ザンドンの村へ

 唖然とする一同を尻目に、エルスの一人語りは続いている。


「今回、王龍と戦う事になっても、それは俺とアスタル、リリスだけで行う。他の竜達には手出しさせないし、他の者も助力は必要ない。それだと、話がややこしくなって無用な被害が出るからな」


 エルスの言う事はもっともで、そこにアスタルとリリスも異論はない。

 だからこそ、魔王親衛隊候補生の面々を連れて行く事に疑問が生じるのだが。


「で……では何故、彼等を連れて行くのですか?」


 正しくその疑問をアスタルは口にした。

 リリスは相も変わらず厳しい顔でエルスを見つめている。


「さっきも言っただろ? 彼等には今後の為にも、俺達の戦いを見ていてもらう。特に遭遇も稀な古龍の姿とか、その戦いっぷりを見ておくことは、今後の彼等に有益だからなぁ―――」


 エルスの話を、アスタルは未だ驚きを隠せない表情で聞いていた。

 一方でリリスは、その厳しかった表情を緩和させ、漸くいつもの表情に戻っていたのだった。

 そしてエルスの話はまだ続く。


「先に言っておくけど、多分……誰も死ぬ事は無い。古龍は俺達よりも遥かに頭のいい種族だから、無駄な殺戮やら戦いは好まないんだ。その反面、長い休眠期から明けて“面白い事”に飢えてる。特に人と戦いが何よりも好きみたいなんだ」


 エルスはこれ以上ないと言ったくらい面倒臭そうにそう言ったのだった。

 その言葉で、漸くアスタルも平静を取り戻したのか、幾分落ち着いた表情となって頷いた。


「体を―――動かすと言うのはつまり―――戦うと言う事なのでしょうか―――?」


 元の間延びした言葉遣いとなったリリスが、エルスへと確認の為にそう質問する。

 エルスはガックリと首を項垂れる様に頷いた。


「そうなんだよな―――……あいつ等にとっては、寝起きの運動程度なんだろうけど、こっちは必死に戦わないといけないんだよなぁ―――。勿論、古龍も攻撃して来る。それも考えられない程強力な攻撃ばかりだから、下手をすれば……死ぬかもしれないけどな」


 何でも無いと言った風に話すエルスに、リリスはクスリと笑い声を洩らす。

 アスタルもそれに釣られて笑い顔を作るが、流石に顔は引きつったままだ。


「勿論、必ずしも戦いになると言う事じゃないけどな。ほぼ、十中八九、戦わないとダメだろうなぁ―――。その上で、彼等の要望とこちらの希望を話し合う……って流れになると思う」


 アスタルとリリスが、エルスの言葉に深く頷く。

 

「その流れをこいつ等に見せておこうと思う。龍族の集まる場所へと出向くんだ、絶対安全とは言えない。だが、そこは俺が……俺達が何とかするしかない」


 再びアスタルとリリスが強く深く頷いた。

 次代を担う若者を護るのは、先達の役目だ。

 二人の同意を確認して、エルスも頷いて返した。

 そして翌日、問題となっているザンドンの村へ向かう事となったのだった。




 翌日早朝。

 魔王城中庭の広場に、ザンドンの村へと向かう一同が集まった。

 残念ながら、親衛隊候補生の数は3分の2に減っていた。

 エルスに……人族に負けたと言うショックから立ち直れなかった者も皆無では無いが、何よりも伝説級のバケモノと戦う……その近くに赴くと言う事に決心がつかなかった者も居た様だった。

 それは……仕方がない。

 決して、臆病者とそしるなど出来ない事だ。

 心の奥底……本能に植え付けられた恐怖を払拭する等、誰にでもできる事では無いのだから。

 それでも、ジェルマやシルカにメルカと言った主だったものは、この場に参集していた。

 勿論、その表情は……緊張と恐怖で蒼ざめてはいたが。

 そんな彼等を、エルスとアスタル、リリスは温かい目で見つめていた。


 魔王の盾となるべき親衛隊に求められるものは、正しく何物にも立ち向かえる“勇気”だ。

 明らかに勝てない……刃が立たない相手に対しても、親衛隊は立ち塞がらなければならない事もある。

 無謀で無駄な行為であっても、それが魔王を護る為……それが存在意義なのだから仕方の無い事である。

 その様な恐怖を克服する力は、誰かに言われて絞り出せるものでは無い。

 それが分かるエルス達だからこそ、今集まっている者達が頼もしく思えるのだった。


「ここからザンドンの村まで、2日の行程であるっ! そこまでは何もない行軍となるが、皆、親衛隊候補生だと言う気概を以て行動せよっ! ザンドンに着いてより、新たな指示を与えるっ! それまでは各自の判断で行動する様にっ! いいなっ!」


