彼女の中にあるもの
アズライトと二人の騎兵が見たのは、荒野に点々と突き立った矢だった。その中の一つに目を止めた騎兵が、顔色を曇らせた。
「イスハークの矢羽根だ」
縞模様の羽根が、くすんだ緑色の紐でしっかりと縛られている。
「煮炊きした後のような臭いがする」
「こっちには妙なのが落ちている。これは剣、か?」
もう一人の男が、足元の物体に首を傾げた。剣の柄が蜜蝋のように
(
灰色に変色した蛇のような形の石をつつくと、ぱらぱらと粉のように散った。
(動物の背骨。類似するものは――――――ヒト)
そこここに散らかる焼け焦げた骨は、二人分あった。何者かと戦ったのちに焼かれ打ち捨てられたか。あるいは何かに焼き殺されたのか。猫のように丸まった骸たちをみつめ、アズライトは目を細めた。
(……しかし、アリーにこんな力があったでしょうか)
ルークがウィゼルへ手紙を渡した日の夜。アズライトはアリーの
ルーク曰く、アリーは魔族なのだという。
しかも、物事を予め知る力なのだと。
(アリーの
アズライトがそう思うまでに、あまり時間はかからなかった。
「貴女の力を少しだけみせて欲しい」
二人だけになった天幕の中で申し出た時、アリーは胡散臭げな表情で、これまた気だるそうな口調で言い放った。
「視当てはしないよ」
「しなくて結構です」
アリーが困ったように首を傾げた。
「
「光を見て、それでどうするんだい」
興味本位で見たいだけなのかと問い訊ねたげにしているのへ、アズライトは頷いた。
「他人の
警戒するアリーへ、アズライトは自分の両手をこすり合わせた。それを見せつけるように差し出し、ゆっくりと両手を開く。淡く、赤い光がぼうっと灯った。
「あんたも魔族かい」
アズライトが頷くと、アリーは、にやっとした。真似るように両手を揉みながら掌を開くと、ぼんやりとした赤い光をみせた。
「火を
家の中でしか出来ないけれどねと、アリーはささやいた。そんなアリーに、アズライトは目を見張った。
アリーの頭に赤い光が覆いかぶさっていた。目元の光は特に強く、
糸を辿るように天井を見上げたアズライトは、はっとした。沢山の光の糸が川のように横たわっていた。それはさながら光の大河。光の糸が集まり、絡まりあい、波打つようにうごめいている。光は何処までも続いているようにみえた。アズライトは、もっとよく見渡そうと川の先に意識を巡らせる。うねる大河の先に、巨大な光の球が浮かんでいるのを目にした。
(
(アリーの力の正体は、
(アリーの糸は、あまりにも細くて頼りない)
アズライトは蜘蛛の巣に手をやり、新たな糸を
人差し指くらいの太い糸をたぐり寄せると、左手にくくりつける。
「あんたの
アリーの声が空間にこだまする。意識を
「目を閉じて貰っていいですか」
「こうかい?」
アズライトは両眼を閉じたアリーの左瞼に、左手でそっと触れた。
指先がほんのりと熱を帯び、すーっと引いてゆく。ゆっくりと手を離すと、アリーの左瞼に光の糸が絡みついていた。
「目を開けてください」
ゆっくりと目を開けたアリーは、ぽかんとした表情でアズライトをみつめた。
「……特に変わった様子はないけど」
糸が結びついていることに、アリーは気付いていないようだった。
「私の
困ったように首を傾げたアリーに、アズライトは微笑んでこう言った。
「その時がくれば、わかります」
その時に、アズライトはアリーの
焦げ跡に残留した
「おい、あそこに子供がいるぞ!」
青い髪の少年が、ゆっくりとこちらに歩いてくるのが見えた。青い髪と金色の瞳の人形。自分と同じ血の通わぬイキモノ。それが自分以外にも動いていることを改めて認識した瞬間、アズライトは自然と二人へ告げていた。
「他に手がかりが無いか、周囲を探ってきてもらえませんか」
「あんた一人で大丈夫か?」
「いざと言う時は、これがあります」
イスハークが襲撃された夜、敵から奪い取った曲刀を見せ、安心させるように頷いた。二人が駱駝を走らせたのを見送ると、アズライトは改めて少年に目を向けた。
『待っテ居れば来るト思っテいたよ、アズライト』
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