エルフ郷
「……うん?」
2本の巨木がまるでアーチを描くかのように寄り添うエルフ郷への入り口で、シェキーナは怪訝な声を上げて立ち止まった。
ここは精霊界……。
昨晩、(メルルとシェキーナが)検討した結果、エルス達はエルフ郷へと向かう事を決定した。
そして今朝、早速精霊回廊を開いたシェキーナに続いて、エルスとメルルも精霊界へと入り込んだのだった。
「……カナンは……放っておいていいのかな……?」
シェキーナとメルルに古城での経緯を聞いたエルスは、ここに居ないカナンの事を気に掛けたのだが……。
「かめへん、かめへんって。落ち着いたらウチが迎えに行くわ。だいたい、あいつを待っとったら、あいつより先に追っ手が来てまうで」
メルルは然して気にした様子もなく、カラカラと笑いながらそう答えたのだった。
シェキーナはその様子を、小さい溜息を吐きながら見ていたが、概ねその意見には賛成だった。
カナンが向かったのは、王城の北……。
南へと向かっていたエルス達とは、大きく距離が開いていると容易に想像出来たのだ。
如何に足の速い獣人だとしても、一足飛びで合流する事など早々出来る訳では無い。
一行は、恐らくはエルス達に好意的で合流してくれるであろうカナンを置き去りに、エルフ郷へと向かっていたのだった。
「……あれ? ここに
立ち止まったシェキーナに合わせて足を止めた一行の内、メルルが周囲を見渡して疑問を口にした。
「……ああ」
それに対して、シェキーナは小さく頷いて答えた。
老竜……エルダードラゴンは、古龍……エンシェントドラゴンに次いで知能の高い魔獣……
神話の時代より生きているエンシェントドラゴンより知能的には劣るものの、強靭な肉体に高い体力、強力なブレスに様々な魔法を使う、この世界屈指の魔獣である。
そして何よりも高い知性を有しており、“龍言語”と呼ばれる言葉で話し、それを理解する他種族とのコミュニケーションも可能であった。
そしてこの地に……エルフ郷に住む老竜「グリーンドラゴン」は、遥か昔にエルフ族と友好を結んでより、この地に足を踏み入れた者を吟味する「門番」的な役割を果たしてくれていたのだった。
時折、食事の為にその場を離れる事はあっても、その殆どをエルフ郷入り口で過ごしており、姿を見ない時の方が珍しいと言って良かった。
因みに、エルダードラゴンは草食であり、特にエルフ郷で生息する果実を好んでいた。
「行こうか」
心に僅かな影を滲ませながらも、シェキーナは表情を変えずにそう言い、エルス達も頷いて返した。
確かに老竜が見当たらないのは懸案すべき事だが、それでも先に述べた通り、必ずその場にいると言う訳では無い。
エルフ族は老竜を従属させている訳では無く、信頼と協力を得ているのだ。
今までにそんな事は無かったとはいえ、例え老竜がこの場より飛び去ったとしても、それについて問題視する事がお門違いと言うものだった。
それにもし、老竜がこの場を去ったのだとしたら、次期族長であるラフィーネに一言あって然りだろう。彼女に合えば、その辺りの事情もすぐに分かるのだ。
シェキーナは即座にそう考え、または自分にそう言い聞かせて、先頭に立ち歩を進めたのだった。
「お引き取り願おうか」
エルフ郷……エルフの村の入り口、その門前で、エルス達は待ち構えていたラフィーネ、そして彼女に付き従うエルフ族の戦士達と対峙していた。
「……何!?」
開口一番、辛辣な言葉を投げ掛けたラフィーネに、シェキーナは動揺を覚えながらも毅然とした態度でそう返答した。
部族の先頭に立ち、凛とした姿で立つ次期族長ラフィーネは、シェキーナに瓜二つの面立ちをしている。
