圧倒的な多対一
真っ先にエルスへと斬りかかったのは、当然と言うべきか彼に一番近い場所で待機していた者達だった。
四方……4人の少年少女が、殆ど同時にエルスへと攻撃を仕掛けた。
その太刀筋、そして息の合った攻撃は、その見た目とは裏腹に凶悪なものだった。
しかし。
「き……消えたっ!?」
少年達の攻撃は、そこに居た筈のエルスを捉える事が出来ずに空を切ったのだった。
当たると思った直前に目標を見失い、空振りした彼等は大きく体勢を崩して隙を晒す事となった。
だが予想された反撃が来ることも無く、彼等はただエルスの姿を探すより他なかったのだ。
「ど……どこにっ!?」
「ここだ」
それまでエルスを包囲していた集団の外側から、問い掛けに対する答えが投げ掛けられた。
その場にいる全員に悟られる事も無く、エルスはそれまで居た中心部からの脱出に成功していたのだった。
「何時の間にっ!?」
誰かが思わず溢した呟きだったが、それはどうにもおかしな問い掛けだった。
いつの間にも何も、つい先ほどまで集団の中央に居たのだから答えるまでもない。
しかしその場にいる誰も、そんなツッコミなどする者はいなかった。
それほどに衝撃的な事だったのだ。
「恐ろしく―――……」
「速いどすな―――……」
集団の輪より少し離れていたシルカとメルカも、エルスの声がするまで彼が何処に居たのか分からなかったほどだ。
彼女達の驚愕の呟きも理解出来ると言うものだった。
「さ―――て。こっからが本番だ。掛かってこい」
別段気負った様子も無く、目の前の少年に話し掛ける様な声音でエルスがそう言った。
呆けていた少年だったが、我を取り戻したのかその手に持つ武器を振り上げて……振り下ろす。
その直後。
「いてっ!」
大きな炸裂音をさせて、その少年が頭上に付けていた紙風船が割れた。
それはそのまま、稽古の脱落を意味し……。
―――エルスに敗北した事を告げるものだった。
「慌てていたとはいえ、振りが大きすぎる。距離もお前の武器には合っていないだろ? 不意を突かれた時こそ、一度距離を取る事を心掛けないとな」
負けが確定した少年にそう告げたエルスは、すぐにその場から移動した。
エルスがそれまでいた場所には、剣と槍と斧の一撃が襲い掛かったのだが、それを察知していたエルスが余裕をもって退避していたのだった。
「相手の人数が多い時は、立ち止まる事が一番危険だからな。武術では“残心”なんて型もあるけど、あれはあくまでも心の持ちようだ。戦場で残心なんてしてたら、すぐに討たれるから注意しろよ」
素早く動き回りながら、エルスは誰に言うでもなくそう言葉にしていた。
果たして、それを何人の者が聞いていたのか。
血気に逸る候補生達に、エルスの言葉は届いていないのかもしれない。
「おっしゃる事は―――っ!」
「もっともどすな―――っ!」
だが中には、エルスの言葉を聞き留めている者達もいた。
エルスの避ける方向を先読みしたのか、シルカとメルカが彼の死角となる場所から、二手に分かれて斬りかかって来たのだ。
流石は双子とでも言おうか、その攻撃には一糸も乱れた所がなかった。
そしてその斬撃ですら、瞬間的にギアを上げたエルスが消えたと思う様な動きで回避したのだった。
「不意を衝くのは良い考えだけど、攻撃時に声を出してたら意味がないな」
クスリと笑いを溢しながら、エルスは二人にそう指摘した。
もっとも、二人が声を出したのは攻撃の当たる直前であり。
「あの刹那で攻撃を躱せるんは―――」
「あなた位のもんですえ―――」
普通の者ならば、二人の言った言葉を理解する前に絶命していた事だろう。
シルカとメルカは歯ぎしりしながらも、エルスに対して感心した言葉を絞り出していた。
勿論、エルスの言う事を全く解しようとしない者も居る。
「ゴチャゴチャと……言ってんじゃねぇ―――っ!」
正面から、堂々と、何の策も無く。
大きく剣を振りかぶったジェルマが、エルスに向かって疾駆していた。
その気迫は、周囲の候補生達が道を譲る程のものであったのだが。
「だから―――……そんなにあからさまに攻撃して来てどうする……ん?」
