魔王宣言

 次なる仲間の出現は、エルスがシェキーナと再会した、2日後の事だった。


「……ベベル……お前か……」


 またしてもエルスの予想は外れる事となった。

 エルスとシェキーナの前に現れたのは、双槍使いのベベル=スタンフォードだった。


「ああ……俺だ」


 既に2本の槍を構え、臨戦態勢のベベルがエルス達の前に立ち塞がる。

 それに対してエルスは前衛、シェキーナはゆっくりと後退して後衛の位置取りをする。ある意味で普段通り、いつもの布陣である。


「……エルス。俺はお前が本当はどう考えているのか……聖霊ネネイの言葉が本当かどうかに興味はない」


 ただいつもと違っていたのは、相対するベベルの殺気と身構えたその気迫だった。

 いつも飄々とし、どこかやる気を感じさせなかったベベルだったが、今回は今にも飛び掛かってきそうな程の気を発している。

 更に、彼の構えからは隙が伺えず、今までに見てきたどんなベベルとも違っていた。

 

「……ただ世界の為に……の為に……そして俺の為に……死んでくれや」


 言葉を言い切るや否や、ベベルは両手に持った長い槍を、身体の左右で円を描くかのように振り回して疾駆した。

 彼の身長を倍する槍を、ベベルは見事な槍捌きで、己の身体にも地面にも触れさせる事無くっている。

 高速で回転する双槍は、さながら円形の結界をベベル中心に展開している様相を呈し、彼に近づくものを迎撃し切り刻む。

 勿論、彼から近づいても同じ事だった。


「くおっ!」


 その攻防一体技を、エルスは正面でまともに受け止めた。

 金属同士が打ち鳴らす擦過音が響き渡り。

 刃と刃が接触する事で撒き散らす火花が周囲を照らす。

 

「させるかっ!」


 ベベルへと向けて、シェキーナがつがえた矢を即座に放った。

 そのままでは彼の槍による結界に阻まれ、矢は鮸膠にべもなく打ち落とされてしまうだろう。


「ちぃっ! 『月明りルークスルーナ』とはねっ!」


 シェキーナの矢が打ち落とされた直後、ベベルの舌打ちと共にその結界が解除された。

 大きく後退し距離を取ったベベルの持つ槍の柄には、矢が一本突き刺さっている。

 シェキーナの放った矢……その影に射られた二の矢が、異次元を通りベベルの結界を擦り抜けて、中にいる本人を襲ったのだった。


「いやいや―――……容赦ないね―――」


 いつもの恍けた口調に戻ったベベルが、冷や汗を拭う素振りを見せながらそううそぶく。

 

「ベベルッ! 貴様も、魔王になったと言われたエルスの命を狙って来たかっ!? それとも……」


 間合いが取れた事で、シェキーナがベベルの目的を問う。

 シェキーナは、ベベルがアルナと共に行動している事を知っている。

 そして、目的を共にしていると言う事も……。


 しかし先程、彼は若干ニュアンスの違う事を口走っていた。そしてそれを、シェキーナは聞き洩らす事が無かったのだ。


「いいや―――……シェキーナ。そう好意的に考えないでくれ。俺の目的は……エルス―――、お前の命だ―――」


 シェキーナが続けようとした言葉……それは、彼もまたエルスを自身の目で測り、その結果によって己の立場を考えようとしているのではないかと言う事だった。

 もっとも、その考えはベベルによって先んじて否定された。

 

 ベベルは別れた時と同様、“魔王エルス”を討つために現れたと言うのだ。


「……エルスは私にも、何も答えない。だが、彼は今も間違いなく“勇者”だっ! それでもお前は、エルスを討とうと言うのかっ!?」


「ああ……そうだぜ―――」


 シェキーナの言葉に、ベベルは一瞬の間も置かずに返答した。

 余りにも即答だった為、シェキーナの方が喉を詰まらせてしまった。


「……そうか……エルス―――。お前はまだ“魔王”じゃないって言うのか―――……。だったら尚更、お前には死んで貰わないとな―――……」


 そうして、ベベルは真相……その一部を語ったのだった。


「俺が……魔族や魔王では無く……勇者だから……はっ!?」


 ベベルの答えを反芻はんすうしていたエルスは、何かに気付いたのかハッとなり言葉を止めてしまった。

 それは、先日聖霊ネネイに話された事と合致していたからだった。


「……おやおや―――? エルス、お前には何か心当たりがある様だな―――? でも、そうだぜ―――。恐らくお前の考えている通りだ―――」


 槍を地面へと突き刺したベベルは、軽く広げた両手を肩口まで持ち上げて、お道化た仕草でエルスへと声を掛けた。


 各国の王は、魔王亡き後、勇者達の処遇に頭を悩ませている……。


 聖霊ネネイの言葉が、エルスの脳裏に幾度となく浮かび上がった。

 各国の王にあってエルスの存在は、魔王となっては問題だが、勇者のままであっても大問題となっているのだ。

 そして容易に想像がつく。

 何処か一国の戦力として落ち着くのならば、一層の事亡き者とした方が良いのではないかと言う結論に辿り着く事を。

 

