古き龍達の始動

 兵士の齎した報告は、その場にいた者全てを驚愕とさせた。

 それ程に……凶報といって良かったのだった。

 

「……詳しい話は別室で聞こう」


 アスタルが重々しい雰囲気と表情で兵士にそう告げた。

 そしてそのまま、部屋の出口へと向かおうとしたのだが。


「いや……ここで話を聞こう。此処にはしか居ないしな」


 それをエルスが止めたのだった。

 ここにはエルス、アスタル、リリスとレヴィア、エルナーシャに加えて、親衛隊候補生の面々もいる。

 レヴィアとエルナーシャは兎も角として、候補生達を同席させれば要らぬ不安を煽る事となる。

 だからアスタルは場所を変えると提言しているのだが。


「……分かりました。それで、王龍と言うのは本当なのか? そしてその様子は?」


 エルスの真意を測りながらも、アスタルは彼の提案を採択した。

 そして兵士に、更なる状況の確認を行ったのだった。


「はっ! 間違いなく王龍であるとの事です! 王龍ジェナザードはザンドンの村にて確認され、活動期に入ったと推測されます。未だ大きな動きは確認されておりませんが、記録によれば程なく何かしらの行動を開始すると考えられます。その際、真っ先に被害を受けるのはザンドンの村であると思われます」


 兵士はアスタルに対して彼の知る全ての報告を告げると、再度一同に敬礼して練兵所を退出して行った。

 その間、一切誰も声を出す事は無かった。

 それは礼儀正しく次の指示を待っている……と言う事では無く、余りにも衝撃的な事態に声を出せなかったのだった。

 

 王龍ジェナザードは、龍族の最上位種である古龍エンシェント・ドラゴンに属する龍である。

 古龍は老竜よりも更に知能が高く、世界で使われているほとんどの言葉を解し、また話す事が出来る。

 現存する全ての魔法に精通しており、龍言語魔法の上位に当たる古龍語魔法さえ使う事の出来る最強のドラゴンだ。

 その中に在って「原初の龍」と呼ばれる5頭の最古龍……その1頭がこの王龍だった。

 

 アスタルとリリスはその事を知っている。

 しかし、如何に魔界に住んでいると言っても、古龍について詳しい事を知る者は少ない。

 当然、ジェルマやシルカにメルカ、その他の候補生達は、王龍に付いて噂だけしか知らなかった。

 もっともこの場合、その“噂”が問題であった。

 言い伝えと言って良い程の“噂”に至っては、殆ど伝説に等しい。

 話には尾鰭おひれがつき、誇張され、拡大解釈を繰り返した結果、その存在は“触れ得ざる者”となり、魔界に住む人々の心に深く刻み込まれていた。

 勿論、候補生達の誰一人として例外など居ない。

 全員が蒼い顔となったまま立ち竦み、中には震え出す者も少なからずいる程であった。


「エルス様。王龍……いえ、古龍に付いてはご存じで?」


「ああ、知ってる」


「それでは『原初の龍』については?」


「知ってるよ。何度かやり合った」


 そしてエルスは、古龍の事を他の誰よりも知っている様であった。

 もっとも、シレッとそう答えるエルスを、アスタルとリリス、レヴィアは呆けた顔で見つめるより術はなく、他の者に至ってはエルスが何を言ったのか理解さえ出来ていなかった。


「王龍ってのは会った事無いけど、あれだろ? 『原初の龍』の1頭。助かったよな―――……」


 まるで世間話でもしている様に話し続けるエルスに、他の誰も付いて行く事が出来ずにいたのだった。

 伝説級の怪物を相手に、やり合った事があるだの、助かっただの……。

 何をどう考えればその様な言葉が出て来るのか、誰一人てして理解出来ないのも仕方のない事だった。

 

「でもなぁ―――……どうせあれだ。『力を示せ―――』とか言われて戦う事になるんだよ。まいったなぁ―――……。今はメルルもシェキーナも、カナンもいないから、今の俺一人で相手が務まるかどうか……」


 一頻りそう独り言ち、エルスはそこで考えこんだ。

 漸く話が途切れたと言うのに、誰もエルスに質問などしようとしなかった。

 それどころか目を点にしたまま、僅かでも動けないでいたのだ。


「お……おま……お待ちください!」


 辛うじて再起動を果たしたアスタルが、何とかそうエルスへと声を掛ける事に成功した。

 このままエルスの考えだけを先行させては、話が到底噛み合わない事は皆が考えていた事だった。

 エルスがアスタルへと目を向けると、彼は猛然と質問を口にしたのだった。


「エ……エルス様は、古龍と……『原初の龍』とた……戦った事がおありで?」


 伝説に近しい古龍と戦った……等と言う者は、流石のアスタルも同じ伝説に謳われる一節でしか知らなかった。

 隣で聞いていたリリスも、喉を鳴らしてその答えを待っている。

 

