魔王を討った、その場所で

「お……おのれっ! 勇者エルスめ―――っ!」


 ある意味お決まりとも言える断末魔の悲鳴を残し、勇者エルスに敗れた魔王は、その身を紫に光る炎に焦がし、しまいには灰となって消え失せた。


「やった……のか……?」


 最後の一太刀を浴びせたエルスが、呆然自失のていでそう零す。

 それ程に魔王との戦いは熾烈を極め、どちらが勝ってもおかしくない程の戦いだったのだ。


「やった―――っ!」


 そんな彼に、真っ先に飛びついて来たのは「暁の聖女」アルナ=リリーシャだった。

 美しく煌めくなびかせてエリスに駆け寄ったアルナは、彼の背中におぶさる形で抱き付いた。


「やったっ! やりましたよ、エルスッ! 私達はついに魔王を倒したのですっ!」


 そう声を上げるアルナは心底嬉しそうだった。

 そしてその感激は、他のメンバーも同様であった。


「ああ……やったな、エルス。俺たちの……勝ちだ」


 幾分冷静さを装っているものの、やはり高揚感を隠し切れずに声を掛けたのは「大剣豪」「剣匠」と揶揄やゆされるカナン=ガルバ。

 孤高の獣人であった彼も、今や勇者パーティには欠かせない人員である。


「紙一重……だったけどな」


 ニヒルな笑みを浮かべてカナンの後に続いたのは、女性ながらに「極戦士」の二つ名を持ち、その名に恥じない力の持ち主シェラ=アキントスであった。

 女だてらに前線で戦う戦士だけあって、その褐色の肌は厚く力強い筋肉に覆われており、彼女が動く度にその筋肉がモコモコと動きを見せた。


「なんや、シェラ。こないな時に、変な水差さんでえーやんか」


 そんな彼女の背中をバンッと叩いて声を掛けてきたのは、メガネをかけた少女……女性?

