鉄の翼 渇きの国と鉄女神
早瀬史啓
第一章 鳥の影 陰謀の城
炎の記憶
炎で彩られた部屋の中で、ルシュディアークは立ちすくんだ。
よく
まるで紅い光の花弁を
(死ぬのか、俺もイブティサームも)
そう思ったとたん、がくがくと足が
煙たさと熱さに涙が
けれど不思議なことに炎がルシュディアークに
(これは、まさか)
光の冷たい感触に包まれながら、ルシュディアークは赤い光の意味を、拒絶と共に理解してしまった。
※
目の前に暗闇があった。天地も左右も分からず
あの夢の日から
(俺は殺してなんかいない)
多分きっと。いや、どうなのだろう。炎に飲まれたイブティサームの姿は覚えているのに、そうなる前の記憶が
(確かあの日は大事な話があるからと、イブティサームに呼び出されたんだった。部屋に行くと
覚えていないのがもどかしい。必死で思い起こそうにも記憶がぼやけて記憶の欠片さえも思い出せない。唯一はっきりと分かっているのは、あの夢の光景だけで。
(あの時のことを思い出せればこんな部屋から抜け出して、兄上と大臣共を怒鳴りつけてやれるのに)
(もう一度、寝なおそうか)
こんな気分では眠れるかどうかは分からないけれど。
再び
つと、嫌な予感が胸を覆った。
(まさか、俺の裁きが決まったのか?)
心当たりは、いまより一月ほど前に
二千年以上の歴史を持ち、先史文明の遺産を今に引き継ぐ小さな砂漠の国、アル・カマル皇国。その城内で、一つの事件が起こった。
アル・カマル皇国を統べる
あの火災の後、身柄を取り押さえられたルシュディアークは、実兄である第一皇子イダーフに議場へ呼び出されていた。
衛兵に伴われて訪れたそこには、イダーフの他に一部の城の高官達がルシュディアークを待っていた。
「そなたを呼び出した理由、話さずとも分かるな?」
一段高くなった議場の中心で椅子に座したイダーフが、
「何故、
「俺じゃない、俺は、殺していない」
「お前でないとすれば誰が殺した」
「知らん」
ほう――――と、イダーフが目を細めると、ルシュディアークもまた睨み返した。血縁を示す紅い瞳が交錯する。
「知らぬはずはない。来るがよい」
イダーフは議場の奥へ視線を巡らせると、何者かを手招いた。兵士に伴われて議場の中心にやって来たのは、一人のくたびれた男だった。
「火災の起きた部屋の一角を任されていた守衛だ。見覚えがあろう。守衛、発言を許す、
「お、
声を震わせながら、たどたどしい言葉で男は続けた。
「あの日は夜勤めの者と交代し、いつものように部屋の一角を巡回しておりました。昼過ぎに殿下とイブティサーム様が部屋に来られ、なにやら大切なお話をされておりました」
「大切な話とは?」
男は、首を振った。
「高貴なるお方々のお話を盗み聞きする不敬など、とても……」
「ならば二人の他に不審な者は見なかったか」
「イブティサーム様より用を仰せつかり、すぐに持ち場を離れましたので、見ておりません」
イダーフが片眉を上げた。何かを深く考えるそぶりをした後、男に続けろと
「用を終えて持ち場に戻ろうとした時でしょうか。何やら焦げ臭いような、金臭いような臭いがしたので、急いで殿下達のおられる部屋に戻りますと、赤い光が漂っていたのが見えました」
静まり返っていた議場が、騒めいた。
赤い光は災いの予兆だ。光を目にすれば死人が出ると言われている。その実態は、
議場のざわめきを手で制すと、イダーフは言った。
「それは部屋の外でか、それとも部屋の中か」
「……イブティサーム様とルシュディアーク様のいた部屋の中でございます」
「それはおかしい! 赤い光が出現したのは火が
「そなたの発言を許した覚えはない。しばし黙るがよい」
「黙らん! 兄上、俺の話を聞いてくれ!」
「黙れ。弁明の機会ならばあとでいくらでもくれてやる。守衛、証言を続けよ」
睨みあう二人を恐れるように眺め、守衛は震えながら口を開いた。
「……私は、確かに見たのです。部屋の中で、まるで赤い光に守られるように炎の只中で立っている殿下の御姿を。あれこそ殿下が
伺うような視線と、疑る視線がルシュディアークに注がれた。
「……そなた、何時の間に魔族になった?」
「
死の病は、魔に魅入られる事によって
魔とはその昔、神と人によって倒された
このまま魂と肉体を奪われて死ぬのが良いか。それとも生きながらえたいか。死を望んだ者はそのまま魂を魔に喰われて死ぬが、生を望む者は魂と肉体を担保に魔族として蘇る。その代わり、魔は契約の印として
「守衛の証言は証拠としては不十分だ。守衛は赤い光と炎に包まれた部屋しか見ていない。俺が
「しかしあの部屋には
ルシュディアークは唇をぎゅっと噛みしめ、
(……それを証明できるものが、ない)
溜息に悔しさを
「俺は、殺していない」
そういうだけで、いっぱいだった。
悔しさと共に終わった
当サイトに掲載されている写真、イラスト、文章の著作権は早瀬史啓に帰属します。無断での複製・製造・使用を全面的に禁止します。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます