王龍への道

 行軍は何事もなく順調に進み、エルス達一行は2日後、無事に全員ザンドンの村へと到着した。


「全員、停止っ! 次の指示があるまで、その場で待機せよっ!」


 アスタルの号令一下、親衛隊候補生達は思い思いにその場へと腰を下ろして休憩を取る。

 それを横目に、エルス達は村の長に合うべく村長宅へと赴いた。

 勿論、この村で目撃されたと言う「王龍ジェナザード」の所在を確認する為だ。


「龍様はこの村の西……森を抜けた先にある小高い丘に居られます。周囲には強大な龍達を何体もはべらせており、とても近づけるとは思えません」


 村長は思いの外、落ち着いた様子でそう語ったのだった。

 本来、人と龍はきちんと住みわけをして来た関係にある。

 人は龍のテリトリーには入らず、龍も人のコミュニティーを戯れに襲う様な事は無かった。

 この村も、王龍の襲撃を受けた訳では無い。

 そしてもしも、龍の襲撃を受けたなら……。


 それは天災……として、人々は諦めているのが現状だった。


 どうあがいても、一般人に龍の襲撃を抑え込む事は出来ない。

 腕に覚えのある戦士であっても、複数人が総掛かりで対して漸く退けられるのだ。

 それが今回は、無数の竜を引き連れた王龍が出現したのだ。

 これには、村に居る誰もが諦めの境地に近いものを感じて覚悟しているのだった。


「情報を感謝する」


 アスタルが短く感謝の意を示して、エルス達は長老の家を後にした。

 龍の襲撃によって、村が被害を受けていない事は何よりと言えた。

 しかしただそれだけである。

 状況は何ら好転した訳では無い。


「これから、如何なさいますか?」


 エルスの後に続くアスタルがそう声を掛けた。

 このまま真っ直ぐに西へと向かえば、ほぼ間違いなく無数の龍が待ち構える場所に出てしまう。

 だが集結している龍の総数が分からない以上、迂回して向かうにも時間だけをろうしてしまうのだ。


「……ん? 真っ直ぐ西に向かうよ?」


 もっとも、エルスから返って来たのは何ら策の無い、紛う事無き一点突破と言う回答だった。

 引き攣った笑いを浮かべるアスタルに、リリスは笑いを堪えるので必死な様だった。

 

「途中で龍族が現れたんなら、俺達で対処しよう。老竜エルダー・ドラゴンが現れたなら、俺達が話をしたがっていると伝えて貰う事も出来る。まず第一の目的は、王龍と話す事……だな」


 なんとも力任せな作戦ながら、現状はそれしかないと言うのも実際だった。

 何時、王龍が動き出すのか分からない以上、時間は無いという態で行動するしかないのだ。

 そして、王龍を始めとした龍族が暴れる様な事にでもなれば、戦力的に低下している今の魔界は、あっさりと蹂躙される事も想像に難くない。

 結局アスタルもリリスも、エルスの言葉に頷くしかなかった。





「りゅ……龍族の待ち構える処へ、真っ直ぐに向かう……のでありますかっ!?」


 ただし、全体を見通せず現況のみを見つめる者にとっては、エルスの案は到底納得出来るものでは無い。

 その最たる者であるジェルマは、驚きと疑いの入り混じった声を大きく張り上げてアスタルに確認の問いを投げ掛けた。

 ジェルマの言葉はアスタルに向けられたものだが、その実エルスを多分に批判しているのが分かるものだった。

 

「ああ、そうだよ? どのみち回り道や抜け道を調べてる時間も無いんだ。多少危険でも、真っ直ぐ最短距離を進むのが一番だろう?」


 そんなジェルマに答えたのは、エルナーシャをあやしていたエルスだった。

 彼のあっさりとした物言いに、ジェルマはキッと鋭い視線を向けるも、当のエルスにその視線は全く届いていない。


「ジェルマ。お前はこの案に反対なのか?」


「当然ですっ!」


 アスタルの問い掛けに、ジェルマは間髪入れずにそう返答した。

 彼にしてみれば、無謀とも思える行いに反対するのは当然の事だと考えていた。

 そしてそれは間違いではない。

 本当に無駄で無意味な作戦ならば、それが上官であろうと魔王であっても、勇気を持って意見を具申する事も必要だろう。

 しかし、物事には道理と言う物がある。


「そうか。ならばお前には、何か別の案があると言うのだな?」


 つまりは代案である。

 何事に付けて反対する事は簡単だ。

 ただしその意見には、必ずその案に取って代わる物が必要なのだ。

 ジェルマはそう問われて、ただその一言を突きつけられただけで正しくぐうの音も出せない状況に陥ったのだった。


「ジェルマ。稚児の如き漫言まんげんを吐くのはよせ。それでなくともお前は……」


「いいさ、アスタル」


 口籠るジェルマにアスタルが更なる注意を与えようとするも、エルスがそれを優しくたしなめた。

 

