逃げるっ! 勇者っ!
綾部 響
勇者……? 魔王……?
歪な木々が
それと殆ど同時に、辺りを
轟音は樹々をなぎ倒しながら爆風を呼び、周囲を一瞬にして何も残す事の無い荒野へと変容させてしまった。
……いや、何もない……と言う事は無かった。
事の発端……その爆心地には、この惨状を引き起こした張本人達が、そんな事など気にした様子もなくそこに居た。……いや……戦っていた。
「―――っ! いいっっっ加減に―――っ! くたばれってんだよっ!」
更地となった中心部で争う複数の影。その最も中心で争う二人の内、その一方が怒声を発しながら手に持つ巨鎚を振り下ろした。
本来ならば澄んだ美しい声なのだろうが、周囲に響き渡った声音には怒気と憎悪が込められており、その様な印象を全て打ち消していた。
声の主は女性だった。
しかし、何とも不思議な身なりをしていると言って良い。
髪の色は金。激しく動く彼女に合わせて綺麗な金色が尾を引き、煌きを撒き散らしている。
だが、それを美しいと思う者は少ないだろう。
何故ならば、長い金髪は手入れもされていないのかボサボサで、ただ周囲の光を反射しているとしか言えないからだ。
もししっかりと
その顔は端正であり、彼女を見た誰もが「美人」だと誉めそやしたに違いない。
もっとも、今の表情を見るならば、誰も彼女に見入るような事は無いだろう。
いや……寧ろ目をそらし、決して近づかない様にしたに違いなかった。
それ程に今の彼女の表情は醜く歪み、蒼青の瞳は正気を失っている様だった。
そして何よりも不可思議だったのは、その身に纏う装束に他ならない。
手に持つ巨大な戦鎚は明らかに近接戦闘用。
しかし彼女の衣装はどう見ても「僧侶」が身に付ける服装に他ならなかったのだ。
神聖さを醸し出す純白のチェニックには、神聖語と思われる文字、そしてルーンがデザイン化されて
彼女の素晴らしいスタイルにピッタリと張り付く様な下衣を覆うのは、やはり清楚な白を基調としたローブだった。
ユッタリとしたサイズのローブが、彼女が動く度にその裾を大きくはためかしていた。
だがそれらの衣服は、物理防御力と言う点では非常に低く、とても接近戦をするに適しているとは言い難かった。
また、聖職者の恰好をしているにも拘らず、その手に持つ武器が
女性の振り下ろす凶悪な戦鎚の一撃を、もう一方の影……男性は、その手に持つ剣で受け止めた。
金属同士が接触する事で響き渡る不快音が周囲に満ちた。
「や……やめろっ! やめるんだっ、アルナッ!」
如何な女性の攻撃とは言え、その手に持つのは巨大なハンマーであり、男性と言えども受け止めるのに片手でと言う訳にはいかなかった。
彼は空いている方の手を剣の背に添えて、両手を以て彼女の攻撃を何とか受け止めていた。
「今更何っ!? 命乞いかっ!? だがそんな事は許さないっ! あんたはここで死ぬんだよっ、エルスッ!」
男性……エルスの制止する言葉を、女性……アルナは聞く耳すら持とうとしなかった。
アルナは素早く巨鎚を引き戻すと、再度渾身の一撃をエルスに向かい見舞った。
「ぐっ……ぐうぅ……っ!」
その攻撃も、エルスは何とか受け止める事に成功した。
しかし反撃するまでには至らない。それ程に彼女の攻撃は苛烈であり、エルスはアルナに力負けしていたのだった。
「……なぁに、エルス? あんた、以前より弱くなっちゃってるの?」
何とかアルナを引き離す事に成功したエルスは大きく後退して距離を取った。
そんな彼にアルナは追い打ちをかける事はせず、そう話しかけてきたのだった。
彼女の問い掛けにも似た言葉に、エルスは何も答えない。
「勇者を辞めてっ! 私達を裏切ってっ! それで得た『魔王』の力って、そんなもんだったんだっ!?」
アルナの口端が大きく左右に吊り上がり、不気味な笑みを形作る。
「俺は……魔王なんかじゃ……ないっ!」
「黙れっ、『魔王エルス』ッ!」
エルスの言葉を遮ったアルナの表情は、先程にもまして邪悪なものを浮かび上がらせ、鬼女もかくやと言う形相を浮かび上がらせる。
「この世に魔王の住む場所など無いっ! お前が魔王となった事は、聖霊様の宣託によって既に知れているんだよっ! 今更見苦しい言い訳なんて……するなっ!」
エルスの言葉などに一切耳を傾けないアルナは、巨鎚を構えてその距離を詰めようと動き出した。
だがその行動は、二人の間に割って入った別の影に遮られてしまう。
妨害者を瞬時に悟ったアルナが、振り上げていた戦鎚をその影に向けて振り下ろし、影はその攻撃をいとも簡単に受け止めた。
再び鳴り響く金属音。
しかし今度は、その影が即座に反撃を試み、アルナはその攻撃を躱す為に大きく後退を余儀なくされた。
「……カナンッ! 邪魔をするな―――っ!」
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