神の社へ
さっきまで泣きじゃくってただら、その寝顔にはまだ涙が流れてただら。
俺は布でそっとその涙を拭ってやって、静かにその場を離れて外に出ただら。
静かな……月の綺麗な夜だら……。
本当だったらこんな夜は気持ちよく寝れるんだら、今はそんな気分になれなかっただら……。
「サーシャ……サーシャね……逃げてきたの」
思いつめた様なサーシャの告白に、俺ぁただ続きを聞く事しか出来なかっただら。
サーシャは一体……何から逃げてきたっちゅーんだら?
「サーシャの村ではね……何年か毎に、山の神様にお嫁さんを送り出さないとダメなの……」
そしてサーシャは、暗い顔のまま話を続けただら。
「今年はサーシャの番で……本当はすっごく光栄な事みたいで……村の人達もみんな『おめでとう』って言ってくれて……。でも……でもね……? お父さんもお母さんも……泣いてたんだ……」
山の神様に嫁入りするっちゅー事は……つまりは人身御供っちゅーやつか……。
山の神っちゅー居らんもんにお供えするんか、山の神を名乗る人食いの怪物に差し出すんかは知らんだら、そうする事で周囲一帯の村は安全を約束されるっちゅー事だらな。
何年かに1回っちゅー事は、多分他の村と持ち回りっちゅー事だら。
「それでサーシャ……何だか怖くなって……お父さんとお母さんのところに帰りたくなって……神様のところに行きたくなくなって……逃げてきたの……」
大粒の涙を流して話すサーシャは、まるで懺悔してるみたいだら。
「逃げちゃダメなのに……戻らないとダメなのに……。もし神様が怒って村に酷い事されたら……サーシャ……サーシャは……」
嗚咽を洩らして涙を流してるサーシャは、まるで何か掴まるとこを探してるみたいだっただら。
だから俺ぁ、サーシャに近づいて肩を抱いてやっただら。
「ベベ……おじちゃんっ! うわああぁぁんっ!」
したらサーシャは俺の胸に飛び込んできて、大声で泣いただら。
俺ぁ抱き付いて来るサーシャを確りと抱き返してやって、優しく頭を撫でてやっただら。
こうしてると、何だか魔王様……エルナーシャ様を思い出しただら。
エルナーシャ様に俺の指を握ってもらった時の感覚……まるであの時の様な気持ちを思い出していたんだら。
背格好は全然違うだら、何だかそんな気にさせられたんだら。
サーシャは結局、泣き疲れたんかそのまま寝ちまっただら。
俺ぁ彼女を寝かせると、毛布を掛けてやったんだら。
さて……困った事になっただら……。
俺には使命があるだら。
西の都へ向かって、エルス様の恰好で一暴れするっちゅー大事な使命がな……。
これはエルス様達の為でもあるし、エルナーシャ様の為でもあるだら。
エルス様達の為……エルナーシャ様の為……そして魔族を代表しているっちゅー立場からも、失敗は許されないだら。
だからこんな所で、余計な事に構ってる暇なんてないだら。
……けんど、流石にサーシャの事は放っておけないだら……。
あんなに幼い子供が、山の神っちゅー奴へと差し出されるっちゅーんは無視出来ないだら。
本当の処、この手の話も珍しくはないだら。
大抵は山の神を名乗る魔獣なり怪物に、安全を約束させる為の生贄を差し出すっちゅー話は良くある事だら。
辺境の村々に起こっとる様々な問題を、統治者はいちいち解決してくれないのが普通だら。
何の武力も持たない貧しい村々では、そうやって問題を先送りにして過ごしているだら。
もっともそんな問題も、魔界では前魔王様のお蔭で殆どなくなっただら。
前魔王様は自ら赴いて……若しくは軍を派遣して、そう言った問題を殆ど解決してしまっただら。
でも人界では、まだまだ残っとるっちゅーことだらなぁ―――……。
山の神っちゅー奴の正体を見極めて、それからここを去るっちゅー事も出来るだら。