「俺も昔はああだったさ。もっとも、今もあまり変わらないんだけどな。それに彼等は、将来の魔王軍の中核になるんだろ? 今から型に嵌めてしまっては、更なる成長も期待出来ないだろう?」


 エルスはお道化た口調でアスタルにそう言った。

 エルスは昔……と言ったが、実際のところは数年前までの話。

 それを考えれば随分と早い成長を遂げたとも言える。

 しかし。


「そうでしたか。言われてみれば私も、ほんの200年前までは血気に逸る若武者でしたからな。そう考えれば、ちと頭ごなしに抑え込み過ぎましたかな」


 表情を崩したアスタルが、エルスの話にそう答えるのだが。


「に……にひゃ……」


 エルスは絶句してしまう。

 そして更なる追い打ちと衝撃の事実が彼を襲った。


「そうですね―――……。私も、300年前が懐かしいですね―――……」


 サラリと言ったリリスの言葉が、エルスを硬直させたのだった。

 エルスも余り気にしてはいなかったが、実はこのメンバーではリリスが一番年上なのだ。

 しかも人族であるエルスには到底想像もつかない……百年単位で……である。


「レ……レヴィアはそこまで歳を取っていないよな?」


 エルスは思わず、背後で控えているレヴィアにそっと質問したのだが。


「……私は未だ若輩です……。まだ50年しか生きていませんので……」


 やはりエルスの言葉を奪う回答が返って来ただけであった。





「右のドラゴンはアスタルッ! 左はリリスだっ! 正面の奴は俺が片付けるっ!」


 ザンドンの村を発って早々に、エルス達は下位龍ロウアー・ドラゴンの襲撃を受けていた。

 下位とは言え、ドラゴンは強力な攻撃力を持つ魔獣であり、並の戦士でも苦戦を免れない。

 それを、1匹につき1人で対応しようと言うのだ。

 本来ならば、無謀と言わざるを得ないのだが。


「承知っ!」


「わかりました―――」


 エルスの指示を、アスタルとリリスは躊躇する事無く受け入れて対応する。


硬剣術ハルト・イスパーダッ!」


 アスタルが気合と共にそう叫ぶと、彼の持つ剣が光に包まれる。

 片手剣であるにも拘らず両手剣並みの大きさを持つアスタルの武器だが、彼に掛かればまるで木剣の如く扱われてしまう。

 その武器が魔力の光を纏い、彼の前に立ちはだかるドラゴンに振るわれた。

 信じられないぐらいの切れ味を発揮したその剣は、強固なドラゴンの鱗を易々と引き裂き、瞬時に行動不能へと追いやったのだった。


 豪快なアスタルの戦いぶりとは対照的に、優雅と言って良い戦いを見せるのはリリスだった。


「凍土の遊び子、厳冬の踊り子よ……集いて彼の者をくじ穿うがてっ! 氷柱のサスリカ・踊り子サルタトルっ!」


 ドラゴンと絶妙の間合いを取りつつ、リリスは呪文を唱えた。

 魔法が完成し、ドラゴンの四方八方より出現した巨大な氷柱が、強固な竜鱗を突き破り絶命せしめたのだった。


「流石に魔界屈指の二人だな。大したもんだ」


 ドラゴンを見事に倒した2人へ、エルスが称賛の声を上げて歩み寄った。

 そんなエルスの背後を見て、アスタルとリリスだけでは無く、親衛隊候補生の面々も驚きの表情となったのだった。

 まるで先程まで動いていたかのような状態で止まってしまったドラゴン。

 その長い首には……頭が付いていない。

 エルスが神速の斬撃を以て、ドラゴンが死を自覚するよりも早く命を断ったのだ。

 そしてそれを、この場の誰よりも早く……誰も気付かない程の動きでやってのけたのだった。


「……シル……あんた、あの人の動きが見えたかえ……?」


「いいえ、メル……追う事も敵いまへんどしたえ……」


 驚きの余り、シルカとメルカは互いに確認し合う程であった。

 そしてジェルマは、声すら出せずに目を見開いて呆然とするよりなかったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る