エピローグ1 ― 狂国の雄叫び ―
隙間なく敷き詰められた石畳の道路。
その両脇には、やはり石造りの立派な建物が整然と建ち並んでいた。
人界でも類を見ない程美しい、それでいて巨大な街……「エテルノ」。
元は巨大王国「エテルニア」の王都であり、現在は「統一国家」の首都である。
そして、「光の神」を信奉する教団の総本山がある地でもあった。
その街の中央広場には、一際高い塔を有する建物がある。
それが……世界中で多くの信者を抱える「光の神」の教団の象徴、その枢軸となる「大教会」であった。
周囲から抜きんでたその塔の頂には、美しく巨大な鐘が据え置かれている。
今……その鐘が重く……それでいて澄んだ音色を規則正しくゆっくりと打ち鳴らしていた。
その鐘の音に導かれるかのように、全身を黒ずくめにした人々が黙々と広場へ向けて歩いていた。
その光景は、まるでこの街の住人全てが何かに操られているかのような……催眠にでも掛かっているかの様である。
それはある意味で本当であり……ある意味ではそうでは無かった。
人々は今、「慰霊祭」へ参加する為に、全員が喪服を身に纏って祭場へと向かっている処だったのだ。
この街に住む殆どの者が「光の神」の信者であり、その教団が主催する「慰霊祭」に参加しない……と言う者はいない。
それだけを抜き出して考えれば、操られているとか催眠に掛かっている訳では無い。
もっともある種の宗教には、そう言った「
そういう意味で人々が、決して「操作」を受けていない……とは言い切れないのだった。
それでも人々は、少なくとも自らの意思でその場へと向かっている。
いや……今回の「慰霊祭」に於いては、誰もが望んで参加したいと考えているだろう。
慰霊祭の主だった「主役」は、つい先日……20日ほど前に繰り広げられた、魔族との激戦の犠牲者だ。
夥しい死者を出したその戦闘で、命を落とした兵の遺族が参加する事は当然の事だ。
しかし今、広場へと向かっている者達の大多数は、「本当の主役」の為に哀しみ……その死に哀悼を捧げたいと考えていたのだった。
「私達は、悲しみを乗り越えなければならないっ! これは……光の神が与えたもう……正しく『神の試練』なのですっ!」
巨大な広場に集まった大勢の人々を前に、壇上に立った男が声高にそう叫んだ。
美しく……僅かの汚れも付いていない
肩からは金銀赤青緑黄……色とりどりの宝珠で飾られた首飾りを無数に下げ、その手にはやはり立派と言って良い杖を持っている。
法王と呼ばれる、光の神の教団……その最高位にある男が、先程から演台に立ち人々を前に演説を行っていたのだった。
「……僅か20日前……。醜悪な魔族の攻勢が、何の前触れもなく行われましたっ! 人族の勇敢なる戦士達はこれに立ち向かい、その団結力と神の恩寵を以てこれを退ける事に成功しましたっ! 多くの勇者達が命を落とすも、彼等はこの人界を魔族どもから守り抜いたのですっ!」
静まり返って法王の話を聞いていた群衆の中より、その
「そして……魔族軍を率いていた『闇の女王』を、その身を挺して討ち滅ぼした『暁の聖母』もまた……神の御許へと召されました……」
だが法王がこの言葉を発した瞬間、会場中から涙をすする声が発せられだしたのだった。
法王もその口を閉じ、暫し哀しみだけが周囲一帯……いや、この街全てを覆いつくした。
「だが我々は、この悲しみを乗り越えなければならないっ!」
タップリと間を置いた法王が、先程よりも一際声も高らかにそう宣言する。
それまで涙に暮れていた人々も泣く事を止め、強い眼差しを壇上の人物へと向けた。
「人界は今、未曽有の危機に瀕していますっ! 15年前に引き起こされた『エルスの乱』……そして今回齎された『闇の女王の襲撃』で、我ら人界の兵達は多く失われてしまいましたっ! そして何よりも我々は、光の神の使徒……正義の象徴たる『暁の聖母』を失ったのですっ! これを危機と言わずして何としましょうかっ!」
より力の籠る法王の言葉に、人々の顔が僅かながら不安に曇る。
指導者たる法王が、人界の危機を声高に叫んでいるのだ。
それを聞いた人々が恐怖に駆られる事も、それは致し方ない事であった。
「だが……だがしかしっ! いえ、だからこそ我々は、この苦難を神の名の下に団結する事で乗り越えなければなりませんっ! 決して、醜悪で卑怯な魔族に膝を折ってはならないのですっ!」
しかし次の瞬間には、人々の顔に期待を込めた光が射し込む。
先程までの陰鬱とした雰囲気は鳴りを潜め、希望に目を遣る人々が壇上を見つめていた。
そして……法王が発する次の言葉を、今か今かと待ち望んでいたのだった。
「我等は負けないっ! 神の光を絶やしはしないっ! 我等は……断固として、魔族と戦う事を此処に宣言するっ!」
そしてこの言葉が終わると同時に、広場全体から叫声が沸き起こる。
熱狂の坩堝と化したその場所には、もう死者を悼む空気は微塵も残っていない。
その代りに、魔族への怒り……恨み……。
そう言った思いが渦巻いていたのだった。
それを前にして法王は人々の歓声に答えながら、その口端を僅かに吊り上げたのだった。
俗にいう「エルスの乱」から、15年の月日が流れていた。
エルスが引き起こしたとされる一連の事件は、人族の世界に大きな被害を与えた……と言う事は無い。
もっとも、多くの兵がその犠牲になった事を考えれば、人界軍の
兵の補充……軍の再編。
何よりも最高戦力であった「勇者パーティ」、その殆どの面子が死亡したのだ。
人界軍、魔族軍共に決定打を欠き、戦いは小康状態へと突入した。
失った人員の補充や練兵、そして再構築など、どれも一朝一夕で行える事では無い。
更には魔族軍が、「魔王エルス」に変わる新たな指導者「闇の女王」を旗頭とし、度々人界へと進軍して来たのだ。
小規模であり戦力も僅かであったが、その都度そちらへの対応を余儀なくされた人界では、兵力の再編が大きく滞ったのだった。
それでも何とか再編に目途を付け、魔界へと逆侵攻を画策していた矢先、「闇の女王」自らが率いる魔族軍が襲撃して来たのだった。
巨大な力を持つ「闇の女王」の前に、人界の兵は成す術無く倒されていった。
既に精霊界、幻獣界をも「闇の女王」により滅ぼされている人界は、援軍を期待する事も出来ずに劣勢となったのだった。
そんな「闇の女王」の進撃を止めたのは……「暁の聖母」アルナ=リリーシャであった。
すでに一線を退いてはいたものの、法王よりも徳が高いともっぱらの評判であり、何よりも「元勇者パーティ」の生き残りである。
彼女の、文字通り命を賭した戦いにより、「闇の女王」はその命脈を絶たれ、攻め入って来た魔族軍も一網打尽となったのだった。
だが、それにより受けた人界の損害は多大なものであった。
何よりも、精神的な象徴である「暁の聖母」アルナを失ったのだ。
漸く復活の兆しを見せていた人界であったがその活動はふりだしへと戻され、法王の言葉とは裏腹に未だ再建の目途が付いていないのが実状だったのだった。
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