僅かに赤みの帯びた銀髪と、やはり僅かに幼さの残る面持と言う違いはあれど、その堂々とした立ち居振る舞いは正しくシェキーナの妹であると言う事に偽りを感じさせなかった。
そんな、神々しさすら感じさせる二人が相対し、その美しい瞳を交錯させていた。
「言葉の通りだ。あなた達をエルフ郷へと招き入れる事は出来ない」
シェキーナの言葉に、ラフィーネは再度、同じ意味の言葉を綴った。
「その理由を問う前に、我等を村へと招き入れる事すらしないと言うのは礼儀に
シェキーナは、その言葉に少なくない怒気を込めてそう言い放った。
シェキーナの言った通り、エルフ族は“エルフ郷”へと訪れた……若しくは迷い込んだ者に対して、常に寛容な態度で接して来た。
殊更に外交的と言う事では無く、むしろ内向的ともいえる種族だが、それは“エルフ郷”のある場所が“精霊界”であると言う事が大きな理由となっていた。
そもそも、精霊界に訪れる精霊以外の人種は、本当に稀なのだ。
望んで訪れる事が出来ない以上、気軽な往来が可能では無く、また訪れた者も自力で帰る術を持たない者が殆どであった。
そのような場所に在っては、他種族との親密な交流など出来る訳はなかった。
それでも、外の世界の動向……情報は必要不可欠である。
故に、稀に来る訪問者には、余程問題がある場合でも無ければ寛容に接して来たのだった。
「お前達が唯の冒険者ならば問題ない。だが……お前達は……いや、エルス。お前は魔族なのだろう?」
返されたラフィーネの言葉に、シェキーナは息を呑んで絶句した。
そしてそれは、後ろで成り行きを見守っていたエルスも同様であった。
「エルスは……世界の救世主だ。魔王を倒した英雄だぞ。魔王を倒した事で救われたのは、何も人界だけでは無い。このエルフ郷とて、例外では無い筈だな。それでも……お前はエルスを魔族だと切って捨てるのか?」
努めて冷静に、シェキーナはラフィーネへとそう返答した。
それでも、彼女が今にも歯噛みして大声を張り上げてしまいそうなのは、彼女の後ろで見ているエルスとメルルにはお見通しだった。
「……聖霊様が御姿を見せた」
シェキーナの言葉に、ラフィーネはやや沈んだ声で返事を返す。
それを聞いたシェキーナは……いや、エルスとメルルも、ハッとした表情で彼女を見つめた。
そして、その一言で全てを理解したのだった。
聖霊ネネイが、ラフィーネに対してどの様な言葉を語ったのかは定かでは無い。
しかし、エルスが魔族になった……帰属した、若しくは魔王を目指していると言った趣旨のことを言ったのに間違いはない。
そして、聖霊ネネイの言葉は、他の誰が語るよりも重いものなのだ。
「……そして、聖女アルナもここを訪れたのだ」
次いでラフィーネは、その言葉を繋げた。
アルナの名を聞いて、シェキーナ、メルル……何よりもエルスが、ラフィーネに向けて強く視線を向けた。
もっとも……その瞳に込められた色は、三者三様であったのだが……。
エルスはすぐ口を開こうとしたのだが、ラフィーネの姿を見て思い留まった。
彼女は先程と違い、酷く怯えた様に己を抱いており、その身体は小刻みに震えていたのだった。
ラフィーネの異変を感じて、シェキーナが声を掛けようとしたのだが、それよりも先にラフィーネが口を開いた。
「あの……アルナと言う女性は……何者なのだ? 以前訪れた時とはまるで違う……。聖女と言って良いのかさえ、疑問に感じてしまう程の……戦いぶりだった……」
話す毎に……言葉を紡ぐ毎に、彼女の震えは大きくなっていた。それ程にアルナの姿は、ラフィーネに恐怖を植え付けていたのだろう。
そうして、ラフィーネはここであった経緯を静かに……恐々と話し出したのだった。
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