溜息交じりに苦笑を浮かべたエルスが、そう呟いて何かに気付いた。
「おお!? やるな」
そして感心した様な声を上げる。
エルスの身体には、魔法で造られたと思しき細い糸が、彼を拘束しようと絡みついていたのだった。
それを成したのはやはりと言おうか……シルカとメルカだった。
ジェルマの登場に動きを止めたエルスへと、その間隙を逃す事無く魔法を仕掛けたのだ。
「でも……」
それに気付いたエルスだが、特に慌てた様子も焦った表情も浮かべなかった。
「よし、シルカ、メルカッ! そいつを抑えてろっ!」
嬉々とした表情を浮かべて、ジェルマが更にエルスへと肉薄する。
「言われんでも―――」
「そうするつもりどす―――」
合わせ鏡の姿で手を翳してエルスを拘束する双子が、ジェルマの言葉に答えた。
ただし残念ながら、その言葉通りに実践する事は出来なかったのだが。
「まだまだ、魔法の強度も深度も足りないな」
エルスが僅かに体を動かしただけで、彼に巻き付いていた魔法の糸が……引きちぎられた。
糸はその数を増せば、強度も上がり切れにくくなる。
ましてや二人掛かりで無数の糸を作り出しエルスを拘束していたのだ。
決して容易にほどける様な代物では無かった。
更には引きちぎる等、それはシルカとメルカの想像の埒外だった。
そして。
「お前は考え方から何から、基本からやり直しだな」
エルスはジェルマの攻撃をアッサリと躱し、その流れのまま彼の頭にあった風船を叩き割ったのだった。
「く……くっそ―――っ!」
悔しさの余りに絶叫するジェルマと。
「く……」
二人して同じように悔しがるシルカとメルカであった。
それから数時間の後……。
練兵場には、風船を叩き割られた少年少女達が
随分と時間がかかったのは、エルスがすぐに決着を付けなかったからだ。
エルスは全員に少なからず攻撃の機会を与え、それを躱した上で問題点を指摘し、それから風船を割ったからに他ならなかった。
勿論、戦いの最中である。
エルスの指摘をどれだけの者が聞いていたのかは分からなかったが。
「う―――っ! あ―――っ!」
疲れ果ててガックリとしている少年少女達は、声すら上げる事は出来なかった。
いや……悔しさの余り、声を出す事が出来ない者も少なくなかった。
そんな中で、エルナーシャだけはエルスの姿に興奮したのか、大きな声を上げてエルスの方へと身を乗り出していた。
そんなエルナーシャと、彼女を抱くレヴィアの元へと歩み寄ったエルスは、彼女からエルナーシャを受け取り抱き上げていた。
「いやいや、流石ですな」
そんなエルスの背後から、アスタルが感心した様に声を掛けながら近づいて来た。
「戦闘中に個々の問題点を指摘されるとは……。誰にでも出来る事ではございませんぞ」
絶賛に近い言葉を投げ掛けるアスタルだったが。
「もっとも―――何人がその言葉を聞いているのかは―――疑わしいですが―――」
アスタルの手放しな賞賛に対して、リリスは本質的な問題点を指摘した。
エルスに手も足も出なかった……出せなかった候補生達だが、だからと言ってエルスを認めたかと言えばそうとも言い切れない。
「ああ。でも、とりあえずは俺の言う事も聞いてくれるだろ。それをどう活かすかは、結局のところ彼等次第だからなぁ」
エルナーシャをあやしながら、エルスはそう返答した。
どれほど身になる事を教授しようと、それを受け取る者がどの様に活かすかで結果は決まってしまうのだ。
兎に角これで、エルスが訓練を付けると言う事に誰も反論しないだろう。
そういう雰囲気で今日は終わり……となる筈であったのだが。
「失礼しますっ!」
練兵場の扉が開き、外から兵士が入って来た。
そしてエルナーシャとエルス、アスタルとリリスに敬礼をする。
「報告しますっ! “ザンドンの村”付近にて、『王龍ジェナザード』の活動報告が齎されましたっ! それと同時に、多くの
兵士はやや緊張した面持ちで、深刻と言って良い問題を告げたのだった。
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