閑話休題

 メルル、シェキーナ、カナン、べべブルの4人は、エルス達が王龍との会談を終えて魔王城へと還って来た2日後に戻って来た。

 もっとも、戻って来たのは4人では無く……5人だったのだが。

 メルルが新たに連れてきた子供……女の子は「アエッタ」と名乗った。

 彼女は口数の多い方では無かったが、初めて会う面子に動じる事は無く、初めて会う魔族に怯えた様子も見せず、始めて来る魔界にも興味以外の感情を見せなかった。


「メルルの眼に適うだけあって、大した胆力だよ」


 とはシェキーナの言葉だ。

 

「メルル。この娘をどうするつもりなんだ?」


 エルスのこの言葉に、メルルはニィッと口端を吊り上げて笑みを作り上げた。


「この子はなぁ……ウチの“弟子”にするんや。次の代の『メルル』はこの娘やで―――」


 アエッタの両肩に手を置いてエルス達の前へと押し出す様にメルルは彼女をそう紹介し、アエッタは僅かに頬を赤らめると無言で小さくお辞儀をした。

 もっとも、メルルは不老であり歳月では死を迎える事など無い。

 また、戦闘でも彼女を討ち取る事は容易ではない事を考えれば、世代交代等も考え難い。

 メルルの「次代の……」のくだりには、その場にいたメンバー全員が胡散臭い視線を送っていたのだが、メルルにはどこ吹く風であった。


「まぁ、アエッタの事はまた話すとして、それよりもお互いの情報を交換して今後の事を検討しよっか―――」


 メルルの提案に、エルス達は頷いて了承の意を示し、全員が会議室へと集まったのであった。




 会議室に集まったのはエルス、メルル、シェキーナ、カナン、アスタル、リリス、べべブル、レヴィア、エルナーシャ、アエッタの10人であった。

 そうして始まった会議では、まずはそれぞれがどの様な事を行ったのかが当事者の口から話されたのだった。


 その中で最も驚きと好奇の目を向けられたのは……やはりと言おうかべべブルであった。

 

「……申し訳ないだら……。俺ぁ、俺の考えを優先して、メルル様の作戦を遂行する事が出来なかっただら……。アスタル……リリスも……俺ぁ折角、魔族を代表したっちゅーだら、ほんに申し訳ないだら……」


 べべブルの表情には、本当に申し訳ないと言った思いがありありと浮かび上がっている。

 彼自身、己の取った行動に悔いは感じていない。

 だが、やはり作戦を失敗させたと言う思いが強いのだろう。

 今となっては自分の想いを達成したと言う気持ちよりも、反省の色が濃かったのだが。


「……いや―――……。今回の殊勲賞は……べべブルみたいやで―――」


 目を瞑り、“使い魔”より齎された外聞に耳を傾けていたメルルが、面白いものを聞いたと言った表情でそう告げたのだった。

 

「おおっ!」


「まあ―――」


 メルルのその言葉に最も反応したのは、誰あろうアスタルだった。

 勿論、リリスも驚きの声を出してはいるが、アスタル程の声量では無かった。

 今回の作戦は、別に競っている訳でも勝負していた訳でも無い。

 それでもこの面子で一番功績を上げたのが同族のべべブルであると言われれば、アスタルが喜ぶのも仕方の無い事かも知れない。


 メルルの使った「使い魔」とは、何も魔力で作り出した猫だとか、魔法で召喚した鴉だ等と言った“化け物”の類ではない。

 己の魔力を野生動物に仕掛け、遠く離れた場所からでも見たり聞いたりする能力を得る「魔法」である。

 動物に暗示をかけ意のままに操り、情報を得る事も出来る。

 ただしそんな方法では、効果時間も短く多量の魔力を消費する。

 しかも遠隔地にいる術者が操る動物に魔力を供給する事は出来ないので、全くの無駄となってしまう可能性まである。

 メルルの使った魔法「使い魔」は、少量ではあっても凝縮した魔力を動物に植え付け、必要な時にだけ「聞く」事が出来る様にするだけのものだった。

 当然、動物は無作為に動く。

 故に、意図した場所に留まってくれると言う保証も無く、下手をすれば死んでしまっている可能性すらある。

 それでも常時発動では無く、「聞く」だけの機能しか持たせていないので、効果時間が長いのだ。

 それをメルルは、主要都市各所に住んでいる「飼い猫」「飼い犬」「鳥籠の鳥」等に仕掛けていた。

 これならば城や街の様子をつぶさに知る事は出来ない反面、魔法を仕掛けた動物がその場所に長く留まり続ける可能性があり、噂話を聞く程度ならば役に立つのだ。

 そうして使い魔たちの耳を使ってメルルが探った結果、非常に面白い現象が起こっていたのだった。


「まずは……王城やらどの街でも、『魔王エルス』の噂で持ち切りやで―――。特にカナンと併せた噂が群を抜いとるな―――……。タイトルは―――……『魔王エルスの僕、万斬ばんざんのカナン』やって。エルスとカナンで、1万人の兵が詰める砦を地獄に変えたって事になっとるわ」