場合によっては、その山の神っちゅー奴を退治する事も……今の俺なら出来るだら。
けんどその場合は、メルル様の策を実行するんが難しくなっちまうだら。
ただでさえ強行軍……余計な時間を使う暇なんて何処にも無いんだら……。
「さ―――て……。どうすっかな―――……」
俺ぁ月を見上げて、そう呟いていただら……。
―――翌朝……。
俺ぁまだ夜も明けきらない内に目を覚まして、早々に
勿論、サーシャを放っておいて作戦を実行させる為に移動を開始した……っちゅー事じゃないだら。
結局俺ぁ、サーシャを見殺しにする事は出来なかっただら。
皆には悪いだら、俺ぁサーシャの為に出来る限りの事をする事にしたんだら。
差し当たっては……朝食の支度だら。
適当な獲物と果物を手に入れて、まだ寝てるサーシャのいる塒へと俺は戻ったんだら。
「う……ん……」
眠っとったサーシャが、どうやら目を覚ましたようだら。
そりゃーこれだけ良い匂いがしとったら、眠った子供も目を覚ますってもんだらな。
「起きたんか、サーシャ。顔を洗って飯を食うだら」
俺はまだ寝ぼけ眼のサーシャにそう言ってやっただら。
「ベベ……おじちゃん……? うん……分かった」
もぞもぞと動いとったサーシャは、立ち上がって外の川に顔を洗いに言っただら。
戻って来たサーシャと俺は、出来たばかりの朝食を一緒に採ったんだら。
「サーシャ、俺をその神様っちゅー奴んとこまで案内するだら」
飯を食いながら、俺は昨晩決めた事をサーシャに告げたんだら。
「ええっ!? 神様のところにっ!? ダメだよっ! 神様のお社に行っていいのは、お嫁さんになる女の子だけなんだもんっ! それに女の子以外の人がいると、神様は出てこないんだって……そしたら……」
俺の話を聞いたサーシャは、慌てて俺の言葉に反論しただら。
神様っちゅー奴がどんな奴なんか知らない子供にとっちゃー、決まりを破るっちゅー事は大それた事なんだらなぁ―――……。
もっとも、サーシャは逃げ出した時点で禁を破ってるんだらなぁ……。
「良いから、俺をそこに連れて行けば良いだら。女の子だけだっちゅーんなら、それは俺が何とかしてやるだら」
俺の言っている意味が分かってないサーシャは、頭に疑問符を一杯浮かべて考え込んでしまっただら。
まぁ、どんだけ考えても俺の策は思いつかないだらなぁ……。
「う……うん……分かった」
半信半疑の表情で、それでもサーシャは頷いて了承してくれただら。
「よし、そんじゃあ、とっとと食っちまえ。食べたら早速、移動を開始するだら」
俺はサーシャに考える事を切り上げさせて、朝飯を食う様に促したんだら。
「神様の社は、あの山の向う側にあるの」
サーシャの案内だら、その移動速度も遅くなるんも仕方ないだら。
ましてや山道だら。
俺等が移動するスピードとは比較するまでもないんはどうしようも無い事だら。
驚きなんは、こんな子供のサーシャが、良くも無事に山道を抜けれたっちゅー事だら。
山や森には、獰猛な肉食獣も少なくないだら。
結構な距離があるだら、良く襲われなかったと……サーシャの運の強さを感心していたんだら。
「あそこが……神様の社っちゅーとこか?」
そして俺等は、半日以上を掛けて目的地までやって来たんだら。
途中何回も休んだんは、サーシャの体力を気遣ってだら。
逃げる時は一心不乱で、体力の消耗を考えなかったサーシャだろうだけんど、流石にそうはいかなかっただら。
結構な時間がかかったんも、それが理由だら。
薄暗くなって来た森の中で、俺の問い掛けに、サーシャは緊張した面持ちで頷いて答えたんだら。
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