魔王城の戦い ― 17分前 ―

 結局“魔王の間”に残されたのは、アルナとリリスだけとなった。


「本当に……馬鹿ばっかりね……。まぁ……それでも相手がお前程度なら、気にする必要も無いわね」


 ヤレヤレと言った態で言葉を紡ぎ出したアルナは、目の前に悠然と佇むリリスへとそう告げた。

 それを受けてもリリスは、別段表情や感情に変化を加える事は無かった。

 それがアルナにはどうにもいぶかしい事であり……鼻に衝いていたのだった。


「……嫌に余裕があるわね……。何か必勝の策でもあるのかしら? 言っておくけれど、私とお前では闘うまでもない、実力に大きな隔たりがあると思うのだけれど?」


 動きを見せないリリスに、アルナは少なからず苛立ちを覚えていた。

 そしてリリスは、紛う事の無い挑発を受けても一向に動じなかった。


「あらあら……大言壮語とはこの事なのかしら……。でも、見るからに僧侶であるお前に、私を倒す決定打があるのかしら?」


 逆にリリスの返答を聞いて、アルナの表情が変わる。

 ムッと不快感を顔に浮かべ、悔しささえも滲ませている様だ。

 どうやら舌戦でのはリリスに軍配が上がった様だった。

 

「そう言うお前にも、私を倒す術など無いだろうに。こんな弱い魔法しか使えない様じゃあ……なぁ?」


 アルナは幾分表情に笑みを取り戻して、何とか体裁を取り戻して言葉を返した。

 それに対して、今度はリリスの方が喉を詰まらせてしまったのだった。


 アルナとリリスのは、既に始まっていたのだった。


 この会話が始められる少し前から、リリスが氷弾を放ち、アルナは周囲に展開した魔法障壁で防いでいたのだった。

 リリスが身体の前方で腕を薙ぐと、新たな氷弾が無数に打ち出される。

 アルナはそれを、涼しい顔で受けていた。

 その繰り返しが、会話を続けながら行われていたのだった。


 リリスの攻撃は決して強力なものでは無く、防がれたとしても然して驚きは無かった。

 ただし、相手の力量を図る目安とはなる。

 リリスは、並大抵の攻撃ではアルナの防御を抜く事が出来ないと悟っていた。


 それでもリリスは、攻撃の手を緩めなかった。

 アルナの周辺では、打ち砕かれた氷塊がキラキラとダイヤモンドダストの様に散って行く。

 途切れる事の無いその光景は、幻想的と言えるものだった。





「……参る」


「……来い」


 アスタルの言葉に、シェラは真剣を以て応えた。

 その受け答えを合図に、二人は再び剣を交えたのだった。


 今、シェラは決してアスタルを見下してはいない。

 少なくとも、対等と思える相手として、その手に持つ剣を向けていた。

 彼女の持つ剣は、通常使用している愛刀の巨大な両手剣では無い。

 大きさはかなりあるものの、それでも片手剣の域を出ない代物だった。

 事実、シェラはその剣を片手で扱っている。


「おおっ!」


「ふんっ!」


 双方の剣が引かれた……かと思われた瞬間、凄まじい無数の斬撃が二人より繰り出された。


 一方のアスタルは、彼の愛用する両手大剣であった。

 いつの頃からか使い続けているこの剣はアスタルの手に馴染み、もはや体の一部と言っても過言では無い。

 それでも取り回しの点で考えれば、シェラの持つ片手剣には分が悪い。

 それでも。


「はああぁぁっ!」


「……やるなっ!」


 アスタルの剣技は、シェラのそれに引けを取っていなかったのだった。

 勿論、シェラは未だ全力には程遠い。

 そしてアスタルもまた、を尽くしてはいなかった。

 時折放たれる裂帛の気合いと、剣撃が響かせる金属音、そして打ち合わされる剣から放たれる火花だけが、今はこの部屋の全てだった。





「何処まで逃げるんだ……おい?」


 先を行くべべブルを余裕で追いながら、ゼルは小馬鹿にした口調で問いかけた。

 それに応える様に、べべブルは僅かに後ろを振り返ると同時にナイフを放つ。

 

