彼女の中にあるもの

 アズライトと二人の騎兵が見たのは、荒野に点々と突き立った矢だった。その中の一つに目を止めた騎兵が、顔色を曇らせた。


「イスハークの矢羽根だ」


 縞模様の羽根が、くすんだ緑色の紐でしっかりと縛られている。やじりには血がついていた。傍らで倒れている馬に視線をやると、既に事切れていた。足元の地面が黒く焦げついているのに目を止め、男は鼻をうごめかせる。


「煮炊きした後のような臭いがする」


「こっちには妙なのが落ちている。これは剣、か?」


 もう一人の男が、足元の物体に首を傾げた。剣の柄が蜜蝋のようにけている。刀身はまだ熱く、風がそよぐたびに小さな炎がこっていた。炎から立ち昇る煙の中に覚えのある匂いを感じたアズライトは、眉をひそめた。


壊変性因子マナの痕跡を確認。有機物が熱変異を起こして砂にこびり付いている。それに、これは……)


 灰色に変色した蛇のような形の石をつつくと、ぱらぱらと粉のように散った。


(動物の背骨。類似するものは――――――


 そこここに散らかる焼け焦げた骨は、二人分あった。何者かと戦ったのちに焼かれ打ち捨てられたか。あるいは何かに焼き殺されたのか。猫のように丸まった骸たちをみつめ、アズライトは目を細めた。魔法クオリアを扱える者に心当たりがあった。


(……しかし、アリーにこんな力があったでしょうか)


 ルークがウィゼルへ手紙を渡した日の夜。アズライトはアリーの魔法クオリアを確認している。


 ルーク曰く、アリーは魔族なのだという。

しかも、物事をなのだと。魔法クオリアは炎を出したり水を出したりと、目に見えぬ分子を壊変性因子マナEtherイーサを介して意のままに操る。そういう力が多数派を占めるだけに、アリーの力はそれらと比べて特異なものとして映っていた。


(アリーの魔法クオリアは、他とは違う)


 アズライトがそう思うまでに、あまり時間はかからなかった。


「貴女の力を少しだけみせて欲しい」


 二人だけになった天幕の中で申し出た時、アリーは胡散臭げな表情で、これまた気だるそうな口調で言い放った。


「視当てはしないよ」


「しなくて結構です」


 アリーが困ったように首を傾げた。


壊変性因子マナの光を見せて頂けませんか?」


「光を見て、それでどうするんだい」


 興味本位で見たいだけなのかと問い訊ねたげにしているのへ、アズライトは頷いた。


「他人の魔法クオリアを見たことがありません」


 警戒するアリーへ、アズライトは自分の両手をこすり合わせた。それを見せつけるように差し出し、ゆっくりと両手を開く。淡く、赤い光がぼうっと灯った。


「あんたも魔族かい」


 アズライトが頷くと、アリーは、にやっとした。真似るように両手を揉みながら掌を開くと、ぼんやりとした赤い光をみせた。


「火をこしたり、水を出したりは出来ないんだけど、これくらいの光ならね。鉱石光サナよりも明るいんで、何かと便利なのさ」


 家の中でしか出来ないけれどねと、アリーはささやいた。そんなアリーに、アズライトは目を見張った。

アリーの頭に赤い光が覆いかぶさっていた。目元の光は特に強く、煌々こうこうと輝いている。そこから、とても細い光が涙のように頬を伝い、両手指の先に伸びていた。そして、アリーの頭頂部からは光の糸が伸びている。それは真っ直ぐ天井を目指し、天幕の先、外へと繋がっているようにみえた。

糸を辿るように天井を見上げたアズライトは、はっとした。沢山の光の糸が川のように横たわっていた。それはさながら光の大河。光の糸が集まり、絡まりあい、波打つようにうごめいている。光は何処までも続いているようにみえた。アズライトは、もっとよく見渡そうと川の先に意識を巡らせる。うねる大河の先に、巨大な光の球が浮かんでいるのを目にした。


神の門バベル……)


 仮想電子空間ネットワーク壊変性因子マナEtherイーサを介在させ、 仮想電子空間と現実を誰もが自由に行き来出来る不可視の扉。壊変性因子保有者と、アズライトのような人形を繋ぎ、相互間での連絡を可能とする古代技術ロストテクノロジー。その光の球から、太い一本の糸が天空へ伸びている。糸を辿ると、光る蜘蛛の巣があった。中心には、先程見つけた光の玉よりも幾分か大きな玉が浮いている。アズライトはそこから伸びる一本の糸に注目した。糸の先端は、アリーと繋がっている。


(アリーの力の正体は、 運命の糸ナブによるものでしたか)


 運命の糸ナブは遥か昔に人類が創り出した情報網ネットワークの一つだ。壊変性因子マナの保有者が見聞きした事象から可能性を数値として算出し、次に起こる事象を自動で予測する。 運命の糸ナブで算出された結果は神の門バベルを通じて壊変性因子マナ保有者に送り返される。元は原星生物かみよのたみとの戦争に備えて造られたもので、戦時中はアズライトも頻繁に使っていた。


(アリーの糸は、あまりにも細くて頼りない)


 アズライトは蜘蛛の巣に手をやり、新たな糸を手繰たぐった。

 人差し指くらいの太い糸をたぐり寄せると、左手にくくりつける。


「あんたの魔法クオリアってのは、どんなものだい?」


 アリーの声が空間にこだまする。意識を運命の糸ナブから現実へ戻したアズライトは、ゆっくりと眼を開き、囁いた。


「目を閉じて貰っていいですか」


「こうかい?」


 アズライトは両眼を閉じたアリーの左瞼に、左手でそっと触れた。

 指先がほんのりと熱を帯び、すーっと引いてゆく。ゆっくりと手を離すと、アリーの左瞼に光の糸が絡みついていた。


「目を開けてください」


 ゆっくりと目を開けたアリーは、ぽかんとした表情でアズライトをみつめた。


「……特に変わった様子はないけど」


 糸が結びついていることに、アリーは気付いていないようだった。


「私の魔法クオリアは危険を知らせ、危険から身を護るものです」


 困ったように首を傾げたアリーに、アズライトは微笑んでこう言った。


「その時がくれば、わかります」


 その時に、アズライトはアリーの壊変性因子マナ形質を記憶した。

焦げ跡に残留した壊変性因子マナと、アリーの壊変性因子マナを照合する。結果は不一致。


「おい、あそこに子供がいるぞ!」


 青い髪の少年が、ゆっくりとこちらに歩いてくるのが見えた。青い髪と金色の瞳の人形。自分と同じ血の通わぬイキモノ。それが自分以外にも動いていることを改めて認識した瞬間、アズライトは自然と二人へ告げていた。


「他に手がかりが無いか、周囲を探ってきてもらえませんか」


「あんた一人で大丈夫か?」


「いざと言う時は、これがあります」


 イスハークが襲撃された夜、敵から奪い取った曲刀を見せ、安心させるように頷いた。二人が駱駝を走らせたのを見送ると、アズライトは改めて少年に目を向けた。


『待っテ居れば来るト思っテいたよ、アズライト』




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