終わりの始まり ―決戦直前 依託―

 メルルがアエッタへと能力の継承を行っていた時間、別の場所ではレヴィアがシェキーナとカナンに呼び出されていた。

 そこは……王の間。

 今は座る者のいない玉座を挟んで、レヴィアとシェキーナ、カナンは向かい合って立っていた。

 

「……この様な時間にお呼びになられた訳を……お話しください」


 レヴィアは相も変わらず、慇懃な態度でそう口にした。

 そんなある意味“お約束”な行動と台詞に、シェキーナとカナンは苦笑いを浮かべたのだった。

 こんな時間……と言える程の深夜。

 急な呼び出しであった筈なのに、レヴィアは常に身に付けている“衣装”を一分の隙もなく着こなしていた。

 

 ―――その衣装とは言わずもがな……メイド服。


 この城内で働く他のメイドとは少し毛色が違う、一種彼女のオリジナルと言って良いメイド服は、その基調となる色が……真紅。

 肩や裾に付いているフリルも、白では無く黒だ。

 ただし、その衣服の上から身に付けているエプロンは白。

 その清廉な白色のお蔭で、暗色の濃い衣装であるにも拘らず清潔感を醸し出していた。

 本当にただのメイドならば、その姿には何処から異論が出るだろうが、彼女はアスタル達より直々に任命されたエルナーシャ直属のお世話係。

 この城でただ一人の存在である「魔王様付き」ともなれば、その恰好に異を唱える者など居はしなかった。

 そして、彼女がこの様な色の衣装を選んでいるのにも訳があった。


「ああ、こんな夜更けに済まないな。実は、私達は明日、この城を発つ。目的は、1週間後に魔界へと辿り着くだろうアルナ達人界軍を迎え撃つ為だ」


 レヴィアの問いに、苦笑交じりながらシェキーナがスラスラとその理由を語った。

 突然と言えば突然と言えるこの明言に、レヴィアは僅かに驚きながらも、何とか冷静さを取り繕う事に成功した。

 

「左様でございますか……。ならば……こちらも軍を動かす為の準備を……させなければなりませんね」


「……不要だ」


 レヴィアが僅かに頭を下げてそう言うも、彼女の言葉を即座にカナンが否定した。

 それにはさしものレヴィアも、訝しんだ表情となって顔を上げたのだった。


「……不要……と申しますと……」


「この城からは、私とカナン、エルス、メルルだけが発つ。他の者は、万一に備えてこの城で待機だ」


 レヴィアの疑問に、シェキーナがその理由を述べた。

 しかしそれにも、レヴィアの疑問が解消された訳では無い。

 人界軍は、装備も気力も充実させた精鋭……1万なのだ。

 如何にエルス達が人の及ばない力を持っているとは言え、やはり4人では分が悪い。

 そんな事は考えるまでもなく、だからこそレヴィアは魔王軍の出撃を提案したのだが。


「……なんだ? 俺達4人だけの出撃に、疑問を感じているのか?」


「い……いえ……」


 余程その気持ちが表情に現れていたのだろう、カナンはレヴィアの顔を見ながら可笑しそうに笑みを浮かべてそう言った。

 考えが顔に出ていた事が恥ずかしかったのか、レヴィアは即座に腰を折り頭を下げる格好となった。


「まぁ、向こうの兵力が1万でも3万でも関係ないが……やはり問題なのはアルナ達だな……」


 シェキーナが、忌々し気にそう吐き捨てる様に言い放った。

 それに対してレヴィアは、驚いた顔を隠せずに呆気に取られて彼女達を見ていたのだった。

 

 兵力1万……と言うのは、決して少ない数字でも、侮って良い数でもない。

 数は力……と断言出来はしないが、それでも強力な戦力となる事に間違いは無いのだ。

 そんな大兵力を前にしても、シェキーナとカナンにそれを気にした様子がうかがえない。

 それがレヴィアには驚きであり、改めて感心させられる処でもあったのだ。


「我等はこの城を後にする訳だが……残されるエルナの事を、宜しく頼む」


 シェキーナの言葉は、改めて言われるまでもない事であった。

 それでもこのタイミングでそれを口にすると言う事がどういう事なのか、レヴィアにもある程度理解出来ていたのだった。


「……エルナ様に……別れの言葉は掛けられない……おつもりですか?」


 レヴィアの低く抑えられた声が魔王の間に響く。

 

「……ああ。あの娘にこの話をすれば、自分も同行すると言い出しかねないからな。何も言わずに……いや、エルナのを終わらせるつもりだ」


 そしてカナンが、レヴィアの問いにそう答えた。

 

「……まさか……エルナ様に……魔法を?」


 カナンの言い様に違和感を覚えたレヴィアが、シェキーナ達にそう問い返した。

 どれ程眠りが深い者でも、翌日には目を覚ますだろう。

 ましてやエルナーシャは、毎朝比較的早く、自発的に目覚める傾向があるのだ。

 そんな彼女が眠っている間に、1週間後に訪れると予測される人界軍を排斥するなど……とても出来るものでは無い。


「ああ。この後、エルナが眠りに付いたら、メルルが『冥府の眠り』の魔法を掛ける予定だ。その魔法に掛かれば、10日から15日は目が覚めないだろう。その間、エルナの世話をするのはレヴィア……お前に頼みたい」


