勇者と聖女と

 ―――ベベルが去り……。


 ―――シェラが倒れ……。


 ―――カナンが逝き……。


 ―――ゼルが死んで……。


 ―――シェキーナが戦線を離脱した。


 かつての仲間達が、エルスの望まない形でその戦いに決着をつけてゆく中、彼もまたアルナとの望まない戦いに身を投げていたのだった。





サクロ・ヴズルィーフっ! 卑しき咎人を滅せよっ! 浄化の力持ちて、全てを光の中にっ!」


「やめるんだっ、アルナッ! ……ぐわっ!」


 エルスの制止も虚しく、アルナは魔法で掌に出現させた光の玉を、そのまま自分の足元へと叩きつけた。

 その途端、巨大な爆発がエルスとアルナを呑み込んだ。

 苦悶を浮かべたエルスの防御姿勢とは裏腹に、その衝撃を無防備に喰らう事となるアルナの顔は歪な笑みに覆われている。

 そして二人とも、その爆風に呑まれて吹き飛ばされたのだった。

 先程からアルナは、エルスの至近距離でこの魔法を立て続けに行使していた。


 今アルナが使用している魔法は、広範囲に効果の及ぶ強力な攻撃魔法だ。

 ただしその性質上、自身の……または仲間の至近距離で使うと言う事は無い。

 その光球を敵の只中に出現させ爆発させるのが、本当の用途と言って良かった。


「あっはははははっ!」


 それでもアルナは、自分の身体が傷つく事など厭わずに、この魔法を連続で使用していた。

 それにより、当然の事ながら彼女の身体も傷つくが、同時に近距離に居るエルスもダメージを負っていたのだった。


 本来ならば、その様な攻撃に付き合う必要はない。

 今のエルスならば、その動きを以てアルナが魔法を発動したと同時に距離を取れば良いだけの事である。

 

 それでもエルスはそうせずに、アルナと同じ様に爆心地で豪炎に巻かれていたのだった。


 アルナが先程発した言葉……。


『魔王城を爆発させたのは魔王エルスの所業』


 この言葉で、完全にエルスは自分を失っていたのだった。


 今更ではあるが、魔王城が爆発した経緯について、エルスは全くと言って良い程関与していない。

 全てはメルルの計略であり、最終的に決断したのはアスタル、べべブル、リリスだった。

 そして、もしも魔王城を爆発させたなら、その影響が周囲の広範囲に及ぶと言う事も、メルル達は知っていた。

 それでも敢行したのは、偏にエルスの為……エルナーシャの為……魔界の為であった。

 事の是非は兎も角として、そう言った信念のもとに、エルスのあずかり知らぬ処で計画は進んでいたのだった。


 だが今、アルナにその責任を問われて、当のエルスはその気持ちが揺らぐ事を抑えられずにいた。

 

 ―――本当は……自分の責任だったのではないか……。


 ―――もし知っていれば……俺は止めていたのだろうか……。


 ―――エルナの為……魔界の為と言われれば、俺はアスタル達の行為を黙認していたんじゃないのか……。


 ―――それは……勇者として正しい在り方なんだろうか……。


 激しい戦いの最中ではそんな考えに結論付ける事など出来ず、エルスはただ愚直にアルナの自爆攻撃に付き合っていたのだった。


 まるで……自分自身に罰を与えるかのように……。


「はああぁぁっ!」


「くはっ……!」


 再びアルナの「聖爆」が至近距離で爆発を起こした。

 彼女の神聖魔法は、この世界でもトップクラスの効果と……威力を持つ。

 そんなアルナの魔法攻撃は、今のエルスであっても無傷で済まされる様なものでは無かった。

 一方のアルナもまた、爆発の度に大ダメージを負っている。

 勿論、無防備で自らの起こした爆発をその身に受ける……と言う様な馬鹿な真似はしていない。

 強固な防御魔法を身に纏い、その上で魔法を行使しているのだ。

 それでも、その魔法防御を上回る爆発に晒されては、元が僧侶であるアルナの受けるダメージは決して小さいものでは無かった。

 そんな彼女が自爆攻撃を繰り返していられる理由、それは。

 