「……小細工だなぁ、おい」


 飛来する複数のナイフを、その刃を指で挟む様に全て掴み取ったゼルは、先を行くべべブルの背に向けてそのナイフを

 べべブルはそれを予測していた様に、前方へと大きく跳躍しながら後方へと体を反転させ迫り来る自分のナイフを再び掴み取る。

 そしてそれを再び、ゼルへと目掛けて放ったのだった。


「おいおい……大道芸じゃないんだぜぇ」


 動きを止める事無く、二人の間で同じナイフが受け渡され続ける。

 そしてそのやり取りは、回を重ねるごとに徐々に早くなり。

 ついには足を止めた二人の間で、目にも止まらぬナイフの投擲合戦が繰り返されていた。


 ゼルの言う通り、もしもこれが大道芸ならば、これほど見事な演武はないだろう。

 ただし投げられるナイフは、それぞれ違わずに互いの急所を狙っており、軌道も一定では無かった。

 そしてそれが、延々と続いた……と言う事もなく。

 べべブルは最後にナイフを受け取ると、その姿勢のまま動きを止めたのだった。


「……なんだよ、これでお終いってかぁ……? なら……お前の人生もここで終わりだなぁ……」


 ゼルが口を開きながら、自らの愛用するナイフを取り出す。

 それに併せて、べべブルも自身の愛刀を引き抜いた。


「……へっ」


 嘲笑う様に笑みを浮かべたゼルの声を皮切りに、二人の身体がその場に溶け込んで消えた。





「いい加減にしろよ……いつまでこんな事を繰り返すってんだ?」


 先程からリリスの魔法を防ぎ続けていたアルナが、苛立ちも露わにした声でそう問いかけた。

 いや、問いと言うよりも、叱責している様にさえ聞こえる。

 アルナは、ともすれば停滞している様なこの時間に耐えられないと言った態度だ。


 その言葉を聞いたリリスは、驚きと共に強い興味に惹かれていた。

 アルナの語調が代わり、それに伴って醸し出す雰囲気も変わったのだ。

 しかしそれは、切り替わった……と言うものでは無い。

 徐々に……じわじわと……。

 まるでアルナの気配……気勢……その他、彼女から発せられる様々な雰囲気が、まるで上書きされる様にその存在を拡大している様なそんな感覚だった。

 

(……魂を……浸食されている……?)


 リリスの印象としてはこうだった。

 アルナの中に別人格が存在し、それがここで露見していると言う感じでは無い。

 入れ替わったと言う見解とも合致しなかった。

 白い絵の具に黒い色を一滴たらしたような。

 その黒を少しずつ加え続けている様な。

 そんな印象をリリスは持ったのだった。


「……面倒くせぇ……。だけど、このままここでこうしていても……埒が明かないわね」


 だがこの場において、それがどれ程の意味を持つのか、リリスにも判別できない。

 今は目の前のアルナが敵であると言う事に、一切の間違いは無いのだ。


「降り注ぐ細雨さいうが如く、我が前に立つ神敵に針の如き聖光を浴びせ穿てっ! ミル・アギオ・レーゲンっ!」


 リリスからの攻撃を防ぐ防御障壁を張りながら、右手を高々と上げたアルナが呪文を唱える。

 完成した直後、リリスの頭上に発生した光の玉より、数えきれない光の針が彼女へと降り注いだ。


「キャアアアアァァッ!」


 リリスはその激し過ぎる攻撃に、思わず悲鳴を上げていた。

 すぐ様にリリスも防御障壁を張って防いだのだが、それでも数本が彼女の防壁を突き破って侵入し、リリスの腕や腿に赤い筋を付けたのだった。


「なんだ……可愛らしい声で鳴くじゃないか」


 口端を歪に吊り上げるアルナが、喉を鳴らしながらそう感想を述べた。

 リリスはそんなアルナに、小さく言葉を洩らすと鋭い視線を向ける。


「しかし……どういう事なんだ? あの魔法がこうも防がれるとは……。今の魔法は、前回の戦いで何人もの魔族を殺した物なんだがなぁ……」


 アルナは特に挑発と言う訳でも無く、本当に疑問だと言う態でその言葉を発した……のだが。

 リリスはそうは取らなかった様であった。


「ペラペラと止まらないその口を……止めて差し上げましょう」


 そう啖呵を切ったリリスもまた、右手を上に掲げて呪文を詠唱しだしたのだった。

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