 シェキーナがレヴィアの疑問に答えた。

 魔法「冥府の眠り」には、人を昏睡状態にする魔力が込められている。

 この魔法は本来、治療系の魔法である。

 眠りとは言わば、代謝を抑えて治癒能力を高める、医療行為の初歩の様な物だ。

 それを魔法の力で強制的に行い、魔力によって飛躍的に効果を高めるのだ。

 勿論、エルナーシャには外傷は勿論、病気の前兆も見られない。本来ならば、その様な魔法など必要ないのだ。

 これはあくまでも、エルナーシャを足止めする為の手段に他ならない。

 そして、それが意味するところもレヴィアには察しがついていた。


「……死ぬ……おつもりなのですか……」


 彼女の、余りにもストレートな問いかけに、シェキーナとカナンは互いの顔を見合わせて、思わず吹き出していた。


「いや、俺達は敗けるつもりも、死のうなどと言う考えも持ち合わせていないぞ?」


 カナンが、笑いを堪えながらレヴィアにそう言葉を返した。


「……ならば……何故……」


「アルナ達にはあいつらなりの、目的やら願望があるだろうからな。何がどうなるのかは、私達にも分からない。それ程に、私達とあいつ等の力は拮抗しているんだ」

 

 戦いは、賽を投げてみなければ分からない……。

 そんな事は当たり前なのだが、レヴィアにしてみればその言葉すら信じられなかった。

 シェキーナやカナン、メルルは、レヴィアから見ても信じられない様な高みにいる人物だった。

 そんな彼女達をして、戦いの結果が予測できないと言うのは、正しく想像を絶する事だったのだ。


「レヴィア……お前の能力で、エルナの脅威になる者を除き……彼女を護るんだ。今までもそうだっただろうが、今後はよりお前の力が必要となる時がある。……頼むぞ」


「……何故……その事を……」


 シェキーナの、レヴィアを見透かしたような言葉を受けて、彼女は驚きの表情のまま絶句してしまっていた。

 レヴィアには確かに、誰にも告げていない「能力」がある。

 ……いや……職業クラスと言っても良いだろう。

 それは魔界に於いて、彼女だけが習得している能力であり、彼女だけが成る事の出来る職業であった。


「すまんな。その気配の抑え方は見事なんだが、俺達の仲間には一癖も二癖もある奴らが多くてな。お前が必死で自分の気配を悟られない様にしている事は、俺達にはお見通しだったんだ」


 レヴィアは当初こそ悔しそうな表情を浮かべたが、それもすぐに鳴りを潜め観念した様な笑みを浮かべてシェキーナ達を見つめた。

 考えるまでもなく、エルス達のレベルはレヴィアの遥か上を行っている。

 そんな彼等と頻繁に接していれば、自らの素性も知れてしまう事は仕方の無い事だと思い至ったのだった。


「アスタルに言い含められてでもいたのだろう? 決して素性を明かさず、エルナと……もしかすれば我等もその身を挺して護る様に……と」


 シェキーナの推測は、殆ど正解と言って良かった。

 そこまで言い当てられては、レヴィアにはもう笑うより他に無かった。

 今まで見せた事の無い、本当の彼女の笑顔を浮かべて、レヴィアはシェキーナ達に頷いて見せた。

 

「その力……今度はエルナの為だけに使ってやってくれ。エルナはまだ……幼い。それに、未だエルスから引き継いでるだろう力の開眼も見られない。彼女が真の魔王になるまで……そして魔王となってからも、お前が彼女の影となって身を護るんだ」


 カナンの言葉に、今度は強く頷いて見せたレヴィアだった。

 彼の言った通りエルスからの力の流出は収まり、彼の力は必要量、エルナーシャに全て注がれた事が伺える。

 それでも今のエルナーシャには、エルスや先代魔王の様な他を圧倒する力は見られていなかった。

 それが何時発現するのか、成長によるものなのか切っ掛けが必要なのかは分からないが、今のエルナーシャは他の魔族と大して違わない力しか持ち合わせていないのだ。


 ―――もっとも、1歳だと言う事を考えれば、その力も脅威なのだが……。


「ご武運を……お祈り申しております……」


 レヴィアは、今度は本当にメイドらしく、ある意味優雅に頭を下げてそう言った。

 それにシェキーナとカナンが、頷いて答えた。


「ああ、案ずる事は無い」


 それに対してカナンは、強くかぶりを振って応えた。


「我等には、守りたいものがある。エルス……そしてエルナ。ただ殺し、破壊するだけの為に来る奴らに、我らが後れを取る道理など無い」


 そしてシェキーナも、強く自信に満ちた笑顔でそう答えたのだった。

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