 言わずもがな、彼女には不死身と違わぬ回復魔法が備わっているからに他ならないからだ。


 それが証拠に、魔法が発動した直後のアルナは全身を焼かれて、場合によっては腕や足が吹き飛ばされている。

 それでも次に瞬間には、まるで何事も無かったかのように元の姿を取り戻していたのだった。

 対してエルスは、その負傷の蓄積度合いが顕著だった。

 本当ならば、“勇者の闘気アルマ・ムート”を発動しているエルスなら、爆発の影響も最小限に抑える事が出来ている筈である。

 そうならないのは……先程から、その“勇者の闘気”が真価を発揮出来ていないからだった。


 エルスが真の敵と定めた者を全力で相手する時に発現する力……“勇者の闘気アルマ・ムート”。


 それは言い換えれば、エルスの精神状態に大きく左右される力だと言える。

 そして事実として、“勇者の闘気”の効力は最小限にしか発揮されていなかったのだった。

 

 敢えて躱す事をせず……“勇者の闘気”も発動不全……。


 これでは一方的にダメージを蓄積させていたとて、仕方の無い事だった。





 互いに身体から黒煙を発し、対峙を続けるエルスとアルナ。

 それでもその戦いの状況は、一目見るだけで明らかだった。

 未だ傷らしい傷すら確認出来ず、その動きにも衰えの無いアルナに対して。

 エルスの方は正しく「満身創痍」と言う言葉が当て嵌まっていた。

 それはそのまま、勝敗の行方を示している様でもあった……のだが。


 先程から邪悪な笑みを絶やす事の無いアルナが、再度「聖爆」の呪文を唱え始める。

 そしてエルスは……半ば覚悟を決めていた。

 そんな彼の背後から、よく聞き知った声が掛けられた。


「エルス―――ッ! シャキッとせんか―――いっ!」


 それは、この戦場でエルスとアルナ以外に健勝である……メルルだった。

 アルナはその声に、詠唱中だった魔法を止め。

 エルスはゆっくりと、声の方へと顔を向けた。


「あんたの為に、カナンは死んだっ!」


 そしてメルルが発した次の言葉に、エルスは強い衝撃を受けて絶句した。


「シェラも死んだっ! ゼルも死んだっ! 理由はどうあれ、あんたの為にこんだけの仲間が死んだんやっ! あんたはこれに応えなあかんのとちゃうんかっ!?」


 ドクン……と、エルスの胸が一つ、大きく高鳴った。

 命を預ける程信頼して来た仲間達が、この戦いで死んでしまったのだ。

 アルナ側に付いたとはいえ、以前はシェラやゼルもカナンやシェキーナと同じ様に信用していた者達だ。

 そんな仲間達が、もう戻らない……生きて会う事が出来ないのだ。

 

 そして何よりも……カナンの死がエルスには……堪えた。

 

 カナンとは利害など一切なく、正しく魂で繋がった正真正銘の「友」だったのだ。

 そんな彼の死を知ったエルスは、正に自身の半分を失ったかのような衝撃を受けていた。


「目の前をよう見ぃっ! あんたには、アルナを救う義務と責任があるんとちゃうんかっ!?」


 そして続けられたメルルの言葉で背を押される様に、エルスはゆっくりと対峙するアルナへ目を向けた。

 

 そこには……。


 歪な顔で笑みを湛える、エルスの知らないアルナが立っていた。

 

「アルナを……本当の彼女を……救う……取り戻す……」


 エルスは、知らずそう口にしていた。

 メルルより齎された様々な情報で混乱しながら、それでもエルスは自分の望みを見つめていたのだ。


「そうやっ! それが出来るんは……勇者エルスッ! あんただけやっ!」

 

 メルルのダメ押しで、エルスの心に火がついた。

 まるで望んでいた言葉を掛けて貰った様に……見えなかった道を指し示された様に、エルスは自分の行く道を見つける事が出来たのだった。


「俺は……勇者……。俺は……勇者だっ!」


 そしてエルスは吠えた。

 腹の底から叫んだその言葉は、蘇った闘気と相まってアルナに突風となって襲い掛かったのだった。


「な……何を……魔王の癖に……魔王の癖にっ!」


 気圧されたアルナだったが、未だしっかりと持ち続けるその信念を口にして、アルナにも恐るべき殺気が蘇った。


 エルスが剣を構える。

 その姿に、先程の様な迷いはない。


 アルナが巨鎚を構える。

 その姿には、これまで同様一切の躊躇が無かった。


「アルナ―――ッ!」


「エルス―――ッ!」


 二つの影は互いの名を叫び、そして……一つになった。


 そしてその光景を、メルルは悲し気な瞳で見つめていたのだった。

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