 何とも年齢不詳な「大賢者」メルル=マーキンス。

 多くの知識を有し、多大な魔法に精通する彼女だが、本人曰く「まだまだや」らしい。


「……そうだな。今は勝利に酔いしれるのも……悪くはない」


 メルルの言葉に深く頷き、静かにそう賛同したのは「森のハイエルフ」デルフィスト=シェキーナであった。

 彼女は長い年月を過ごす森の賢人らしく、喜ぶ際にも他のメンバーの様にはしゃいだりはしなかった。

 そしてもう一人、その場の雰囲気とかけ離れた風情を醸し出す人物。


「……へっ」


 音無のゼル……ゼル=ナグニス。

 暗殺者アサシンである彼の活躍は、地味だが決して見落として良いものでは無く、この戦いにおいても牽制や不意打ちに活躍してくれていた、正しく「陰の立役者」でもあった。

 そんな彼は元来の性格が災いしているのか、目的を達成したこの瞬間でさえ、「仲間達」と喜びを分かち合う事に一歩退いている節があった。


「いや―――……大したもんだ」


 そして最後の一人、「双槍使い」ベベル=スタンフォード。

 彼の言葉からも分かる通り、この男は何事に対しても何処か他人事である。

 だからと言って非協力的なのかと言えばそうでは無く、この戦いでもエルス達と共に最前線で戦い、瀕死の重傷を幾度か受けている。

 それでもこの様に軽口を叩けるのだから、パーティメンバーも呆れるしかなかった。


「みんなのお蔭だよっ! 本当にありがとうっ!」


 そんな仲間達に、エルスは満面の笑みでそう感謝を述べた。

 その言葉に、それぞれがそれぞれの様で頷き返す。

 この場に居る全員が魔王討伐に、何よりもエルスの人柄にほれ込んで付いて来た者ばかりだった。


 この場に至るまで、決して楽な道程では無かった。

 人間界に蔓延る主だった魔族を倒して回り、魔界へと赴く術を探し出し、魔界では多くの手強い魔族から「迎撃」を受けた。

 魔王城には多くの仕掛けに悩まされ、辿り着いた「魔王の間」での魔王との戦いは熾烈を極めた。

 そして漸く得た勝利。


 それまでの道程が険しかっただけに、その感激も一入ひとしおなのは言うまでもない事であった。


「は―――いっ! みんな―――、ご苦労様―――!」


 喜びを分かち合う一行の前に、パッと光球が表れたかと思えば、そこから光に包まれた美しい女性が姿を現した。


「ネネイ様っ!」


 その女性を見たエルスが、嬉しそうに声を上げた。

 それに釣られて一同の視線も彼女に注がれる。

 白金の髪に白く透き通った肌を持ち、シェキーナに負けず劣らずの美貌。

 ユッタリとした神衣に、幾重にも纏った羽衣がなびいている。

 そして神々しささえ醸し出す4枚の羽根。

 そう……彼女はこの世界に措いて、勇者一行に「神託」を告げる聖霊であった。


「良くここまで頑張ったわね―――。神様も殊の外お喜びよ―――」


 ニコニコと笑みを絶やさずに労いの言葉を掛ける聖霊ネネイに、エルス達は再度、魔王討伐の実感とその達成感を得ずにはいられなかった。


 ―――二人を除いて……。


 喜びに沸く一同に在って、何処か違和感を持ったのはハイエルフ、シェキーナだった。

 世界を魔の手から救うと言う大業を成し遂げたにも関わらず、聖霊ネネイの掛けた言葉が余りにも軽く、何よりも……のだ。

 そんなシェキーナに、聖霊ネネイが視線を投げる。

 そしてシェキーナは、その刹那に見た……様な気がした。

 聖霊ネネイの瞳に灯る、嗜虐的な光を……だ。

 しかしそう感じ取れたのは、シェキーナにしても確証が持てる程ではない。

 彼女自身も、先程見た聖霊ネネイの眼光は錯覚だったのではと思ったほどなのだ。


「さぁ、早速王都へと凱旋して、国王様達に報告すると良いわ。帰りは私が送って差し上げます」


 フワフワフヨフヨと宙を舞うネネイは、楽しそうにクルリと翻ると、右掌を翳した。

 その途端、エルス達の眼前には、光に縁どられた異空洞が出現した。


「ここを通れば、あっという間に王都へと着きますよ―――。ささ、皆さん。順番に通って頂戴」


 にこやかに、楽し気にメンバーを誘うネネイは、異空洞の横に立ちそちらへと進むように促した。

 

「ありがとうございます、ネネイ様!」


 真っ先に動き出したのはエルスだった。

 彼は意気揚々と異空洞へと歩を進めるも……。


「あっと―――! エルスは最後にお願いね。あなたにはまだ話が残ってるの」


 エルスの前進を、彼の前に立ちはだかり阻んだネネイが、ウインクしながらそう説明した。

 半ば強引とも取れるその行動に、エルスは勿論、一同からも怪訝な雰囲気が湧き上がった。


「ネネイ殿、その話と言うのは……」


 視線を交わすエルス達メンバーだったが、その中でシェキーナが真っ先にネネイへ質問を投げ掛けようとした。


「お―――っと! ダメよ、シェキーナ。これは勇者だけに託される『御神託』。他のメンバーには聞かせられないのよ―――。ゴメンね―――?」


 だがシェキーナの質問は最後まで告げられる事は無く、人差し指を口に当てたネネイにくぎを刺されてしまったのだった。

 内容が「御神託」だと言われてしまえば、他のメンバーに異論を挟む余地など無かった。


「ささ、心配しないで? 話はすぐに終わるんだから。あなた達は先に行って、勇者の凱旋準備を整えておいて頂戴」


 そしてネネイは、最後にウインクを付けて一同に説明した。

 些か不可思議な所を感じないでもない一同であったが、今まで旅の手助けを惜しげもなくしてくれた聖霊ネネイの言葉である。

 誰一人、その言葉を疑う事などしなかった。


 ―――拭い去れない違和感を持ったとしても……である。




「それじゃあ、エルス。先に行ってるから。待ってるからね」


 聖霊ネネイの促されるままに、まずはアルナが、そしてカナン、シェキーナ、メルル、シェラ、ゼルと続き、最後にベベルが異空洞を潜っていった。

 彼は最後まで、エルスとネネイの方に視線を向けていた。


 エルスを除く全員がこの場から去り、異空洞が静かにその場から消え失せた。

 そして……暫しの沈黙が周囲を支配する。


「……あ……あの―――……ネネイ様……? 御神託って……一体……」


 エルスに背を向けたまま、一向に話し出そうとしない聖霊ネネイに、エルスは恐々と言った態で話しかけた。


「……勇者エルス……あなたには……新たな『クエスト』が課せられました」


 エルスが全てを話しきる前に、クルリと振り返った聖霊ネネイが、先程とは打って変わった冷めた声で、エルスにそう……『宣告』したのだった。

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