揃い踏む
カナンとの合流、融和を果たしたエルス達だったが、それにより掛かった時間の為に、想定外の事態に遭遇する事となる。
いや……これもある意味……想定内だったのかもしれない。
時間を掛ければ、そうなる事は容易に想像がつく事だったのだから……。
「……むっ!?」
目的を果たしたエルス達は、今度こそ南へと向けて歩を早めていた。
それは
そして……メルルの案を実行する為にであった。
未だメルルより、明確に目的地を告げられた訳では無い。
ただ「南へ」と言うメルルの言葉を信じて、彼等は森を抜けるべく南進していたのだった。
隊の最後尾を走っていたカナンが、異変を察して素早く動く。
隊の右側方へと進んだカナンは、目視困難な居合術で剣を振るった。
それとほぼ同時に乾いた金属音が鳴り響き、カナンに打ち落とされた投擲ナイフが地面へと落ちる。
「……っ! ゼルかっ!」
その光景を見たシェキーナが、カナンの向く方向へと叫ぶ。
カナン以外にはそこに人影を見る事は出来なかったが、先程の攻撃は明らかにそちらから放たれた物であった。
何よりも、高い知覚能力を持つカナンがそちらに気配を感じているのだ。
そして、姿を見せず攻撃を仕掛ける……その様な芸当が出来るのは、エルス達が知る限り一人しかいない。
『……ちぃ……相変わらず、良い眼をしてるぜぇ、カナンのダンナは……』
エルス達も見つめるその先より、やはりゼルの声だけが響いて来る。
しかし以前の様に、その姿を現す事はしない。
そして、カナンも深追いをする様な事をしなかった。
「相変わらず陰気な奴だっ! 姿を見せたらどうだっ!」
シェキーナが、僅かに苛立ちを含ませて挑発する。
『……やめとくぜぇ。今回俺は、足止め役よぉ。メルルにカナンのダンナまでいちゃあ、俺一人だと分が悪すぎらぁ』
だが、そんな軽い挑発に乗るゼルでは無かった。
そして、彼は今回、時間稼ぎに徹するようだった。
昼なお暗い森の中で、闇に溶け込み遅滞戦を徹底されては、エルス達に手の出し様も無かった。
「ご苦労様……ゼル。魔王エルス……やっと会う事が出来たわね―」
何処から攻撃してくるか分からないゼルを気に掛けていては、進軍速度も上がり様が無い。
そして後方より、本命が到着した事を自ら告げたのだった。
一同が振り返ると、そこにはシェラを引き連れたアルナが、狂気とも思える瞳を浮かべた笑みを湛えて立っていたのだった。
「……あれ……が……アルナなの……か……?」
一目彼女を見たエルスが、絞り出すのも困難と言う声音でそれだけを呟いた。
つい先日、エルスがアルナと別れた時、彼女は蒼く美しい髪を靡かせていた。
その髪は陽の光を受けてキラキラと綺麗に輝き、彼女の碧眼とも相まってアルナの魅力を惜しみなく放っていたのをエルスは覚えている。
しかし今はどうだ。
彼女の髪は神々しい金色と言えなくも無いが、整えられる事無く無造作に放り出されていては、お世辞にも綺麗だとは言えなかった。
蒼い瞳には禍々しい炎が宿り、エルスにはとても同一人物だとは思えなかった。
「……エルス……会いたかったわ……」
瞬間、アルナの瞳に以前の柔らかい光が宿る。
「ア……アルナ……。俺も会いたかっ……」
「黙れ、魔王エルスッ!」
エルスがそれを察してアルナへと声を掛けた途端、その言葉を遮ったアルナが吠えた。
そしてエルスは、再び驚愕の表情で動けなくなってしまったのだった。
アルナは、そんなエルスに言葉を続ける。
「魔王エルスッ! お前は此処で殺してやるっ! お前を殺して、エルスから『魔』を浄化してやるっ! ……安心して、エルス。その後、必ず生き返らせるから」
その一人語りを、エルスだけでなくシェキーナも、そしてメルル、カナンも驚愕の表情で聞いていた。
「……メルル」
そして静かに、後方に控えるメルルへとシェキーナが声を掛けた。
「……ほんま……えげつないなぁ―――……。神の奴、アルナに何か入れおったな……」
それを受けたメルルは、シェキーナへと答える様な……それでいて独り言のようにつぶやいた。
「……メルル?」
意味の分からない言葉と、そこに含まれる“違和感”に、シェキーナはメルルに再度声を掛けるものの、それについての返答は戻って来なかった。
そしてその問答は、戦端の火蓋が切って落とされると同時に有耶無耶となったのだった。
相も変わらず不気味な笑みを浮かべるアルナに、カナンが神速を以て間を詰めて斬りかかる。
エルスとアルナの関係を知らない彼では無いが、アルナが「エルスを殺す」と公言している以上、少なからず彼女はエルスの敵なのだ。
敵だと判別がつけば、カナンの取るべき行動は一つしか無い。
正しく、カナンの剣がアルナを捉えようとした瞬間、彼の側面より凶悪な殺気を纏った一撃がカウンター気味に放たれた。
カナンはその攻撃に対する為に、アルナへの斬撃を引き留めて受けるしかなかった。
金属の不協和音が周囲に鳴り響く。
アルナは表情を変える事無く……それどころか微動だにする事無くカナンを見下す様に視線を向けていた。
それは、そうなる事を知っていたかのような態度である。
そしてカナンの攻撃を止めたのは、言うまでもなく彼女に付き従うシェラ=アキントスであった。
「シェラッ! あなたはっ!」
シェラの参戦に動き出したシェキーナであったが、その行動はすぐに急制動を掛けられてしまった。
彼女の足元には長い……長い槍が突き刺さっている。
何処から放たれたのか、その槍がシェキーナの動きを引き留めたのだ。
「ベベルッ! どこだっ!?」
シェキーナの声に、少し離れた大樹の影よりベベルがヌッと姿を見せた。
「ここは感動の再会って事で、水を注すのは良くないな―――」
恍けた口調のベベルに、シェキーナは殺気の籠った目を向けるも、シェラの元へと向かう事は出来なくなった。
ベベルを無視してシェラに迫っては、メルルが危険に晒される。
そして何よりも……ベベルを無視する等と言う事が出来よう筈も無かった。
「ベベルかっ! ほんま、えータイミングで出て来おるわっ!」
悪態をつきながら魔法の準備をするメルルのすぐ傍で、鼓膜を震わす異音が響き渡る。
それはメルルの魔法障壁が、何者かからの攻撃を防いだ音に他ならない。
「お前には、俺がつきあってやるぜぇ……メルル」
「ゼルッ! あんた、えー加減にせーよっ!」
闇より滲み出たゼルにメルルが即座に魔法攻撃を行おうとするも、その都度ゼルの攻撃が魔法障壁を叩きメルルに攻撃の機会を与えない。
各所で戦闘が開始される最中、エルスとアルナだけは刻が止まったかのように動かず、それぞれ思惑の異なる視線を交錯させるのであった。
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