
いや……そんな気力などもう、何処にも残ってはいない。
「……貴様が……やったのか……?」
リリスの予想に反して、シェラの口調は落ち着いたものだった。
仲間が圧し潰されて死んだかもしれないこの状況では、それは何とも奇妙と言って良かった。
もっとも、今のリリスにはその事について質問する余裕も無い。
結果として無言を通す事となったのだが、シェラはそれで理解した様であった。
「……そうか……。無駄な力を使ったな……」
その口調は、どこか哀れな……悲し気さえ含まれたものだった。
「……何だよ……アルナの奴……くたばったのかよ……」
シェラの言う意味に思考を取られていたリリスは、突然シェラとは逆の方角から発せられた声に驚かされた。
リリスがそちらへと顔を向けると、そこにはもう一人の男……ゼルが立っていたのだった。
ただしその姿はシェラと異なり、到底五体満足……と呼べるものでは無い。
全身がボロボロで、死闘の後を物語っている。
特に右手と右足の傷は酷いもので、ともすれば2度と使い物にならないのではないかと言う程に損傷している。
そんな状態にもかかわらず直前までその気配を悟らせなかったゼルの技は、それはそれで称賛に値するものだったかもしれない。
「……死んでなど居ない」
そんなゼルに、厳しい眼差しをしたシェラが否定の言葉を突きつける。
ゼルはそれに気圧されたのか、首をすくめて押し黙るしかなかった。
―――……!?
そのやり取りを聞いていたリリスは、ゼルの姿を怪訝そうに見つめていたが、何かを理解したのか僅かに微笑を浮かべる。
「……何笑ってやがんだぁ……こいつ?」
そんなリリスへ、ゼルが小馬鹿にしたように呟いた。
しかしリリスへと向かっていた注意も、次の瞬間には完全に消え失せてしまう。
巨大な鍋底の中心部から瓦礫を掻き分ける様な音がしたかと思うと、そこから腕が出現したのだ。
腕は地面を掴むとそれに連なる体を引き上げ、顔が、胴体が、足が出現した。
そこには……衣服を除けば全くの無傷と言える状態のアルナが、怒りの形相も露わに立っていたのだった。
そこに至り、リリスはシェラの言った言葉を完全に理解した。
「……不……死身……か……」
何とかそう呟いたリリスへと向けて、アルナがゆっくりと歩を進める。
「……アルナ。無事で何よりだ」
そんなアルナに、シェラが僅かな安堵を……そして、それを覆い隠す程の厳しい表情で話しかけるも。
「ふん。虫けら風情の攻撃で、私がどうこうとなるかよ」
シェラの方へは一切顔を向けずに、アルナはそう言い捨てた。
そして、うずくまったままのリリスの元へと辿り着き仁王立ちとなる。
「それでも……かなり痛かったがなぁ」
そう言いながら、アルナは背中から細い棒……神聖語のびっしりと刻み込まれた錫杖を取り出した。
その一連の作業を、リリスは項垂れたまま見ようともしなかった。
その事に、アルナは一層気分を害された様であった。
「……1つだけ質問してやろう。その間だけは、生かしておいてやる」
それでもアルナは、感情のままに行動する事無くリリスへと質問する旨を告げた。
それに対してリリスは、一向に言葉を発する事も無い。
「さっきの魔法……あれは何だ?」
そんなリリスにお構いなく、アルナは聞きたい事を簡潔に話した。
その言葉は短いながらも、様々な意味を有している。
リリスはその事を、確りと理解していた。
「……あれは……今は私一人だけしか残っていない……私の一族に伝わっていた……魔法です」
漸く顔を上げアルナを視界にとらえたリリスが、息も絶え絶えにそう答えた。
リリスの言葉に偽りはない。
いや……更に言えば、彼女の一族で研究されていた、未だ“概念だけだった”魔法だった。
それをリリスは、強制的に引き上げた魔法力を背景に、無理矢理魔法としての形を作り出して行使したのだ。
彼女の後にも先にも、先程の魔法を使える者はこの世には存在しない。
リリスの返答に、アルナは何も答えない。
ただ表情だけを見れば、アルナはリリスの返事を信じている様には見えなかった。
どこか胡散臭そうに、疑いの眼差しをリリスへと向けている。
「……お願いが……あるのですが……」
そんなアルナに、リリスは言葉を振り絞って続けた。
未だ、アルナからの返答はない。
「……私の……私達の命を以て……この魔界から……退いて下さい」
「断る」
リリスの懇願は、アルナの一言によって一蹴された。
「お前みたいな虫けらがまだいるのだとしたら、人属に……いや、我が神にとって大いなる災いとなり兼ねん。この際だ……徹底的に駆除しておいた方が、後顧の憂いが無くなると言うものだろう?」
アルナの答えは、リリスの考えていた通りのものだった。
そしてそれにより、リリスの方も心残りが無くなったと言うものだった。
アルナが、持っていた棒を変形させる。
彼女の手の中でその棒は、細い柄はそのままに、先端に歪な程巨大な鎚が付いたバトルハンマーとなった。
そしてそれを、ゆっくりと振りかざす。
「他に言う事はあるのか?」
アルナがリリスに、最後通牒を宣告する。
アルナは恐らく、リリスが命乞いする姿を想像していたのだろう。
もっとも……どう転がろうとも、アルナはリリスの命を奪う事に決めているのだが。
アルナの問い掛けに、リリスは項垂れながらも両膝立ちの姿勢となってその時を待った。
アルナの両口端が極端に吊り上がり、歪な笑みをその顔に浮かび上がらせる。
リリスは。
最後の相手がアルナで、本当に良かったと考えていた。
相手がアルナならばこそ、リリスも非情の決断が下せたのだから。
アルナがリリスに……魔族に対して一片の情を掛ける事がない様に。
リリスにもアルナに対して、僅かな慈悲の心も浮かばなかった。
アルナの戦鎚が振り下ろされる。
老竜、グリーンドラゴンを一撃で屠った攻撃が、リリスへと向けて放たれたのだ。
その瞬間。
シェラはリリスの表情を見て恐怖した。
俯き、美しい髪で隠されたその表情には。
正しく、これまでに見た事も無い様な悪魔の表情が浮かび上がっていた。
シェラはアルナに声を掛けようとするも、それが声となって空気を震わす事は無かった。
鬼女の様相を呈するアルナが、悪魔の如き表情の笑みを湛えるリリスへと審判の一撃を振り下ろし。
アルナの戦鎚がリリスの身体を無情にも押し潰した。
その次の瞬間。
凄まじい熱が……光が……轟音が。
その場にいる者たちが身構える間もなく巨大な爆発を作り上げ。
魔王城を中心に、広範囲を呑み込む灼熱の球体を発生させたのだった。
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