「ああ、あるよ? 人界で『聖龍』と『邪龍』と戦った事があったなぁ―――……。聖龍は話の分かる奴で助かったんだけど、邪龍の奴はめんどくさかったな―――……。『お前のような奴は久しぶりだ』……なんて言って、一向に戦う事を止めてくれなかったよ……。本っ当―――に、めんどくさかったなぁ……」


 エルスは話しながら、本当に辟易したと言う様な表情を作った。

 この魔界にも原初の龍である「聖龍」と「邪龍」の伝説は残っている。

 そんな神にも等しい存在と戦った等……彼等には到底想像もつかない事である。

 そして歴代魔王の誰も、原初の龍と戦った事など無かったのだった。


「それ……それで、今回の王龍にもエルス様が対応されると……言う事なのでしょうか?」


 エルスの話のスケールが余りにも大きく、且つ妙に生々しい事もあり、アスタルはそれ以上その真偽を確かめる様な事はしなかった。

 ……いや、諦めたのだった。

 その代りとでも言おうか、彼は早速王龍への対応について質問した。


「ああ、そのつもりだけど……何か不味いかな? やっぱりこの魔界の事は、魔族で対応したい……とか?」


 エルスは口にしたスケジュールが、自分も参加すると言う態で語られている事に気付いてそう問い返した。

 すっかりアスタル達と溶け込んでいるエルスは、自分が人族で“余所者”であると言う事を失念していたのだった。


「い……い―――え――――。此方としては―――願ってもいない事です―――」


 アスタルの代わりに、リリスがそう返事をした。

 事実、アスタルとリリス……それにここには居ないがべべブルを加えたとして、現魔族軍を総動員しても、古龍に太刀打ちできる目算など立たなかったのだ。

 それが、過去に古龍と戦ったと言うエルスが加わると言うならば、これ以上に頼もしい事は無い。


「それで―――ザンドンに向かう構成ですが―――。私とアスタルは当然として―――」


 リリスは、先程エルスの口にした事を気に掛けていた。


 ―――この場には当事者しかいない。


 エルスとアスタルとリリス、そしてレヴィアとエルナーシャ……。

 エルナーシャとレヴィアは論外だとして、他にこの練兵場に居るのは……魔王親衛隊候補生だけである。


「ああ、彼等もつれて行く」


 エルスはリリスの質問の意味を汲み取って、簡潔に答えた。

 それには、アスタルとリリスも驚きを隠せないでいた。


「レヴィアとエルナはこの城で待機だな。流石にエルナを連れて……」


「お待ちください!」


 エルナが話を続ける中、アスタルがそれを遮る様に言葉を挟んだ。


「彼等はまだまだ未熟です! 龍族の終結する地へ向かわせれば、無駄にその命を散らすだけです!」


「……だろうなぁ―――」


 アスタルの猛抗議に、エルスも深く頷いて同意した。

 余りにもあっさりとアスタルの意見を認めるエルスに、アスタルは彼の真意を測りかねていたのだが。


「……彼等を……当て馬に使おうと言う事なのでしょうか?」


 いつになく真剣に、そして普段の間延びした言葉遣いをせず、リリスが強い眼差しでエルスを見つめてそう言った。

 確かに、人数を揃えれば龍族たちの気を引く事は出来る。

 囮と言う事ならば、どれだけ未熟な少年少女達であっても熟す事は可能だろう。

 だが、それはつまり……。

 

 死……を意味する事となる。


 大挙する龍族を相手にして、彼等が生き残る術は……ない。

 逃走を図れば生存の可能性もあるだろうが、作戦によってはそれすら許されない事もある。

 何より、もしもそれで生き延びたとしても、敵前逃亡と言うレッテルを張られる事は想像に難くない。

 若い彼等に多くの耳目を引き付け、少数精鋭で王龍と戦う。

 エルスの考えがそうなのではないかと、リリスは危惧したのだ。

 そしてリリスとエルスのやり取りを見ていたジェルマやシルカにメルカ、その他の候補生達も、強張った表情に息を呑んでその答えに耳を傾けていた……のだが。


「ん? いいや、違うよ? 彼等には俺たちの戦いを見て貰うだけだよ?」


 エルスはサラリと、そして事も無げにそう答えたのだった。

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