叩いて防いで……
双子の少女、シルカとメルカの登場……そしてエルスとの対峙を切っ掛けとして、練兵場内は不穏な空気に包まれていた。
今や魔王親衛隊候補生の一同は例外なく、エルスへと向けて敵意を向けている。
それに対してエルス、アスタル、リリスやレヴィア、そして彼女に抱かれてるエルナの方はと言えば極めて自然体であり、こちらの方が場の雰囲気に不釣り合いとも言えた。
「例えあんたが勇者だとしても、俺達は誰一人、お前の力を認めていないっ! それは先の、先代魔王様との戦いを見ても明確だからなっ!」
その温度差が癇に障ったのだろうか。
ジェルマは一際大きな声を出して、エルスに向けて挑発の言葉を発する。
それを受けたエルスが、ゆっくりと彼の方へと振り返った。
「我らが魔王様はたった一人で戦いの場へと立ったのに対して……お前達人族の勇者は8人掛かりで戦ったのだからなっ! それで何とか魔王様に勝つ事が出来る程度。そんな勇者に、俺達が負ける訳はないっ!」
先程まで意気消沈していたのは何処へやら。
ジェルマはこの場に居る者全員を代表するかのように、雄弁にそう啖呵を切ったのだった。
もっとも、エルスにしてみれば、彼の言葉などどこ吹く風だ。
そしてアスタル達魔界側の人間にしてみても、その見解はジェルマとは大きく異なっていたのだった。
確かにエルス達は、魔王との戦いに勝利した。
そしてそれは……辛勝と言って良かった。
エルスと魔王の力は拮抗しており、その均衡を崩したのは紛れも無くエルスの仲間達の力に依るところが大きかったのだ。
ただしそれは、ただ単に勝った……と言うばかりではない。
エルスは今、五体満足でこの場に居る。
一方の魔王は、その息の根を止められて消失してしまったのだ。
それは偏に、エルスには仲間達が居り、魔王には居なかったと言う事に起因している。
逆説的ではあっても、もしもエルスが魔王と一騎打ちをしていたならば、どちらが勝っても到底無事では済まなかったであろう。
それ位に、エルスと魔王の力は互角と言って良かったのだ。
アスタル達はその事実を知っている。
結果としてその事実を理解しているだけでは無く、実際に手合わせして出した結論も踏まえてそう判断していたのだった。
ただジェルマは……いや、シルカとメルカや他の少年少女達にしても、その事実を知らない。
そして知っていたとしても、やはり受け入れはしなかったであろう。
「分かった分かった。そう言う事は、俺を倒してから言うんだな」
今、その事実を
それが分かるエルスだから、多少強引でも多対一と言う変則の戦闘を提案したのだった。
もっともエルスの物言いは、ジェルマの心に燃え盛っている火にドンドンと油を注いでいるのだが。
「残念ながら―――」
「こうなってもうたら―――」
「ウチ等も戦わんゆー訳には―――」
「あきまへんな―――」
先程は恭順を申し出ていたシルカとメルカも、完全に敵対する事を宣言した。
ただそんな言葉を聞く以前に、エルスには彼女達の考えが読めていたのだが。
面倒ごとを避ける為だけに、思ってもいない事を口にしてその場をやり過ごそうとする彼女達の魂胆を、エルスは確りと見抜いて逃さなかったのだ。
「ああ。お前達が加わった処で対して変わらないけど、そうしてくれる方が俺としても助かるよ」
エルスの言葉に、双子の眉がそれぞれ左右片側ずつ吊り上がる。
それを見たエルスは、本当に合わせ鏡みたいだな……と感心していた。
「それで……どの様な形式での戦闘とするのでしょうか?」
アスタルがエルスにそう問うてきた。
実践稽古には様々なスタイルがあり、一撃を喰らえばすぐに退場となるものもあれば、立ち上がれるうちはどれだけ打ちのめされても戦って良いと言うルールのものもある。
「そうだな―――……。それじゃあ……と言う物を用意して……てくれ」
「そ……そのような物を!?」