「なっ!?」


「ほう……」


 メルルの説明にエルスは絶句し、カナンは興味深そうに感嘆の声を上げた。

 落ち込みを見せるエルスに対して、カナンはどこか誇らしそうだった。


「しかし……俺が倒したのは人族の兵士3千人程度だぞ? いくらエルスと一緒等と言われているとは言え、1万人は言い過ぎだろう?」


 そう訂正を加えるカナンだが、その顔は何処か嬉しそうだ。

 そしてエルスは、もはや何かを言う気力が無くなっていた。

 カナンが人族に手を掛けた事について、実のところエルスにとっては二の次であった。

 別にエルスが直接手を下した訳でも、指示した訳でも無い。

 何を敵とし、誰と切り結ぶのかはカナンの気持ち一つだと言う事をエルスは理解していたからだ。

 それに、エルスの護りたいと考えていた人族同士でさえ、戦争と言う名目で殺し合う。

 人が人を殺す事自体に、エルスは特別な感情を抱いてはいなかったのだ。

 ただしそこに、エルス自身も加わっていたなどと口の端に乗せられれば、エルスが落ち込むのも仕方がないと言うものだった。


「シェキーナの方も、十分にアルナ達を混乱させているみたいやで―――。ラフィーネの報告を聞いたアルナは、すぐにでも精霊界へ向かうゆーてたみたいや。まだ出陣したって話は上がってないみたいやけど」


「……ラフィーネ……あの……馬鹿め……」


 メルルの報告を聞いたシェキーナは、憎々しそうな表情を浮かべてそう呟いた。

 シェキーナにしてみれば、あの行動はラフィーネに“エルフの矜持”を思い出してもらいたいものだった。

 もっとも、行き過ぎた強さは反骨精神を飛び越えて、只管に恐怖心を植え付ける。

 そしてシェキーナと相対したラフィーネは、結果としてシェキーナに……延いてはエルスに対する恐怖を募らせたのだった。

 ただし、シェキーナはその事を全く気付いていないのだが。


「……で……や。一番混乱を与えたんは、べべブルの『勇者エルスの活躍』に対する噂やったみたいやな―――。各地で恐怖を撒き散らしとったエルスの噂に被せる形で、勇者エルスの噂が舞い込んだみたいや。それまでとは全く正反対の美談に、アルナ達もかなり混乱してるんちゃうやろか?」


「……」


「……」


 メルルの話を聞き終えたべべブルは、何とも居心地の悪そうに身を捩り……照れている。

 褒められる事に慣れていないのだろうべべブルは、叱責を受け罵られると覚悟していただけに、その心中は正しく地獄から天国と言った処だろう。

 そしてエルスもまた、何とも複雑な心境となっていた。

 長く苦楽を共にして来たシェキーナとカナンは、エルスをまんまと魔王に変える事に成功した。

 そしてやはり長く敵対していた魔族である筈のべべブルが、最もエルスが勇者として称えられる行動を取っていたのだ。

 この結果には、さしものエルスも何と言って良いのか分からずに、そしてどう理解すべきか頭を悩ませる以外に無かったのだった……。


「……さ―――て……。本物の『魔王』になった気分はどないや……エルス?」


「……最っっっっ悪だよ……」


 それはもう意地の悪い笑みを浮かべたメルルの問い掛けに、エルスはこれでもかと言う程に力を込めてそう答えた。


「ま……まぁ、作戦は成功……したんだから、そう落ち込む事は無い……と思うぞ、エルス?」


 エルスの、余りにも見事な落ち込みっぷりに、シェキーナが慌ててフォローする。

 それでもその言葉に自信がないシェキーナの話し様は、どうにもアワアワと滑稽なものとなった。


「そうだぞ、エルス。どのみちお前は『魔王』として認識されていたんだ。それが公言されるなんて、時間の問題だったんだからな」


 一方のカナンは、然して悪びれた様子も無い。

 それどころか、エルスが何を嘆いているのか、今一つ理解出来ておらず首を傾げている。

 そんな彼に、エルスは恨めし気な視線を投げ掛け精一杯の抗議をする以外に無かったのだった。

 

 もう一人の作戦参加者であるべべブルは、どうにも恐縮した様に身を縮めており、この会話にも参加しようとしていない。

 それよりも、身内たるアスタルとリリスからニヤニヤとした視線を向けられ、反論も出来ないでいる。

 今の彼には、どうにも居た堪れない……恥ずかしさで一杯だったのだった。





 一通りの話も終わり、エルスも一頻り落ち込んだのちに、メルルによって今後の方針が打ち出されたのだった。


「アルナ達が此処に来るんも、この調子やったら1、2ヶ月余分にかかるやろ。その時間を使って、ウチ等は出来る限り対策を練って実行する必要がある」


 メルルの引き締まった表情に、一同も頷いて答えた。

 今回の作戦で、アルナ達がこの魔界に来ない……と言う訳では無い。

 あくまでも、彼女達が此処へ来る時間を引き延ばしたに過ぎないのだ。


 ―――全ては……エルナーシャの為に……。


 エルナーシャが早く成長してくれれば、それだけ早く新たな魔王が出現するのだ。

 そうなれば、アルナ達に追われているエルス達が助かる可能性も僅かに芽を見るのだ。

 ただ……今回の作戦で、かなりその可能性も低くなってしまったのだが。

 やがて来るだろうアルナ達に、ただ黙って蹂躙されるつもりなどエルス達は勿論、この世界の住人であるアスタル達にもない。


「エルスは引き続き、魔王親衛隊候補生達を鍛えたってや。カナンとシェキーナは、アスタルとその他の魔族兵を。ウチはアエッタとリリス……んで、魔族軍魔導部隊を教えるさかい」


 メルルの指示に、その場の全員が頷き返した。

 まずは各兵の地力を上げる。

 それが何よりも妨害工作となるのだ。

 そしてそれが延いてはエルナーシャの……魔界の為になる。


 今はそれを信じて、エルス達は各々に与えられた任務に就いたのだった。


 

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