 聖霊ネネイが、その想像をエルスに語った通りの事が今、眼前に事実となって立ちはだかっているのだ。


「そうだぜ―――……エルス。王共にとっては、世界の平和にこそ“勇者エルス”が邪魔なんだぜ―――。王共にしてみれば、何処の国に付くか分からないなら、居なくなってもらった方が有難いんだろうな―――」


「全く以てバカバカしい」


 ベベルの口にした説明を聞いて、エルスは愕然とするより他なかったが、シェキーナは唾棄する様に言い捨てた。

 人の野望や陰謀に無縁なエルフの、実に“らしい”言葉とも言えた。


「……ああ……バカバカしいよな―――……。でもよ―――、それが人界の……いや、人間の本質なんだぜ―――」


 ベベルも、シェキーナの言葉を肯定し、溜息交じりにそう付け加えた。


「エルス……ハッキリ言って、お前の存在を俺の雇い主は疎ましく思ってる……」


 表情を引き締めたベベルが、呆然とするエルスへと言葉を投げ掛けた。


「俺の雇い主は、統一国家……“王国同盟”の中でも最大の国土と勢力を持っていてな―――。それでも盟主になれなかったのさ―――……。まぁ、あの性格と能力ならそれも仕方ないんだけどな―――。それでも奴は、それが気にくわないみたいでな―――……。魔王の脅威がなくなった今、すぐにでも同盟を割りたいって考えてるのさ―――……」


「……ふん……浅はかだな」


 ベベルの言葉に答えたのはシェキーナだった。

 確かに、まるで絵にかいた様な野望を推し進めようとするなど、とても一国の王の器とは思えない稚拙さと言えないでもない。


「まあ……そう言うな。奴も“王族”って制度の犠牲者って奴だ……。だが、それを叶えるだけの力が奴にはある。そしてそれを止める事は、誰にも出来ないのさ―――。そこでエルス、お前の存在だが」


 エルスは力の無く顔を持ち上げ感情の籠らない表情でベベルを見た。


「俺の雇い主にとって、お前は……勇者は邪魔だ。私利私欲で行動する奴に、勇者は間違いなく敵対するだろうからな―――」


 エルスが魔族……魔王ならば、これからも統一国家を存続させる意味もある。

 だが、そうでないならば、そう考えない者も多いと言う事なのだ。

 それは即ち、人界の騒乱を示唆しており、正しく聖霊ネネイの言った事に他ならない。


「……ならば……帰ってお前の主に報告しろ……。勇者エルスは……魔族となって……魔王を必ず復活させます……ってな……」


 薄っすらと自嘲的な笑みを浮かべ、エルスはベベルにそう返答した。

 飄々と話していたベベルの表情に、僅かな陰りが生じる。

 そして、後ろでその言葉を聞いたシェキーナが、その顔に断腸の思いを浮かべて地面へと視線を落とした。


「……エルス……お前……マジで言ってんのか……?」


 エルスの言葉が、シェキーナの態度からも真実だと、ベベルも即座に感じ取っていた。

 それでも彼は、直接エルスから確認せずにはいられなかったのだった。

 

 エルスが“勇者”だと頑強に言い張れば、ベベルも割り切って戦う事が出来た。

 しかし、エルス自身の口から「自分は魔族だ」と言い切られてしまっては、ここでベベルにエルスと戦う理由がなくなるのだ。


「ああ……マジだ。帰って、各国の王たちに改めて報告しろ。勇者エルスは間違いなく魔族側に寝返り、いずれは魔王を復活させ、再び人界へと戦争を仕掛けるとな」


 話しながら、エルスの瞳には徐々に力が戻って来ていた。

 半ば捨て鉢ながら、その言い様は自暴自棄となっている訳では無い。

 事ここに至って、エルスは自身の先行きを明確に決断したのだった。


「……そりゃ―――……一大事だな―――……。最初の報告を半信半疑だった王共も、エルス自身の言葉だと知れば信じない訳にはいかないからな―――。俺は戻って、その事を報告する事にするぜ―――」


 クルリと踵を返したベベルは、一切振り返る事無く王都への道へと消えて行ったのだった。

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