 アスタルが一同を前にして檄を飛ばす。

 そして親衛隊候補生の少年少女達は、緊張した面持ちながら力強く返事をする……と言う場面だったのだが。


「わ―――っ! うわ―――んっ!」


 エルナーシャが大泣きしており、そんな引き締まった場面も台無しとなっていた。


「おいおい……どうしたんだよ、エルナ?」


 先程からエルス、リリス、レヴィアの3人掛かりであやしているのだが、エルナーシャは一向に泣き止む気配を見せなかった。


「……これは……エルナーシャ様は、エルス様と離れる事が……嫌なのでは無いでしょうか……?」


「……マジかよ―――……」

 

 レヴィアの口にした考えに、エルスは呆れたように情けない声を出した。


「エルナーシャ様―――? エルス様と共に―――行きたいのですか―――?」


「あう―――」


 リリスの問い掛けに、エルナーシャは頷いた……と言う事は無いが、幾分泣き止んでそう声を出した。

 それを見たエルスは、益々脱力してしまう。


「遊びに行くんじゃないんだけどな―――……」


 エルスの考えでは今回、余程の事が無ければ大事にはならない筈である。

 そう考えれば、エルナーシャの同行を許しても、何ら問題はない。

 しかし……絶対ではない。

 そんな安全も安心も不確定な場所に、未だ幼子のエルナーシャを連れて行く事は憚られたのだが。

 

「……エルナーシャ様は……行くつもりの様です……」


 エルスにしがみ付いて離れようとしないエルナを見て、レヴィアが僅かに表情を崩してそう言った。

 エルスも、自分の胸にしがみ付くエルナーシャを見て、深く大きな溜息を吐いたのだった。


「……仕方ないな……。レヴィア、君も同行してもらえるかい? エルナの面倒を見てくれ」


「……畏まりました……」

 

 エルスの言葉に、レヴィアは深く腰を追って了承したのだった。

 新たにエルナーシャの準備に時間を割いたものの、一行は予定通り魔王城を出発したのだった。




「お前達、何時でも離脱できる準備だけはしておけよ」


 行軍が始まって暫くの後、ジェルマが周囲の者にそう耳打ちをしていた。

 

「何どす―――?」


「もう、逃げ出す算段どすか―――?」


 彼の近くに居たシルカとメルカは、ジェルマに対して蔑む様な視線を向けてそう問い返したのだった。

 それを受けてジェルマは、顔を真っ赤にして反論する。


「違うっ! 俺はあいつを……人界の勇者を信用していないだけだっ!」


 必死の反論も、薄っすらと笑みを浮かべた双子には通用していない。

 だからだろうか、ジェルマは更に持論を展開した。


「あいつは……王龍には勝てない。いや……戦うかどうかも怪しいものだ。そしてアスタル様やリリス様も、やはり勝てはしないだろう。当然、俺達だって束になって掛かっても勝てる訳がない……。そうなったら、俺達はただの……犬死になっちまう。俺は人族の指示で死ぬなんて事は、まっぴらなだけだ」


 ジェルマの言葉には、多分に思い込みと……自身の願望が含まれている。


 ―――エルスが失態を犯せばいい……いや、きっとそうなる。


 彼は疑いなく、そう考えているのだ。

 そしてその考えは、何も彼だけのものでは無い。


「そんな事は―――」


「考えるまでもおまへんな―――」


「ウチ等は危のうなったら―――」


「さっさと逃げさせてもらうつもりですえ―――」


 シルカとメルカもまた、自分達だけは助かるつもりでいたのだった。

 その為には、何を犠牲にして誰を見捨てても……である。

 双子の言葉を聞いて、周囲に居た他の者達も互いに顔を見合わせては頷き確認を取り合っていた。


 もっとも―――。


 彼等にしてみれば内緒の話だったのだろうが。


 エルスは勿論、アスタルやリリスでさえ、彼等が何を考えていたのか手に取る様に分かっていたのだった。

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