エルスに耳打ちされたアスタルは、驚きの表情を浮かべながらもその意図を理解して可笑しそうに頷いたのだった。
「……それで……これはどういう事なんだ?」
エルスの用意させた格好をしたジェルマが、体中を震わせながらエルスに詰問する。
勿論、彼の身体が小刻みに震えているのは、何も寒いからでも、嬉しいからでもない。
怒りと屈辱で、今にも爆発しそうだったからに他ならない。
「あ―――、うあ―――」
「……いけません……エルナーシャ様」
そしてジェルマを始めとした魔王親衛隊の姿を見たエルナーシャは、彼女を抱くレヴィアの腕から今にも抜け出そうと言う位に身を乗り出していた。
更にアスタルとリリスなどは、必死で笑い声を抑え込んではいるものの、全身が激しく揺さぶられて一向に隠せていない。時折声まで洩れる程であった。
今、ジェルマたちは、エルスの用意した兜や戦闘帽、ハチマキなどを身に付けている。
―――そこに付けられた、色とりどりの紙風船と共に……。
頭の上に風船を付けた少年少女達が揃うと、正しくそこは幼年学校の様であり、生徒がレクリエーションの準備をした姿に似ていた。
エルスの思惑は兎も角、彼等にしてみれば屈辱以外の何物でも無かったのだ。
「どうもこうも無いよ。俺がお前達の風船を割る。お前達は俺に割られない様、防御なり反撃をすればいい。風船を割られた者は戦闘不能、すぐに壁際へと退くんだ。俺が全員の風船を割れば俺の勝ちって事だ」
ある程度の予想を付いていたのだろうが、改めて説明されてもジェルマたちは納得できなかった。
こんな子供だましの稽古など、今の彼等には物足りないと思えたのだ。
ジェルマを始めとしてここに集う少年少女は、その容姿から想像出来る年齢よりも長く生きている。
実際の年齢で言えば、ジェルマが25歳、シルカとメルカが23歳。
その他の少年少女達も、だいたいそれくらいの年齢だった。
言わばエルスと同年代……年上の者も居るのだ。
そんな彼等に、羞恥プレイとも取れる姿をさせられれば反感も募ると言うものだった。
「……それで……我等はそれぞれ得意とする武器を用意している訳だが……何故お前の持っている武器はその様に細い棒きれなんだ?」
ジェルマの言った通り、彼等はそれぞれの武器を持参して持っている。
それは稽古用……等では無く、実際に刃の付いた真剣だった。
または強力な魔法を使う為の法具などを用意していた。
それに対してエルスの持つ武器……と言えるかどうか、彼の握っているのは魔王城の外で拾って来た木切れだった。
「余裕のつもりか? そんな棒っ切れでは、俺達の攻撃を受ける事も出来ないだろうに」
エルスを
「……ん? 大丈夫だよ? お前達の攻撃をこの棒で受ける事なんて無いと思うからね」
それに対したエルスの返答が、逆にジェルマの顔を真っ赤にさせたのだった。
怒り心頭のジェルマは、気負い過ぎる位に戦闘準備が整っている。
そしてエルスを取り囲む様にしている候補生一同も、ジェルマと同じ様な表情をしていた。
「さっきは頭に血ぃ昇らせてもうたけど―――」
「はい―――。エルス様の余裕―――」
「あれは決して、強がりなんかやおまへんな―――」
「……要注意―――」
「……どすな―――」
そんな中でただ二人、シルカとメルカだけは先程の逆上状態から立ち直り、冷静に事の成り行きを見つめている。
もっとも、どれ程シリアスな表情を作った処で、その頭の上にある風船が全てを台無しにしているのだが。
「じゃあ、俺達がお前をここで殺してしまっても……いいって言うんだなっ!?」
ジェルマの声には、苛立ちと怒りが爆発寸前に含まれていた。
「だから無理だって言ってるだろ?」
エルスのその返答が引き金となり、ジェルマを筆頭に候補生たちが一斉に動き出したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます