陽動作戦
翌日、再び行われた会議の席で、メルルがアルナ達の襲来を遅らせる具体的な策を説明した。
「順調にいけば、アルナ達は2ヶ月後にはこの魔界へとやって来る。長旅の準備と移動、船旅……んで、極大陸を行軍して極点へ。ざっと説明すればこの行程や」
その説明に、エルス達は疑問を口にする事無く頷いて理解の意を示した。
極大陸……。
世界の最北端、あるいは最南端に位置する極寒の大陸である。
白く覆われたその世界は、ただ進むだけでも命に関わる程厳しい環境下に置かれている。
草木が自生する事
その大陸の中心部に、魔界へと続く異界通路がポッカリと口を開けていたのだった。
人界が魔界を、そして魔界が人界へと容易に進出できない理由がこれである。
それでも、まったくの踏破不能と言う訳では無い。
人界の持つ技術も、魔界の知るノウハウも着実に進歩しており、近年では魔王の人界侵攻に見られる軍単位の移動も可能となっていた。
ただやはりと言おうか、気軽に行き来出来るような状況では無く、それがエルス達にとっては強みとなっていたのだが。
「極大陸に上陸されてもうたら、ウチ等としても手の出し様が無い。あいつ等に過酷な状況は、ウチ等にとっても厳しい環境やからな」
ヤレヤレと言った態で話したメルルの姿に、一同から乾いた笑いが洩れる。
メルルの説明を補足するならば、大陸を発する船に乗り込む前に何らかの足止め工作を行い、どうにかして時間稼ぎを敢行しなければならないのだ。
「せやから今回は、ウチ等から人界大陸に乗り込んでの作戦となる」
もっとも、アルナ達が魔界へと訪れるのに2ヶ月を要する様に、エルス達が人界大陸へと赴くにも2ヶ月掛かるのだが。
それが分かっていないメルルとは思えなくとも、一同の顔には困惑の表情が浮かんでいる。
「んっふっふ―――……。あんた等……移動時間について疑問を浮かべてるみたいやけど……その事については準備済みや」
エルス達が浮かべる疑問顔の意味を正確に読み取って、メルルが先に口を開いた。
「……まさか人を転移させる魔法を新たに習熟した等と言わないだろうな? そんな魔法は聞いた事も無い」
メルルの回答を先んじて、シェキーナがそう意見する。
魔法による任意の場所への転送……。
その様に都合の良い魔法等存在しない。
魔法使いが遠方より突如現れ、目の前でいきなり消えるかと思えば別の場所へと移動する……。
正しく神の所業であり、辛うじてそれが出来ていると言えるのは聖霊ネネイ位だ。
「それが……出来るんや。もっとも、何時でも何処でもって訳やないけどな」
しかしメルルの答えは、注釈付きであってもシェキーナの言葉を覆すものだった。
「なっ!?」
「なんとっ!?」
シェキーナとアスタルは絶句し、他のメンバーも言葉を発せられないでいた。
「予め記された
声の出せない一同を尻目に、メルルはかなり得意気にそう言ってのけたのだった。
「いや……待て待て待て。済まないがメルル……そのような事が出来ると言う話を、私は今まで聞いた事も無いぞ?」
未だに頭の整理がつかないシェキーナが、メルルに待ったを掛けるも。
「そら―――……聞かれた事無いからな―――……」
メルルはシレッとそう返答したのだった。
いつかどこかで聞いた事のある台詞に、シェキーナは赤面して閉口し、エルスはその隣で笑いを押し殺していた。
「それに、この能力は使う場面をかなり選ぶ。設置するんにかなりの魔力も使うし、設置持続期間もそう長くない。戦いの旅を続けるウチ等に、そんな余力もそれを使う場面も無かったやろ?」
その理由も、何故かシェキーナには
右手の人差し指と親指で眉間を抑えるポーズをとりながら、シェキーナは俯いて頭を横へと振った。
「……いったい何時そんな目印を設置したんだ? 当然、ここに来る前だろうけど……魔王を倒す前……って訳じゃないよな?」
その疑問を口にしたのはエルスだった。
確かに、メルルにはそれほど大掛かりな魔法的シンボルを定置させる時間など無かった……筈であるが。
「エルスと……あんたがウチ等と別れて一人で逃避行しだした直後や。ウチはあんたの後を追う前に、一旦『魔女の住処』へと戻って準備したっちゅ―訳やな。まぁ、そのお蔭で合流には遅れても―てんけどな」
エルスが疑惑を抱えたまま姿を消して、真っ先に彼と合流するだろうと考えられていたのは、誰あろうメルルだった。
勿論、シェキーナやカナンが先に見つけ出す可能性も、アルナ達がエルスを先んじて発見する事も考えられる。
それでも、勇者パーティの誰に聞いても、最初にエルスを発見するのはメルルだと……声を揃えて答えるだろう。
だが実際は、最初に合流したのはシェキーナだった。
だからと言ってそれが、疑問を持たれる程不自然な事ではない。
それでもあの時に遅れて合流した理由を聞き、シェキーナとカナンは妙に納得したのだった。
「ええか、ウチの作戦はこうや」
場を引き締めに掛かったメルルが改めて声に真剣味を持たせ、眼前に置かれた大テーブルの上で広げられている世界地図を指す。
「極大陸……延いては魔界へと向かうつもりで準備しとるアルナ達に、ウチ達の姿を見せつけて意識を逸らすんや。それと共に、ウチ等の捜索に時間を掛けさす。それで混乱してくれれば、更に時間を稼げるっちゅー寸法や」
つまりは囮を使った陽動作戦……と言う事だ。
しかし逃亡を続けるエルス達の姿を捉えれば、アルナ達の準備が鈍るのは目に見えて明らかである。
更に、エルス達の所在をハッキリとさせるまで、移動の再開を行う事は無いだろう事は考えるまでもない。
「選抜したメンバーで転移する。場所は大陸中心部の……ここや」
そこは、ゼルに襲われていたエルスとシェキーナがメルルに再会した場所だった。
一度エルスの所在を確認されている場所に再出現するとは、何とも大胆であり……危険な賭けでもあった。
「ここから、ウチ以外のメンバーは四方に散ってもらう。可能な限りそれぞれが離れた場所で、出来るだけ大きな騒ぎを起こして目を引き付けるんや。四方同時にエルス一味が現れれば、アルナもメンバーを割いて確認するよりないやろう。相手が到着して調査を開始する前に、ウチ等は再合流。んで、魔界へと帰還するって作戦や」
一同は深く頷き、作戦を
これが成功すれば、アルナ達が此処へと訪れるのを大きく遅らせる事も可能なのだ。
「……ただし、エルスは魔界に残ってエルナのお守りや。ええな?」
だがここで、エルスに作戦不参加の指示がメルルより齎された。
「なっ!? 何で俺だけ此処に残らないといけないんだっ!? 俺も行くぞっ!」
当然ながら、エルスは驚き大きな声で反論する。
レヴィアにあやされていたエルナーシャが、その声を聞いてビクリと体を震わせた。
「ま―――落ち着き―――。エルナが驚いとるやんけ」
そう諭されて、エルスはハッとなり椅子より浮かしかけた腰を落ち着けた。
「……エルス。お前の能力は、随分と低下しているのだろう? お前は何も言わないが、私は……私達には分かっているのだ。そんなお前を、陽動とは言え遭遇の危険もある作戦に参加させる訳にはいかない……分かるだろう?」
押し黙るエルスに、シェキーナがいたわる様にそう説明した。
それを聞いて、エルスは更に消沈してしまったのだった。
エルスの能力は、低下の一途を辿っている。
未だに人界最高……魔界でも敵となる者はいない程ではあるが、それも“元勇者パーティを除けば”と言う枕詞がついてしまう。
すでにエルスの力は、シェキーナやカナンは勿論、シェラやベベル、ゼルにも後れを取る程となっていたのだった。
それが分かるエルスだから、反論したくとも出来ず、彼の中でジレンマとなっているのだった。
「だが、肝心のエルスがいないとなれば、アルナに余計な疑惑を持たれる事とならないか?」
そう疑問を呈したのはカナンだった。
異常にエルスへと執着心を向けるアルナが、エルスの姿が無い事に疑問を持つ事は十分に考えられた。
「……なら、俺が一緒に行くだら」
その問いに答えたのは、魔族側であるべべブルだった。
べべブルはそう言うと、淡い光を発しだし、見る間にその姿を変えてしまった。
「へぇ―――……エルスそのまんまやん……気配も同じや」
それをみたメルルが感嘆の声を洩らし、一同も驚きの視線を向けていた。
「俺の能力なら、エルス様に姿形を似せる事も出来るだら。戦闘時の様な気勢や殺気は無理だけんども、姿を見せるだけならバレる事はないだら。今回、戦う必要は無いんだら?」
再び元の姿へと戻ったべべブルが、やや照れながらそう言った。
どうにも彼は、注目を集める事を苦手としているらしい。
「それで問題ない。よっしゃ、これで作戦の目途が立ったな。早速明日にでも作戦を開始しよう」
会議を纏めるメルルの声で一同は席を立ち、思い思いに退室して行った。
ただ一人、立つ事の出来なかったエルスの肩に、シェキーナが優しく手を置いた。
「これは闘う為の作戦じゃない。私達は全員、誰も欠ける事無く帰って来る。だから……心配するな」
彼女の優しい笑みと言葉に、エルスも微笑んで返事とした。
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